3-4

 外は、意外にも風が強かった。柵代わりか、腰掛程度に周りは囲われている。余程の事が無い限り落ちることは無さそうである。ただ、思った以上に広く感じられる。

「わぁすごーい」

 アレイが場違いな声をあげる。でも、確かにすごかった。ここからプルメリアが見える。砂漠の向こうにはマドニアがあって、少し離れた先にプルメリアはある。

 一刻も早く帰ならければ。体調も心配しているかもしれない。いや、あの人の事だから、無理言って探索部隊を作って出動したがっているだろう。

「はいはぁーい、やっときてくれたね!」

 敵意のない馬鹿げた声がする。先ほど見た少年は塔の中心にいた。その背後には、何かがいる。おぞましさだけが伝わる。少年五人分ぐらいはありそうだ。その物体は、まるで咲く前のチューリップを思わせる。真っ白い花弁に包まれた何か。その中には何があるのだろうか。

 と、我先にと菖蒲が進む。剣を握りしめていて、殺気を溢れさせている。

「ん? どうしたのかな~」

 対して少年はニコニコしていた。何か策でもありそうな気がする。念のため柄に手かける。

「お前の後ろにあるそれは、何だ」

「分かっているくせに」

 二ィ、と彼は口角を上げた。

「知っているもなにも……!」

 菖蒲が少年めがけ体験を振り落とす。だがあっけなく受け止められたのだ。

 少年は素手で剣を掴んでいる。手のひらから血が流れるも、本人はニヤついたままでいる。

「そういえば、まだ白薔薇にはちゃーんと自己紹介してなかったよねー」

 ぐにゃり、と出血する手が蠢く。傷口から植物の蔦らしきものが這い出てきた。思わず顔を背けたくなるが、緊張のせいで体が動かない。

「って言ってもそのときは化けていたし、分からなくって当然。かな」

 いやな音をたてて彼の顔が歪んだ。

 骨が折れた。鼻の骨が、顎が、頬が歪んで軋む。その間に大剣は蔦に覆われる。菖蒲は引っ張ろうとしているが無理らしい。

「この顔は、見覚えあるよね?」

 少年の顔だけが変わった。マドニアで会った宿の青年だ。

「退いて!」

 後方から声がして、爆音が耳をつんざく。タイミングよく菖蒲が体を逸らすと、蔦まみれとなった剣が燃える。それは根源の少年の腕にも伝った。ニヤニヤしていた顔が驚愕に変わる。

「あちち!」

 焦げ臭さが鼻を刺激する。すかさず菖蒲が大剣を抜いて後退した。

 蔦は焼かれ、砂となり、さらさらと風に流されてゆく。

「痛いなぁ……」

 またも少年の顔が歪み、元に戻った。痛いと言うわりに顔は笑っている。

「そっちの子は、なにかなぁ。魔女候補?」

「誰が魔女候補よ! あたしは後天性の魔法使いだ!」

 だんだんとアレイが足踏みをしだす。

 彼女は魔女候補、後天性など口にしていた。謎に思う間もなく、少年が笑いつつ説明をしだした。

「白薔薇の二人は知らないよね、じゃあ言うよ、一回しか言わないからよーっく聞いてね。ああその前に名乗っておかないと。僕はシスル。まぁ、そこの真っ黒お兄さんと危ないお姉さんは知っているよね。なんだ、生きてたんだ。死んでいたかと思ったのに。オリエントもノゥズも滅ぼしたはずなんだけど……」

 ガクン、と身体から力が抜ける。かろうじて首だけは動かせれた。菖蒲とアレイは来るそうな顔をしている。彼らの故郷はアイツに滅ぼされ、彼を追っている。そういうことだろうか。だから、菖蒲もアレイもすぐに攻撃を……

「それはいいや、こう見えても百年以上生きているんだー凄いでしょ君たちはほんの十数年しか生きてないのに僕はその倍! 僕からしたら君たちはゴミ屑以下の命なんだけど親切な僕は色々教えてあげる、白薔薇の二人が支援するあの人について洗いざらいにね」

 少年、シスルは両手を振りながら早口に話しだす。その顔は嬉しさに満ち溢れている。反論しようとしたが体が動かない。硬い何かに固定されたような感じがする。目だけを動かし、澪の安否を確認する。どうやら無事のようだ。

 反論させないために、きっと魔法を使ったのだろう。本当に何も言わせない気に違いない。いちいちムカつく奴だが逆らっても無駄であろう。こいつと口で戦うのは安易では無さそうだ。

「こほん。じゃあ話すね。僕は生まれつきの魔法使いなんだ。そこらの魔法使いよりも高貴な存在さ。例えるなら僕は生まれつきの貴族で自然を操り共に生きる者って呼ばれている」

 ふと、あることを思い出した。エリスを助けようとしたとき。古びた本に生まれつきの魔法使いとは、という本があった。軽く流し読みをしてしまったので内容は覚えていない。

 オレが理解すると彼は口角を上げた。

「だけどね。汚らわしい人間たちによって僕の家族や友達とか、みーんな死んじゃったんだ! けどね、僕は戦って生き残ったよ。そこにはエウカリス……エリスって言った方がいいかな、白薔薇が病的に崇拝する女の子もいたよ」

 わざとらしく彼は歯をみせた。

 心臓が疼く。シスルは「エリス」と口にした。単なる聞き間違いだろう、いや、そう信じたい。耳を塞ごうとした。だけど、腕は全然動かない。背後からかすれた声がする。聞くな、と菖蒲の声が耳に届いた。

「そこでエリスは生き残った皆に行ったんだ。卑しき存在である人間に裁きを――ってね。正直笑っちゃうよぉだって僕らも人なんだから。でもねもっと面白いことが起きたんだ」

 急に地面が揺らいだ。震源は、シスルの背後にある花。もしかして、と嫌な予感がする。これ以上聞きたくないのに耳に言葉が入り込む。

「復讐に燃えた奴らは、自分の魔力に負けた。そして魔物になった」

 低い声に背筋が凍りつく。魔物は自然から生まれた生き物で、牛や豚に猫とは違った生き物だ。でも、人が魔物になるのは有り得るのか。冷や汗が首に垂れる。

「魔物としての種族名を付けるのであれば、魔女かな。男の倍はウォーロックって言われてるみたいだけど。

 それでね、エウカリスは人を沢山殺した。でも自分の手で殺してはいない。災害で殺したんだ。非道だよね、そんなのって。もちろんそれは自然の摂理を狂わす行為さ。元々彼女には魔力が豊富だったし、存分に使って暴れた。だけど、使いすぎてはちきれた。魔力の逆流っていうモノ。黒いお兄さんは知ってるよね。無くなった魔力を補おうとすると……どかーん!

 その結果。彼女は魔女になった。こんな風にね!」

 けらけら笑いながら、彼は後方にある花を蹴った。花はぶるん、と身を震わせる。するとシスルは腹を抱えての大笑い。

 本能が聞くなと警鐘を鳴らす。それでも、耳の奥にまでシスルの言葉は入り込む。

「それからどうなったかっていうと、元に戻ったり魔女になったりしてさ。おかしかったよ! 精神的にやつれていく姿とかたまらなかった、他の奴らも同じようになっていたけど彼女が一番すごかった! ヒステリックに泣き叫んだと思ったら笑ってね! ほーんと面白かったし、ついに人殺しはしたくないって言ったんだ、バカだよね自分から復讐しようって言ったのに! だから僕はお手伝いをしたんだけどあれは随分と平和な国だったなー綺麗なお花が咲いていて戦いとは縁遠いところを荒らした時の快感は忘れられないよ。だけど彼女は行方不明になったんだ、きっと消滅したと思ったんだけど……

 のうのうと生きていやがった、自分が滅ぼしたはずの国を復興させていたんだ、意味が分からないよ復讐するって言ったのに裏切ったんだ僕たちを。何食わぬ顔で女王になって散々なことをしたくせに讃えられて!」

 もう一発、一発と蹴りが入る。その度に花は震えていた。

「だから。分からせてやるんだ」

 そこで彼の演説は終った。と、花が開いた。口角を上げながら彼は後方へ引いてゆく。

 全身に力がこもって、咄嗟に膝をついて状況を確認する。菖蒲は肩で息をして後退をはじめる。隣にいた澪はよろけながらも剣を構える。さすがに背後のアレイは見られなかったが、どうやらみんな無事らしい。

 花の中から、真っ白い人型が見える。全身真っ白、かと思いきや地面までついている髪は薄桃色だ。顔は下を向いているので見えない。

「手始めに大切な人を殺してね、エウカリス」

 恋人に愛の囁きでもするように、甘ったるい声色だった。

 すると、大きな人型――エウカリスと呼ばれたモノが首を上げる。雪のように白い肌と、黄色い唇、そして目元は蔦で覆われていた。よくよく見れば、彼女の体から蔓が生えていた。胸元から下半身まである衣装はぴったりと身体に張り付いているようで、膝辺りは女の子らしいフリルがあしらわれていた。露出されている鎖骨付近から肩、腕には黄金色の文様が描かれている。

 これが、エリス?

 間違いない。プルメリアを襲ったあの魔女だ。伝承と同じ。真っ白い巨人が、真っ白な枝や蔦を振り回して建物を壊し、口から炎を吐いていた、と。

 心のどこかでは分かっていたのかもしれない。エリスはあの魔女ではないのか。そもそも先代のカトレア王妃に、エリスという娘がいたと聞いたことは無かった。

 だけど。あんなに優しいエリスが、こんなことをするだなんて思ってもいない。違う。思いたくなかった。

 彼女が、故郷を滅ぼして親を殺した魔女だなんて――

「リオン!」

 澪がオレを引っ張った。

 エウカリス――いや、魔女はオレに指を向けている。そこから、先端が細く白い枝が伸びていた。すると枝が迫る。すかさず剣で叩き斬るのだが、

『Ahhhhhhhh……!』 

 突き刺すような叫び声がした。少しだけエリスの声みたいな気がしたが、それどころではない。頭の中がかき回される感覚がする。

 魔女は斬られた枝を慈しむように、それを手繰り寄せて鳴いていた。

 彼女の発した言葉は聞き取りにくいものだった。単に声が高すぎて、かもしれないが。

 と、頬に温かみを感じた。何か液体が付着したらしい。拭ってみると、それは血のようなものだった。

「……血?」

 魔女は痛がっていた。斬られた枝を抱きながら叫んでいる。そこに、菖蒲が飛び込む。やはり魔女は、異様なまでに背が高かった。オレより背が高い菖蒲二人分もあるのだ。

「斬るな菖蒲! そいつは」

 一歩踏み出した途端、胸の奥が疼いた。オレはさっき、そいつはエリスだと言おうとした。

 つまりそれは、故郷を滅ぼした憎い魔女を、エリスと認めることになるだろう。

 呆然とするオレを澪が引っ張った。少し遠くで、菖蒲が剣を振るっている。魔女が泣きながら枝を飛ばした。次々に枝が裂かれ、液体が宙を舞う。

「しっかりしろリオン」

「み……」

 彼の名前を呼ぼうとしたとき。強烈な痛みと共に吹っ飛んで、地面に頬を擦り付けていた。一瞬何が起きたのか分からなかったが、顔を上げて理解できた。

「……お前が迷ってどうするんだ。確かにあれを女王とは思いたくない、だけど」

 いつも控えめで、大人しい澪が震えていた。

「事実を受け入れて、解放してやることが彼女のためだろ? もしあれが、女王なら……!」

 ああ、と肩の重荷が無くなった。やっと分かった。魔女は体を切られて苦しんでいるのではない。そうでなければ枝を飛ばしてこないはずだ。わざわざあんなに痛がってまで攻撃させるなんて、おかしいじゃないか。

「……澪。オレらの任務はエリスを助ける事」

「そうだ。あと無事に帰る事だな」

「そして……オレら白薔薇は、エリスを護る部隊」

 澪の手を借りて立ち上がる。見合って、オレは頷いた。菖蒲は一人で魔女と戦っている。

「オレが本体に直行する、澪は援護を!」

「了解!」

 足に力を込める。ふと、視界の端から青い弾が飛んできた。

「餞別だよ」

 風に乗ってアレイの声が聞こえる。もう一段の弾が、菖蒲に飛んで行く。同時に、弾は当たったらしく足に爽快感が満ちた。今なら空を飛べそうだ。それほどまでに体が軽い。

 彼女がどこにいるのかはさておいて、一直線に突っ走る。目指すは、魔女の中心。

「リオ、てめぇどこに!」

 絶え間なく伸びる枝と戦う菖蒲の声がする。次々に枝がやってくるも、

「エリス、そこにいるんだろ!」

 障害を消してゆく。あと、もう少しだ。軽くなった足に力を込めて、精一杯跳躍する。四方から鋭い枝が、棘が迫る。串刺しになる未来なんて考えず、両手で剣の柄を握り締めた。

「今助けるから……!」

 肩と腿に痛みを感じたがためらう暇は無い。腹の奥から声を出して、魔女の中心、楕円の窪み――人間で言うならばヘソ――に剣先を差し込んだ。

 手ごたえは無い。薄い膜を突き抜けたような感じがする。剣を抜いて皮膚を横に裂く。魔女の悲鳴がするも、

「やああぁぁっ」

 手加減はしない。出来の悪いシーツを裂く感触がする。目を凝らすと、魔女の内部が明らかになった。

 真っ白い空間にエリスがいる。蹲っているので顔は見えない。体中大量の蔦に覆われている。それ以外は何もない。生き物に必要な臓器や心臓も、無いのだ。しかし違和感と恐怖感などはわいてこない。

 ただ夢中になってオレは片手を伸ばした。

「エリス!!」

 と、魔女が咆哮する。オレを引きはがそうと、足首に、胴に、腕にと太い枝が巻きついて来た。枝は魔女の腕から湧いているらしい。それでも、と意地になって内部に足と手を突っ込む。

「ぐ、ぁ……っ」

 右肩が嫌な音をたてる。引っ張る力が強すぎる。痛い、締め付けられている箇所が軋む。

 でも骨折しようがなんだろうが、オレは、

「――絶対に」

 絶対にエリスを助ける。

 それがオレの役目であるし任務だ。あの時の、七年前エリスが助けてくれたように、今度は助け返してやる。だけどあと一歩が足りない!

「歯ァ食いしばれリオン!」

 背後から菖蒲の声がして、背中に衝撃が走る。布を切り裂く音と、魔女の叫び声が耳を突き抜いた。振り向こうとしたけれど、ひょいと身体が浮いた。

「てめぇの女王はてめぇで助けろ!」

 菖蒲に蹴っ飛ばされ、オレはエリスに巻きつく蔦に、顔から突っ込んだ。

 蔦は柔らかい、まるで布団のようだ。でも痛い。細かい棘がある。飛びのいて頬や鼻に触れてみた。血は出ていないようだ。それでもちくりとした痛みがある。

 これはどうしたらいいのか。考える間もなく手が動いた。剣で斬る事は可能だろう、けど、右肩に力が入らない。別に片手で剣は使えるのだが、痛みのせいかその気にならない。

「あとはあたしらでやるから、リオンはそっち、って!」

 アレイの声がしたと思ったら、先ほど切り裂いた箇所が再生しはじめている。あっという間に傷は塞がれる。内部は真っ暗になった。灯りが無い事が致命的だ。

 しかし、迷っている暇は無い。今オレが出来ることは。

「……待ってろ、エリス」

 辛うじて左手を動かすことが出来た。酷い痛みがあるが、そんなのはどうでもいい。息をする度に体中が悲鳴をあげる。小刻みに震える指先で、蔦に触れる。やっぱり痛い。

「ああもう!」

 まどろっこしいのは嫌いだ。痛いのは嫌だ。だけど、だけど。

「エリスや、みんなは失いたくない……!」

 冷や汗を感じながら右腕を上げて、蔦目がけて振り落とす。下唇を噛みしめながら腕を引き抜く。まるで小さな棘の山に手を突っ込んだような感じがする。

「あああああぁぁぁぁぁ!」

 蔦を握る手は滑っていて温かい。痛みから目から涙がこぼれる。拭う暇は無い。鈍痛を無視して左腕も同様にする。

 と、蔦ではない何かに触れた。柔らかい、すべすべしたもの。エリスの肌に違いない。

「くそ……諦めてたまるか」

 もし手が使えなくなったら、足だ。それがだめなら口でやる。この身が傷ついても、絶対にエリスは……

『ugahhh!!!』

 魔女が声を張り上げた。内部にいるので声はくぐもって聞える。

 それから数度、蔦を手繰り寄せた。おかげで両手に痛みは感じないほどになった。涙で視界がぼやけていたのでよく分らなかったが、エリスはもう少しで助けられるはず。暗がりに慣れてきた目を凝らす。彼女を覆っていた蔦はあと一束。彼女に触れたいが、いけないような気がした。本能が囁く、全ての蔦を捌けろと。

 震える手に叱咤をして、最後の一房を引きちぎった。

 魔女エウカリスは奇声を発しつつ枝を振り乱していた。攻撃の仕方は不規則。なので妙に厄介だった。幸いな事か、一撃一撃は遅いし軌道は落ち着いてみれば避けることは可能だ。

 俺達は、白薔薇――いや、リオンが魔女の中にいる女王もとい核を助けに行っている間、時間を稼いでいる。

「こんのぉ!」

 爆音とともにアレイの銃が火を噴いた。中距離から彼女は魔法弾を放つ。やはり火に弱いのかエウカリスは攻撃を止め、両手を振り乱し鎮火しようとしている。

「澪は左方に、アレイは後退!」

 二人は支持を聞いてくれた。そのおかげで俺はエウカリスと対峙する。奴は足元に着いた火を消そうとしている。

 今がチャンスだ。

 剣先を魔女の頭に向ける。これを放てばしばらくこちらの有利だろう。

「これでも喰らえ、化け物」

 口先で軽く呪文を呟いて、全気力を指先、剣先に集めるよう意識する。

「危ない!」「菖蒲、前見て!」

 同時に声がしてハッとなる。視界の端、右方から野太い枝が伸びていた。すかさずそちらに体を向けた、が。

 バチバチ! と弾ける音がした。枝が怯んだ隙に、澪がそこに飛び込んで刀を振るう。

 見事、枝は一刀両断された。だが呆然としている暇も、拍手を送る暇は無い。そのまま真っ直ぐ突っ走る。

 エウカリスの真ん前に来て、飛翔呪文を口にする。大股で走り、着地の瞬間、体をバネのように跳ねらせた。一瞬にして俺は魔女の頭部より上に位置する。そんな俺を追うように枝が下方から這ってきた。

 しかし、それらが俺を傷つけるようなことは無い。何故なら、勝ち目はもうついている。内臓を持たない魔女の肉体的弱点は、頭だ。動物と変わらないが、頭を壊せば終わりである。

 落下しながら剣を振りかざす。腕に命一杯力を込めて、腹の底から声を張り上げる。

「はぁあっ……!」

 思いっきり脳天をぶち抜いてやった。柔らかい脂肪を斬る感覚はあった。

『ugahhh!!!』

 すると、エウカリスは顔を天に向けたまま停止した。ただ、時たまビクンビクンと鼓動する。

「……一先ず終わった……ん?」

 エウカリスの頭から降りるため、浮遊魔法を使用した。羽のようにゆったりと落ちてゆく中、俺はあることに気付く。

「あのクソガキ……どこに行きやがった?」

 魔女の後方に飛び去ったシスルは、どこにもいなかった。

 いやな予感が脳裏をよぎって、背筋に悪寒が走る。

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