3-2

 パッと目が覚めた。本当にそれだけのことで、もう一度寝ようと試みる。が、外が気になった。外で誰かが灯りをつけており、その光がテント内を薄ら照らしていた。

 一体誰がいるのだろうか。澪は隣にいるので、黒百合のどっちか、だろう。

 気にせず寝ようと思うのだが、気になって仕方がない。夜更けに何をしているのだろうか。興味が増してくる。チラッと覗こう、その一心で出入り口用の布をまくる。

 アレイがいた。焚火をしていて、彼女はその前いる。とはいっても、ここからだと彼女は焚火の左方にいる。表情もよく見え、険しい顔が見えた。足の鎧は付けていない。裸足だ。

「なに見てんの?」

 こっちを見ないで声をかけてきた。気づかれている。隠れても無駄だと思い、靴を片手に出ることにした。

「あぁ、白薔薇の……リオン?」

「そうだけど。お前こそ、何を」

「焚火」

「裸足で?」

「うん。血行良くするために、温めたいの」

 やや眠たげに、彼女は足首を回した。何か食べていた様で口を動かして、飲み込んだ。片手に麻袋がある。マドニアで食糧でも買ったのだろう。

「聞いてたよ。菖蒲とのこと。 びっくりした?」

「……それはどこの話だ」

「うん? えーっと、本職が魔女討伐ってこと」

 この際だ。菖蒲に聞けなかったことを話してみよう。コイツは口が軽いので(というのは彼女に失礼だが)色々言ってくれるはず。絶好の機会だ。

「なんで、そんな旅をしているんだ?」

「簡単な話だよ。復讐みたいなものさ。だって、リオンも恨んだでしょ。魔女のこと。こっちも、故郷をめちゃくちゃにされてね」

 物憂げに、アレイは手の平を見つめた。

「独立国家ノゥズバレイン。知ってるよね?」

「あぁ。話だけなら昔に聞いた」

 彼女は立ち上がり、うーんと伸びをする。

「世界を掌握する独立した国。大魔法国家。どこよりも優れ、技術も、民度も、規律も世界一。だけどどの国とも貿易はしない陰鬱な国。……ノゥズバレインはあたしの故郷なの」

「……はぁ!?」

「二度も言わせないでくれる?」

 面倒臭そうに返されたが、彼女は「どう? 凄いでしょ」なんて言わんばかりの顔だ。

 てっきりここら辺の人間かと思っていた。こっちで使う言語も流暢に話すから、ついそうなのだと思っていた。でもノゥズバレインの人は、様々な国の言葉を話せるという事を聞いた覚えがあるし、彼女もきっとそうなのだろう。

 アレイの言った通り、ノゥズバレインはどこよりも優れた国だ。特に魔法にあたってはどこよりも発展している。

 小さい頃、そこから来たという人を見た覚えがある。服装とかは記憶にないけれど、それ以降のプルメリアが発展したのは間違いない。魔法の事から始まり、この国周辺の地域の事、この世界はどうなっているのか、とか。

「……で、ノゥズバレインも災厄に?」

「そう。他国からの干渉や取引が出来ないよう頑丈な守りがあるんだけど……うーん、お椀を逆さにしたって思えばいいかな。その中で災厄が起きちゃったんだ」

「つまり、他国からの助けは無かった」

「被害だけが広がったのよ。……災厄の原因は近くにある集落が引き起こしたって聞いた。多分、住んでいた魔法使いが暴走して、災厄とか起こしたんじゃない? 詳しい事は知らないし覚えていないんだ」

 息をついてアレイは空を見上げた。オレもつられて見てみる。満天の星空だ。

「こんな星空、ノゥズじゃ見られなかったなー」

 くすくす笑ってアレイが肩の力を抜いた。

「その集落って言うのは、ノゥズから逃げた人が暮らしてた。まー、なんていうの。ノゥズに反乱かな。理由は知らないよ。妬ましいとかそんなんじゃない?

 で、偶然にもあたしは災厄の中、生き残った。その代り使えないはずの魔法が使えるようになったってわけさ」

「それで、今のノゥズバレインはどうなっているんだ?」

「さぁね。滅びたんじゃないの。あ、でもしぶといからな。案外元通りになってたりして」

 自分の故郷だというのに、それはあんまりではないのか。そうは思うも、彼女は故郷であるノゥズが嫌いだと言っていた。

「国を出たのはいいんだけどさ、あたしの体が魔法に侵食されちゃって、死ぬかと思ったよー。どのくらいヤバかったかは忘れちゃったけどさ。あー、それでね。そこで、出会ったの。菖蒲に。初めは怪しいお兄さんだーとか思っちゃってさ、威嚇したの。でも菖蒲は優しかった。魔力を抑えるために、愛用してるこの子を改造して、どうにかなったの。それで、災厄を起こした魔女に復讐しないかって言われて……付いて行ったんだ」

 随分とかるい口調だが、当時は苦しかったのだろう。アレイはその場に座ってこの子――二丁の銃を取り出した。彼女の目はきらきらと輝いている。星空に負けないぐらい眩しい。

「菖蒲が言うには、魔法使いは自然と干渉して、力を別けてもらうの。あたしは干渉されまくってなれた身だけどね。で、その力が重要!」

 ウインクをしてアレイはオレに向き合った。

「人間みたいなちっぽけな器に、自然の力は大きすぎる。だけど物に力を移せば平気なんだ。つまるところ、あたしはこの子に魔力を送って、んで色々出来る。お分かり?」

「待て。そうだと菖蒲は」

「菖蒲は魔術師だよ。自称だから、どこまで本当かは知らない。道具が要らないっていうのは魔女も同じでさ。人間と器は違うんだって」

 横目でアレイを見ると、彼女はニヤリと悲しげに微笑んだ。

「……魔女は人間の皮を被った悪魔だって菖蒲は言うの。無理やり自然現象を拗らせて使って、ね。災厄後のプルメリアで植物は育たなかったでしょ」

「……まぁ。川も濁ったままで、酷かった」

「でさ。菖蒲は、魔女に呪われたんだって」

 大きくアレイが息を吐いた。

「体がおかしいらしいの。あたしが知っている限りだと、身体の若返り、感情の支配が出来ないとか?」

「わ、若返り!?」

「うん。今、菖蒲が何歳なのか聞いたことは無い。だけど、若返りは進んでいるのは確実よ。あたしが菖蒲に会った時、まだお兄さんって感じだったけど……年を重ねる度に分かったんだ。背は少しずつ縮んで、精神面でも子供っぽくなった。菖蒲もそのことを怖がっていたの。早く呪いをかけた魔女を探して、殺さないと呪いは解けない。早くしないと子供になって、最後は……消えちゃう」

 とんだことを聞いてしまった。

 てっきり菖蒲は同い年かと思っていた。それが、遥かに年上かもしれないしモルス隊長並みの人かもしれない。

「あたしは、菖蒲に呪いをかけた魔女が誰なのか知らない。………………あの人だったらあたし達を追い出すはず。だけど――」

 急に、目の前の焚火が燃え盛った。蹲っていたアレイがヒィィと声を上げる。火の粉がかからないよう身を護り、砂をかけた。

「そうだ魔法だ、魔法で消せ!」

「無理よ! ここからっからで大気中の水分少ないから水魔法なんて出来ない!」

「ああもう、手伝え!」

 火はなかなか消えず、かれこれ五十回ぐらい砂をかけたところで鎮火した。残ったのは砂のお山で、オレとアレイは息を切らしながら、その場でへこたれる。

 薄暗い中、空は一段と明るく見えた。と、テントから視線を感じた。もしかして澪だろうか。起こしたかもしれない。

「……疲れた。オレは寝る」

「ん、分かった。じゃあ行くね」

「行くってどこに」

「お先に捕らわれの女王様の居場所にね。これだけ綺麗な夜空なら、星を辿って行けそうだし。着いたら菖蒲に教えるから。じゃーね」

 鎧靴と靴下を履いて、彼女は行ってしまった。

 呆然としても仕方がない。テントに戻るのだが、暗闇の中で黒髪が動いた、気がする。


 翌日、菖蒲に叩き起こされた。彼はもう準備が出来ているので早くいくと主張した。が、食事をしてからと澪が言い張るので言い争いが発展し、賭け勝負が起きた。オレとしては何か食べたい。

 微かな空腹感を覚えつつ、菖蒲が用意した水桶で顔を洗う。この水も、魔法で出したという。空気中にある水分がどうのこうの言っていたが、寝起きのオレの頭に入るわけが無かった。プルメリアは、基本地下水を使っている。飲み水はろ過処理しているので安全だけれども。なので、この水は少し抵抗があった。そもそも、菖蒲と目を合わせること自体気まずい。

「おいリオン!」

 後方から怒声がし、振り向く前に横転する。

「狩りだ! 剣を持て!」

 眉間に皺を寄せた菖蒲がいる。テントの方を見れば、澪がいてほくそ笑んでいた。

「どうしてオレだ。お前一人で行け」

「俺が倒れたらどうする。そういうときの保険だ」

「関係がある澪と組んで行けよ!」

 何の賭けをしたかは知らないが、彼は澪のことを睨んでいる。負けたことがよほど悔しいのだろうか。

「ほう。じゃあ飯抜きでいいのか? いやなら来い。で、飯食ったら行くぞ、アレイは居場所を突き止めたらしいし。……ったく、この調子なら昼ぐらいに着けるはずなのに」

 結局行くしかなかった。

 澪は、見張りをするからと言っていて、オレは半ば仕方がなく剣を片手に獲物探しを始めた。拠点のテントから離れない所まで見に行くのだが、さっぱりである。落ち着いた菖蒲もそのことに気付いて、不審そうに周囲を見渡していた。

 日は昇りかけていて、空は相変わらず青い。見えるのは土の色と、枯れかかった植物、岩、背の高い木。割れた地面。獲物はどこにもいなさそうだ。

 試に、木を揺すってみたが収穫は無い。いっそのこと、引き返してマドニアで貰った乾燥果物を食べようか考える。

「そっちは」

「目ぼしいものは無い」

 だろうな、と返しかけた時。視界の端に人影が入った。それは黒いローブをまとっている様で、そこそこ目立つ。菖蒲も人影に気づいたようだ。オレはこのまま距離をとるべきだと動かずにいたが、彼は違った。人影に向かって歩んでいく。

「あ、待て!」

 追いかけて、人影の姿がよく見えた。

 一見すればおとぎ話に出てくる魔法使いである。

 ふと、人影が揺らいだ。菖蒲が走った時には遅く、そいつは倒れてしまった。

 一体なんなんだ?

「で、どうした?」

「どうも何も……」

 菖蒲がローブを引き上げた。そこからは人骨らしきものが落ちてくる。カラカラと音をたて、ひび割れた地面を叩く。

「骸骨だ。もしかしなくても、罠だろうな」

 不意に、足元が揺らいだ。

「逃げる用意は出来ているか?」

 空笑いを浮かべる菖蒲の顔に、危機感を覚える。

「走れ!」

 言われなくたって分かっていた。まだ気怠い足に力を入れ、固い地面を蹴飛ばす。背後から禍々しい何かを感じる。振り向いたら、ダメだ。

 聞いたことがある。おとりを使う頭のいい魔物がいる。おとりを地上に置いて、獲物を狩る。地中に潜む魔物。どういった生態で、地中でどう生きているかはいまだに分からない。

 その魔物の名前は地中鮫。

 オレらの背後には、その地中鮫がいるのだ。地震のように地面を震わせ、地を裂く轟音をあげてオレらを追ってくるのは、その魔物に違いない

「俺はあっちに行くから、反対側へ行け!」

 言うや否や菖蒲は回れ右をした。二手に分かれて、どっちかを追わせる作戦か。足首を回して、身体を捻る。一瞬、土色の三角形が見えた。そいつが通ってきた背後は、ぱっくりひび割れている。

 地中鮫は、迷うことなくオレをつけてきた。どうしてか理由は考える余地は無い。

 ねっとりとした生暖かい空気が、後ろから迫る。

 無我夢中で、走りながら剣を抜くべきか迷う。目の前に迫る木や、岩を避け、何度か転びかける。地中鮫は問答無用でそれらを抉り、はね飛ばし、オレを追いかけて――

「横に飛べ!」

 上から声がした。そっちを見る間もなく言われた通りに横へ転がる。剣を逆手に持って高々と跳躍した菖蒲が、降下しざまにそれを鮫の頭部に突き立てた。

 鮫は奇声を上げて、頭に刺さった異物を振り払わんと暴れる。そのたびに地面に亀裂が走り、はね飛ばされた土砂が雨のように振りかかる。慌てて目元を庇い、巻き込まれないよう後退した。

 真っ赤に充血した目が、大きく裂けた口が、鋭利な歯が見える。菖蒲は飛ばされないよう剣にしがみ付いていた。

「この……!」

 起き上がり、疲労しきった足に叱咤し、悶える鮫の目の下を刺す。骨や血管を貫く感触がした。

 馬並みの大きさもある地中鮫は身体をブルッと震わせ、やがて動かなくなった。真っ赤に充血した目は、恨みがましくオレを睨んだまま。爛れた瞼を下ろしてやろうと、そっと触れた。

「……お人よしが」

 鈍い音がして、鮫は大きく身を震わせる。と、菖蒲が下りてきた。

「鮫は捌けるか?」

「プルメリアは鮫を食わない国でな」

 ふと、ある事を思い出す。地中鮫は砂漠に生息する魔物で、可食部は二割しかない。その二割は絶品だと言われている。

 砂漠にいる生き物が、どうしてこんなところに。

 後ろから漂う血の臭いを吸い込みながら、遠くに人影を見た。きっと疲れのせいで幻覚でも見ているんだろう。

「リオン!」

 人影は澪だった。両手には地味な色の果物がある。

「騒がしいから何かと思ったら……」

「ん、それどこにあったんだ?」

「拠点の裏。で、これはどういうことなんだ……」

 半ば呆れた声である。マドニアの食人獣の件を思い出したのだろう。これではまるでオレと菖蒲がトラブルメーカーみたいだ。少し不服ながら事情を説明する。

 澪は茶々を入れず黙って聞いてくれた。

「無事で何よりだ」

 それ以外は口出しせず戻ろうと声をかけてくれる。どこか安心感を覚える。

「こっちも終わったぞ」

 同時に菖蒲が作業を終えた。そちらの方を見ると、菖蒲は小皿を持っていた。薄桃色の切り身が数枚乗っている。本当に綺麗な色で、思わずエリスの髪の色みたいだ、と思ってしまう。

「これで満足か?」

 菖蒲が澪を挑発する。ムッとしたのか澪が取ってきた果物を見せつけた。

「その言葉、そのまま返す」

 見えない火花が二人の間にありそうで、割入ることにした。ここで言い争い時間を無駄にしたくない。

「とにかく戻って腹ごしらえだ。な?」

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