3-1

 目覚めた時、ものすごい頭痛がした。ついでに吐き気もする。全身怠い。これが二日酔いなるものか、と実感した。

 ここはどこだろうか。柔らかいところに寝かされているのは分かる。

「ん、起きれるか?」

 少しだけやつれた顔をした澪が、視界に入る。頷いて体を起こす。体全体が怠い。

 澪はコップを出してきた。薄緑色の液体が揺れている。

「これを飲むと、酔いにいいってさ」

 酔い?

 そこでバーで起こした乱闘を思い出す。背筋が冷やりとし、とにかく渡された飲み物を口に入れる。味は無かった。

「いい喧嘩だってオジサンは言ってた。で、ここはバーの裏」

 息をつくと、頭痛に吐気が収まった。どうやら即効性のある薬らしい。後でオジサンに謝って、お礼を言わなければ。

 今いる裏というのは、オジサンたちの家のリビングに当たるところだった。見ればわかる。テーブルや棚などが置かれていて、オレは薄い布の上で寝かされていた。

「澪は、もう大丈夫なのか?」

「薬のおかげさ」

「じゃあ黒百合は」

「まだ飲んでる」

 そう、と呟いてもう一度寝ようか考える。少しだけ体が痛い。

 すると、目の前の引き戸から菖蒲と、バーのオジサンが姿を現した。

「あ、オジサン……その、飲んで暴れてすいません」

「いーんだよ、そんなこと! こっちは慣れてるもんでねぇ」

「でも」

「こっちもお世話になっているからな、プルメリアにも酒を出させてもらっているし。な」

 気にするなと言われても納得はいかない。不甲斐ない気持ちが募るばかりだ。

 オジサンの脇から菖蒲が出てきて、

「そろそろ行くぞ。アレイには事情を話した。宿に行って荷物を回収するのが先だが」

 お礼を言って、バーを出ることになった。最後にもう一杯。そんなことを言われたが、酔うのは勘弁である。



 出る支度を終え、カウンターの従業員に青年の事を聞いてみた。返ってきた言葉は「そんな青年、見なかったけれど」だった。じゃあ彼は誰だったのだろう。

 澪が支払先の手続きをする間、菖蒲が話しかけてきた。

「アレイは先に行った」

「そう」

「……あいつ、心配していたぞ。お前の手の骨が折れていてないか」

「あいつってどいつ」

「アレイ」

「はぁ?」

「お前の事をライバル視しているからな。もし菖蒲が殺したら許さない、とか、リオンをぶっ倒す自分とか喚いていた」

 何が面白いのか菖蒲が笑った。

「深く考えなくていいだろう。酒に酔っていたから、冗談のはずだ」

「いや冗談であってほしい」

 そもそも、オレはエリス以外の異性はあまり興味が無い。アレイもオレをそう見てはいないだろう。言い終えると、澪が振り向いた。手続きは終わったらしい。何やら片手に袋を持っている。

「お土産で乾燥果物貰った」

 ほう、と菖蒲が口角を上げた。コイツの好物なのだろうか。まぁ、乾燥果物は保存も効くし、おいしいし。

「集落か移動民族がいれば、アレイは教えてくれる。が、どうせお前らの事だ。待っていられないだろう。ぼさっとするな、行くぞ」

 彼は踵を返し、宿を出て行ってしまう。それを追いかけるのだが、あちこちから声をかけられる。祭りをやるようだ。昨日の魔物退治を祝っての事らしい。でも、ここで長居は出来ない。一刻も早くエリスを助けたいし。丁重に断る中、菖蒲は颯爽と進んでゆく。



 マドニアから出て、馬が使えたらと考える。焦燥感が込み上げるも、アレイが居場所やら探してくれている。安心、とまではいかないが無駄な日数を過ごすことは無さそうだ。

 貰った乾燥果物を、一つ食べてみた。妙に甘酸っぱい。

「どこも茶色……殺風景だ」

「元々、ここらは植物が育ちにくいし雨が降りにくい。唯一恵まれた土地のマドニアはべつだけど」

 一人先行く菖蒲の背を見ながら、澪と話を続ける。プルメリアを一日出ただけで恋しいとか、隊長はどうしているか。

 菖蒲を黒百合だから、革命団だからという理由で、先に進ませているわけでは無い。彼曰く、先に行ったアレイからどの道を進めばいいか聞いているらしい。どうやって聞いているかというと、魔法を使っているとの事。通信魔法という類で、遠くにいる者と交信している。

 そのことを聞いて、少しだけ魔法が便利だと思った。そうすれば街の調査とか楽になるに違いない。外出から帰ったら買い出しに行かされる、なんてこともなくなるだろう。しかし、交信する際は集中していなかればならない。もし使用中、話しかけられたら交信が途切れるらしい。便利だけど、そういう面もある。使う機会があったとしても、オレは悩むだろう。

 後ろを見てみた。大きく見えていたマドニアの塔は小さく見える。

 あとどれだけ歩くのだろうか。気が付けば、澪は黙っている。


 日が暮れて、ものすごい疲労感に陥った。道中、数体の魔物と戦った。そのせいもあるし、果ての無い荒野が辛い。岩場だらけで歩きにくいところもあって、足が痛い。

「……料理長のスコーンが恋しい」

 思わず、そう口走ってしまった。今は一旦休憩をし、先に行ったアレイと交流できたらするとのこと。彼女は移動遊牧民と遭遇し、寝泊まりの為、ほんの少しの場所をくれないか交渉したようだ。だが断られたそうだ。やはり男三人も加われば、無理がある話に違いない。出来ることは、待つことのみ。

「やはりな」

 魔法で火を起こした菖蒲が岩に腰かけ、オレと澪を交互に見つめる。

「旅に慣れていない」

 ムッとなるが彼の言うとおりだ。オレらが出来ることは戦闘ぐらい。こんなとき白薔薇という称号なんて無いも同然だと思わされた。他国や、その領地に行く事があって、そのときは称号一つで相手を屈服させおののかせることが出来た。

 けど、今は無力だ。

「一つ、いいか?」

 控えめに澪が口を開ける。菖蒲は無言でいたが、構わんと頷く。

「革命団は、旅に慣れている。そうだろ」

「そうだな。各地を歩き渡っている身だし」

「いつから?」

「……ん?」

「お前たち革命団は、プルメリアには、いつ来た?」

 ほう、と菖蒲が笑う。思わずハッとなる。

 オレは黒百合がどこから来た者か、と考えたことが無い。

 魔法を布教する怪しい奴ら、と思っていたのだ。むしろ単なる邪魔者と考えている。

「俺らは、魔法を広める輩じゃない。ずっと昔から魔女探しをしていた。いわば、魔女狩りのために。もう数体の魔女は殺めてきた」

「魔女!?」

 魔法を使う彼らが魔女を狩る。これはどういうことだろうか。

 魔女自体、うんと昔から存在していたという。お母さんが読んでくれた絵本にも出てくるし、ちゃんと伝承もある。それに、プルメリアを襲った事実だって……

「正直、このことを災厄に巻き込まれた人間に話したくない」

 その一言で、言いたかったことは飲み込まざるを得なかった。

 全身から力が抜ける。ただの変な奴らとか、迷惑集団と思っていた。けど実際はそうじゃなかった。

 オレよりも、いや、隊長よりも優れたヤツだ。きっと。

「俺が魔女を討伐する理由は簡単だ。災厄を起こさせたくない。それだけ」

「じゃあ、魔法を使用させるための活動は」

「魔女を炙り出すためだ。魔法を嫌がる人の気持ちは分かる。だけど、分かっていた。国の中に魔女がいることは。もう、正体が誰なのかは分かっている……しかし決定的な証拠が無い。証拠無しに殺すことは出来やしないしな」

 焚き火が燃える音がする。菖蒲は俯いたままだ。これ以上は話したくない、と顔が物語っている。

「じゃあ、つまりお前らはオリエントの災厄の復讐に……?」

 こくん、と菖蒲は頷いた。

「なんだか……こっちの状況と似てる……」

 澪の呟きに頷くも、引っ掛かりがある。菖蒲は多分オレと同い年だ。だが災厄は随分と昔にあって、船で逃げた事も覚えているという。

 その随分が幾年かは知らない。けれどこれじゃあ変だろう。

「待て。知る限りではオリエントの災厄は、もう八十年も前だぞ」

「八十……年?」

 思わず菖蒲に目を向けた。彼は覚ったような顔をする。

 どうしてそんな昔の事を、体験したかのように話していたのだろう。これじゃあ菖蒲の年齢はおかしい。

 と、彼は不気味に笑って見せた。

「菖蒲ー!!」

 が、唐突な出来事で考えていたことの大半が吹き飛んだ。

 場違いな高い声。土煙。蹴飛ばされた、菖蒲の身体。……さっきまでオレは何を考えていたっけ。

「せっかく寝床にできそうなとこ見つけたのに、何回呼んでも反応しないってどういうことなのさ。ん?」

 ガシャン、と着地してアレイは口をへの字にする。やってきた彼女の髪はボサボサ、そして全身砂まみれで、衣服には紫がかった液体や赤みを帯びた液体の飛沫がある。

 彼女はオレと澪に興味を示さない。視線は菖蒲のみに向けられている。

「色々話してた、すまなかった」

 限りなく棒読みに近かった。気に食わないのかアレイは頬を膨らませる。

「どんな話していたかなんて聞かないけど、とにかく、行くよ。白薔薇も! ほら座ってないで立て!」

 とんでもない気迫だ。澪と顔を合わせ、頷く。ついて行こう。

 黒百合が先に進んで、オレと澪はそれに続く。道中、暗がりに慣れないオレと澪に、菖蒲は松明を渡してきた。少し前の菖蒲だったら、こんなことはしなかっただろう。

「ありがとうな」

「躓かれたり、はぐれたりしたら困るのはこっちだ」

 当然だ、と言わんばかりの菖蒲の声音だった。

[newpage]

 ここだよ。アレイは嬉しげに暗闇を指した。どういうことだろう、と思っていたら彼女は銃を取り出し、先端に丸い火を灯した。これもまた魔法の一種だろう。

 アレイは火の弾を撃った。火は何かにぶつかり、ぼうっと燃えた。燃えたと言ってもぶつかられた何かが燃えている訳でない。火が、何かを覆って球状になっている。

 おかげで周囲がよく見えるようになった。その何かは荒野にも生える植物で、傍らにはテントがあった。布製の簡易物だろう。今いる四人は入れそうなぐらい大きい。

「貰ったの。いらないからって」

「……そうなのか」

 やはり澪も呆気にとられていた。どう見たってテントは新品そのものだ。どうして譲り受けられたのだろう。

「おそらく」

 そっと菖蒲が耳打ちしてきた。

「処分に困ったのか、移動の際に邪魔だったのだろう」

「でもこのぐらいのもの、畳んで運ぶことは出来るだろ?」

「畳む? あぁ、無理だ。見ればわかる」

 オレの知っているテントは、遠出の際に使われる折り畳み式のものだ。雨露を防げるよう布に細工を加え、丈夫な魔物や動物の骨を使い支柱などに使用して、一まとめに出来るよう工夫がされている。

 オレと菖蒲が離している隙に、アレイは中に入って行ったようだ。澪は外観を調べている。

 とにもかくにも、中に入ってみよう。

「ストップ!」

 かがんで入ろうとした時、アレイが叫んだ。着替え中だろうか、身を引こうとしたら、

「それ脱いで」

 履いている靴の事だった。顔を上げると、彼女は足の鎧を取ろうと必死でいる。手伝ってやろうと急いで靴を脱ぎ、テント内へ上り込むのだが、同時にスポンと鎧が取れた。

 ひっくり返りながら、彼女は照れ笑いをした。鎧に覆われていたので見たことが無かったが、アレイは膝上までしかない黒いタイツのようなものを履いている。

「外はけっこう普通だが、何が違うんだ?」

 と、澪が靴を両手に入ってくる。

「違うって何が? あ、靴はひっくり返して置いといてね」

 改めて内部を見てみる。どうやら使用されている布は何も施されていない。雨に打たれたら使えなくなる。骨組みはきちんとしている、が、その分折り畳みは出来なさそうだ。

「使い捨てテント、っていうわけか」

「ん? あぁなるほどねー」

 そうは言うものの、アレイは話の事を理解していないだろう。交渉の際は適当に相槌しただろうし、菖蒲に何か言われても生返事をしている。

「これ」

 アレイのカバンを弄った菖蒲が、草を二束、突き付けてきた。

「服の中に入れれば消臭効果もある」

「そっか……風呂ってないもんな」

「当たり前だ」

 言い終えるなり彼は横になって、自分の剣を枕にして寝た。

 野宿はあまり慣れていないが仕方がない。横にはならず座ったまま寝よう。襲撃があった場合、すぐ起きれるし。

「横にならないの?」

 堂々とアレイは寝転がる。菖蒲の腹を枕にして、だ。ここまでになるとなんだか潔いし、中途半端に女々しい男より、逞しい。

「じゃあ、寝るか」

 澪に促され雑魚寝する。オレと澪は出入り口付近に頭を向ける。

「ランタン消すね」

 テントから灯りが無くなる。外の火も消されたようだ。

 明日になれば、エリスを助けられるだろうか。

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