2-2

 話によると、黒百合のメンバーは祭に出かけたという。荒らしに行ったのではなく、純粋に出店を楽しんだとか。ただ菖蒲は拠点に残っていた。それで、事件が起きる前。空を駆ける竜を見た。何かと思って追いかけるも、突然の閃光に目が眩んでしまった。だが、彼はマドニアに向かって行く竜を見る。すかさず探知魔法をかけ、その竜を追っかけに来た。

 どうして彼女を追うのかは言わなかった。

 きっとエリスに魔法云々について言うのか、脅すのだろう。

「そういえば、宿の人がお前の事を言っていたが」

 澪はあの青年が言っていたことを話す。すると菖蒲の顔が歪んだ。奥歯でも噛みしめている様である。

「ここはプルメリアと親交があるだろう。だからだ」

「……は?」

「お前ら、つまり白薔薇を良く思っていて、俺らを嫌っている」

「嫌われている身のクセに、よく宿に入れたな」

 オレの言葉に彼は小さく笑った。

「入れた? 追い出されたの間違いだ」

「ああ……だからメイドが来た時に隠れたのか」

 コイツの事だ。泊まれない事に文句を言って問題を起こし、魔法かなんかでこっちに来たのだろう。恐らくオレ達の事がいたことは把握していたに違いない。

「ただ、もう一人……アレイは下にいる。アイツは誤魔化しのきく魔法でどうにかなっている」

「で、お前は無理で、こっちに来たのか」

 悔しげに菖蒲が頷く。

 澪と目を合わせ、どうしようかと考える。

 菖蒲はエリスを追っていて、探知魔法で居場所はおおまかに分かっている。正直、オレらにとって菖蒲が居れば大助かりする。しかし敵である彼に借りを作ることは何とも言えない。それは澪も同じようであった。彼も耳打ちで同じことを話す。

 一方の菖蒲は、オレらに興味は無いのか勝手に茶を淹れはじめた。

「ところで聞いていいか」

 おもむろに澪が喋る。

「なんだ」

「……ご飯とか食ってないだろ」

 ビクリと菖蒲が震えた。気がする。

「いや。茶ぐらい好きに飲めばいいが」

「じゃあなんだ。哀れむつもりか」

「そういうわけじゃない」

 しばらく沈黙が続いた。彼のお供のアレイは、下の部屋にいるだろう。だが、安い部屋ならば別の誰かと相部屋に違いない。

「提案がある」

 腰に手をあてて、澪が口を開いた。

「そっちは女王の居場所がわかる。しかも女王を追っている。……道中、協力しあうのはどうだ。代わりに宿泊させてやってもいい。ご飯だって分けてやる」

 菖蒲はふざけんなと言いたかったのか、やや間抜けな声をあげた。だが、俯いた。

「……にも、アレイにも、飯を別けてくれることと、道中では敵味方関係なしに女王を追う事に専念する。それを守れば協力はしてやろう」

 顔を上げた菖蒲は、いつものように偉そうであった。

 心底安心して、澪と目を合わせた。これで旅は楽になる。

「というわけだ。このベッドは占領させてもらおう」

「って! ざけんな! お前は雑魚寝しとけ!」

 蹴飛ばそうとしたが、簡単に避けられた。菖蒲はカップ片手に立ち上がり、

「じゃあ協力は無しだ」

「おいお前、ふざけ」

 首根っこを掴まれて、言葉が詰まった。

「まだ布団はある」

 勝ち誇ったような顔で、菖蒲が言う。さすがに澪と寝るのも、澪を床で寝かせることも気が引ける。

 ……悔しいが、非常に悔しいがエリスの為だ。

「その布団はどこにあるんだ?」

 腹をくくって、冷たい床に体を寝かせる覚悟を決めた。

 布団は菖蒲が隠れていたクローゼットにあるようで、オレが風呂に入る間に用意をしてくれるらしい。



 床で寝るなんて久しぶりの事だった。

 布団は予備を使い、枕はカバンでどうにかした。冷たい床が身に滲みる。そのせいか眠りは浅く、オレは二人より早く起きた。

 身を起こすと肩が痛んだ。立ち上がり、軽く体をほぐす。しばらくこれで大丈夫だろう。窓に目をやる。少し明るい。とりあえず顔を洗おう。

 洗面所から戻ってきても二人は寝ていた。ぐっすり眠る菖蒲が忌々しく、蹴飛ばしたくなった。

 そういえば。彼も澪と同じ異国民だ。異国民だからエリスに反乱を起こし、魔法を使用させようとしているのだろうか。

 恐らく菖蒲は澪と同じ国の出身者だろう。だとしたら、澪も容易く魔法を使える。

 何故だか、異国民である二人が怖くなった。

「……何考えてるんだ。オレは」

 薄暗い部屋の中、立ちすくむ。疲れているから、そんなことを考えたのだろう。お茶でも淹れて休もうか。だが。チェスト付近に置かれているはずの茶が見当たらない。それどころか入れ物すら見つからない。

「そういえば……」

 昨晩、菖蒲に好きなだけ飲めと言った。アイツはセットをどこに置いたのだろうか。考えることが嫌になったが、喉は乾いている。まだチェストの引き出しにあるはずだと、見てみれば、

「……?」

 少し理解が出来なかった。引き出しの中に、蓋のされたカップが数個ある。一つを手に取ってみた。蓋を取ると、中には茶が入っている。昨日淹れたものだろうか。すっかり冷めてしまっているが、飲めるかもしれない。

 けど、どうしてこんなところにカップが。やったのは菖蒲だろう、やはり革命団、色々とおかしい。そんな奴が淹れた茶を飲むのは気が引ける。そう思った時、一枚の置き手紙を見つけた。『好きに飲め』と書いてあるのだが、字にクセがあって読みづらい。

 もしかしたら、中に毒物があるかもしれない。そう思ったのだが、アイツは「敵味方関係なし」だの言っていた。

 少しだけ怖かったが、カップに口を付ける。敵が作ったものを口にするなんて、とんだバカげた話である。けれど飲み終わってからそんな考えが過ぎった。茶は不味くなく、むしろおいしかった。冷めてはいるものの香りはあるし、後味はいい。いや、単に茶葉が良かっただけかもしれない。

「……飲んだのか?」

 不意にした声に、胸の奥がつっかえた。。カップを落としかける。

「ま。別にいいが」

 随分と眠たげな声だった。振り返ると、頭を掻く菖蒲が見えた。澪はまだ寝ている。

 よっこらせ、と菖蒲はベッドから離れた。彼の髪は寝癖でひどい。毛先がこれでもかと跳ねている。洗面所に行ったようで、オレはすぐさまカップを戻しておいた。ついでに占領されていたベッドを取り戻す。菖蒲の荷物を脇に退かし、靴を脱いだ。

 意外にも早く菖蒲は戻ってきて、ベッドの取り合いになるのかと身を固める。しかし、彼はそんなことどうでもいい、みたいと言わんばかり。部屋の中央にある椅子に座った。と、彼は机に鉱石を並べた。それらは菖蒲の衣服から取りだされる。興味がわいて、靴を履きつつもそちらに向かう。

「あまり近寄らない方がいい。今から鉱石に魔力をつぎ込む」

 早口に警告され、オレは二・三歩引いた。すると菖蒲は唇を動かし、鉱石に手をかざした。すると、机に円形の模様が浮かんで、消えてゆく。色とりどりで綺麗であった。

 昔読んだ絵本のワンシーンみたいで、心が奪われそうになる。確か、魔法使いが死んだ人を生き返らせる場面だった。

 思い出に情を馳せている内に作業は終ったらしい。てきぱきと鉱石を回収し、菖蒲は「来てもいい」とこぼす。

「……お前は、俺を含めた異国民をどう思う?」

 急に聞かれたのですぐに返事は出来なかった。少し間をおいて澪に視線を向ける。彼はごろんと寝返りを打った。まだ夢の中にいるようだ。

「オレは……」

 すると菖蒲は立ち上がった。何をするのかと思ったら、ティーセットを取りだす。それらに手を当てて、菖蒲はオレを見た。こっちに来いと言わんばかりだ。

 ふんわりと良い匂いがする。

 冷めてしまったはずの紅茶を温めたようだ。魔法で。

 おまけに、空になったカップに一杯注いでくれた。こうなったら話すしかないだろう。しぶしぶながら、彼の前方に腰かける。

「澪もお前も含めて、異国民という思いは無い」

「……ほう」

 差し出されたカップを掴む。取っ手も熱くて手を離しかけた。

 だけど、紅茶を口にする。甘い味と匂いが突き抜ける。紅茶自体はそこまで熱くなく、ちょうどいい。

「そう、か」

 菖蒲もカップに口をつけた。

「俺の国は、戦いばかり起きていた。それに駆り出されることはあったし、そうでもない時もあった。多分、そういう情報が伝わって野蛮な民族だと思われているのだろう」

「オリエントってそんな国だったのか……」

 澪から事情は聞いた事がないし、野蛮という人から話を聞いたことも無かった。

「オリエント? ……あぁ、お前らだとそう呼んでいるのか」

「それで、どんな国なんだ?」

「どうも何も、魔術師の災厄で崩壊寸前だ。……随分昔の話しだけどな。

 だから、プルメリアにやってきた奴らは逃げてきた人というわけだ。近隣国はあったが、受け入れを途中で止められた。他に近い国は……あっても無いようだったし」

「そうだったのか……」

 プルメリアと似たような状況だったなんて。話を聞く限り、オリエントの被害はこちらの方より被害は深刻そうである。何せオリエントは海に囲まれた島国であるし。他国への移動は大変だったろう。

「今でも覚えている。継ぎ接ぎで作られた船に乗って、当てもない渡航。正直、死を覚悟した」

 ふぅ、と彼が息をつく。多分、当時の菖蒲は幼かったのだろう。

 変に共感してしまう。災厄に遭った時のオレも、幼かったから。

 そして、彼もまた魔法を恨んでいる、のだろう。でも菖蒲は魔法を使っている。

 どういう事だろうか。

「ところで、親はいるのか?」

 ことん、とカップを置いて菖蒲が聞いて来た。

「居るわけない。父さんはオレが産まれる前に事故死して、母さんは災厄の時、跡形もなく」

 すると菖蒲は目を見開いた。が、すぐいつも通りの顔になる。

「……すまない」

「気にするな。こんなの澪も似たようなものだし」

 もぞり、と布のこすれる音がした。澪は起きているのだろうか?

「…………ん?」

 何か音がした。外からだ。窓を見やると、昨日見た青年らしき人物が目についた。何かから逃げている。転びそうな足どりだ。何かあったに違いない。

 すぐさま着替え、剣を片手に部屋から飛び出た。宿から出た時に、一声かけるべきだろうが、戻る暇は無い。

 宿のロビーに人はいない。あの青年がここの番をしていた、という事だろう。

 一先ず外に出た。

「ひ、ひぃぃ」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにして這いつくばる青年は、体中傷だらけだった。しゃがんで目を合わせると、安心したせいかおいおいと泣きはじめた。

「何かあったんですか?」

「あ、ああぁ、魔物が、魔物が!」

「そいつはどこに」

「朝食用のハーブを取りに行ったとき、襲われたんだ!」

「とにかく落ち着いてくださ、」

 言いかけた時、背中を蹴られた。ひぃぃと青年が喚く。顔が地面に着く寸前で受け身をとった。仰向けとなるオレが見たのは、寝間着の上に黒衣を羽織った菖蒲である。

「行くぞ!」

 顔を顰めながら彼は怒鳴る。急になんだと言いかけるも、胸倉をつかまれ立たされる。

「あっちだ!」

 菖蒲は南西を指す。オレは青年が気になったのだが、問答無用で連れて行かれた。

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