第3話 桔梗色、ノワール
”ユウレイカシ”の由来は知らない。だが地元の子供たちはあの木の下で遊ばない。幼い自分も、あの木陰を踏んだ覚えがない。
「ユウレイカシの木陰に足を踏み入れると、木に喰われる」。それを聞いてからしばらく夜は母に手を握ってもらって眠った。小さな娘を寝かしつける母はわたしに公務員や安定した仕事を望んだが、18歳になった子供に親の希望は怖い話の何十倍も恐ろしかった。反対を押し切って上京し、都会で借りた家で寂しさと引き換えに懐に収まった自由が愛おしかった。
だが働きはじめて5年目の冬、母が亡くなった。
危篤だと連絡を受けた深夜、残業帰りにスーパーで胃に入れるものを買って始発で向かおうとしていた。
「お忘れ物にご注意ください」という電子音とともにと飛び出したお釣りの小銭を取ろうとすると、五円玉が派手な音を立てて落ちた。溜め息をつきながら手を伸ばすと急に頭の重みでふらつき、右手と床との距離がつかめない。頭上では残されたお釣りの受け取りを耳障りな連続音が催促してくる。取りたいのに、取れない。身体が思う通りにならない。
気がつけば店の通り沿いでタクシーを拾い、故郷へ向かっていた。朝焼けに薄れていく星の光を見ながら、わたしは母との最後の会話を思い出そうと必死になっていた。
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