第2話 浅葱色、チャコールグレー




彼が尋ねてくるのは二度目だった。「好きだったよね」と言って掲げたのはシュガーバターサンドの水色の袋で、わたしは少し目を伏せてずしりと重い土産物を受け取った。


拓海が来ることは以前から決まっていたのに、いざ目の前にすると何もかもが億劫になった。


誰もいない家に「お邪魔します」と言った彼の背中は、古びた家の背景によく溶け込む。丁寧に揃えた合皮の靴も、寝癖のついた襟足も、嫌いになったわけではないのに、わたしは彼を振らなくてはならない。


それも、二度目の拒絶の言葉とともに。


古い炊飯器で炊く美味しくないご飯と温めるだけのパックご飯を天秤にかけて、パックご飯の方をお茶碗によそう。いくつかのおかずと一緒に缶ビールを2本持っていき、ささやかな食卓を囲んだ。


あらかた食べ終えたところで、拓海は穏やかな口調で切り出した。


「結婚しませんか」


「どうして敬語なの」


「口調を変えたら、はるかの気も変わるかと思って」


本気か冗談かわからない拓海の言葉に戸惑う。しかし拓海は気にする素振りもなく話を続ける。


「きみは東京へ戻るべきだよ」


「もう仕事も辞めたし、アパートも引き払ったんだよ。戻れる場所なんてない」


「ぼくのところに来たらいい。東京でなら仕事だってすぐに見つかるし、嫌になったら出て行ったっていいよ」


パックご飯を「美味しいね」と言ったときと変わらない平坦な声で拓海が言った。心臓の奥の触れてほしくなかった部分がぐずつきだす。


「だってはるかは戻りたいんだろう。今の仕事をするために東京へ出てきたんだって、そう言ってたよね」


「気が変わった、とも言ったでしょ。ちゃんと聞いてよ」


「聞くよ、それがきみの本心ならね」


「勝手に深読みしないで」


語気の強い言葉が飛び出す。彼の耳たぶにはかすかな赤みが差し、テーブルの上のビールは手つかずのまま。こうなると知っていたから、拓海と会うのは億劫だった。


着替えを持った彼を風呂場へ押し込み、その間に来客室に布団を敷いた。冷たい寝具が夜の指先に辛く、来訪を許した先日の自分が恨めしかった。


他人から見れば、わたしはどこかおかしいのだ。


仕事を辞めたとき、直属の上司は「きみが実家へ帰るとは思わなかったよ」と嘲笑を浮かべた口元で言った。背後からは同僚たちの近すぎる興味が追い打ちをかけてくる。しかし一言の弁明も出てこなかった。自分でも、なぜこれほど執着するのかわからなかった。


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