07話.[謝らなくていい]
「お母さんの方が楽しそうだった」
会って話してみた限りでは叩くような人には見えなかった。
虹花が大げさに言っているだけなのか、それとも、外面だけはいい人なのか。
でも、厳しく冷たいだけなら七万円もお年玉を渡したりはしないだろうという考えもある。
仮に親戚がこっそりと渡していたとしてもチェックとかされそうだし……。
「虹花、叩かれるときってどんな感じにだ?」
「えっとね、こう」
少ししゃがんでみたらぺちとかなり弱い力で叩かれた
いや、やっぱりただ触れているだけとも捉えられるような威力だ。
「それ叩いてないだろ……」
「え、じゃあなんで触れてくるの?」
「それって普通に褒めているんじゃないのか?」
「でも、『こんな結果』って何回も言うよ?」
「いやそれ、絶対に褒めてるだろ……」
なんだよ、篤希なんてそれで行動しようとしたぐらいなのに。
あのとき外出してくれていてよかったとしか言いようがない。
それにしても虹花はまた……大丈夫なのか? と不安になる子だ。
「あ、俺相手だから威力を抑えているとかじゃないよな?」
「うん、こんな感じだよ?」
やっぱり実際に会って話してみないと分からないことだな。
片方だけの言葉を信じすぎるとよくないことが起こるということだ。
虹花母と初めて会ったときに余計なことを言わなくてよかったとほっとしていた。
あと、なんとなくあれだったから滅茶苦茶軽くチョップしておいた。
「痛い……」
「虹花の母さんのそれは叩いているわけじゃないぞ」
「そうなんだ……」
「おう」
多分、目標だってどんどんと高めているのは彼女なんだろう。
余程厳しい家庭だってほぼ全部の教科で満点取れ、なんて指示しないだろう。
仮にいたとしたら、それはもう理解の届かない領域だから無理はないということで片付けられることだ。
「すみません遅れました……」
「自由だから気にしなくていい」
もう二月になる。
四月になれば篤希と話すようになってから一年ということになるから少しだけ意外だという気持ちがあった。
基本的に一ヶ月も続かないことばかりだったからだ。
最近のそれがなかったとしても物好きなのは確かなようだった。
「そろそろバレンタインデー」
「虹花は誰かにあげるのか?」
「手作りはできないけど渡すつもりでいるよ」
おお、俺らとだけしかいないように見えてそうではなかったということか。
小さくて可愛らしいから同性の友達が多いのかもしれない。
最近は友チョコとかいうやつも流行っているみたいだからなんか渡しているところを想像するだけで微笑ましいな。
「俺も渡しますよ、一正先輩と三上さんに」
「ははは、女子力が高い人間だ」
「苦いやつよりも甘い方がいい」
「当たり前じゃないですか、その人が好きでもない限りわざわざ苦くしませんよ」
今年はいいけど来年のこの時期はもうあれだなと少しだけ寂しくなった。
だって高校を卒業してからも一緒にいられるような気がしないからだ。
マイナス思考というやつはできるだけしたくないものの、それでもやっぱり現実は理想通りにはなってくれないものだから。
「一正君と横田君は四月の頃からこんな感じだったの?」
「いえ、先輩は俺のことを覚えていませんでしたからね」
「むかついていた、とか?」
「はい、殴ったら思い出すか? とか考えながら行動していましたよ」
最初の頃は少しだけ素っ気なかったが、俺はただ出会ったばかりだからだと考えていた。
で、多分その考えも間違ってはいなかったことになる。
五月に変わる頃にはあくまで普通に戻ったから。
よくも悪くも先輩と後輩みたいな距離感でいられるようになったからだ。
「私がふたりがいるところを初めて見たのは六月だったからよく分からなかった、だから今日知ることができて少し満足しているよ」
「知ってもどうにもならない情報ですけどね」
「でも、自分と一緒にいてくれている人のことはよく知りたいから」
「ま……気持ちは分からなくもないです」
彼は一瞬だけこっちを見てからすぐに彼女に意識を戻した。
「俺も同じだな、一緒にいてくれる存在のことをよく知りたいと思っているぞ」
「横田君のことはよく分かったけど、一正君のことはいまいち分かっていないかも」
「知りたいことがあったから聞いてくれればいい」
「じゃあ」
とことことこっちにやって来て袖を掴んでくる彼女。
言えることなら答えるつもりで続きが発されるのを待った。
「横田君は気持ちをぶつけているわけだけど、それを受けて一正君はどう思っているの?」
どう思っているの、か。
いまの俺のスタンスは後悔しないなら来い、という風になっている。
抱きしめたのは求められたあの一回のみだし、俺が篤希をどうこうしたいという気持ちは……あるような……ないような。
「男の子と女の子の恋愛と違って特殊なのは確かだよね?」
「そうだな」
「それを拒むことなくいるということはちゃんと告白してきたら受け入れるということ?」
普通であれば中々話しづらいことでも彼女は淡々と口にできてしまう。
ただ、せっかく休み時間に三人で集まっているのにこれでは意味がなくなってしまう。
なので、この話は無理やりここで終わらせてもらった。
「悪いな――あ、でも、虹花には言えない、言いたくないということじゃないから勘違いしないでほしい」
「大丈夫だよ、寧ろこっちこそ言いづらいことを聞いちゃってごめん」
「いや、謝らなくていいぞ」
黙ったままでいた篤希にも声をかけて楽しい方に傾けていくことにした。
まあまだやっと一年というところだから焦らくてもいいだろう。
焦れったいということならもっと考えてやらなければいけないがと、虹花と話している篤希を見てそう思ったのだった。
「材料を買いに行きたいので付き合ってくれませんか?」
寝ていたところに急にそれだったから理解するのに時間がかかった。
彼は少しだけ呆れたような顔で「付き合ってください」と重ねてくる。
もし前のそれを完全に聞いていなかったら人によっては勘違いしてしまうような発言だ。
「ほら、その材料によって味が変わってくるんですから行きましょう」
「分かったから引っ張るなって」
近所のスーパーで済ます、ということはしないみたいだった。
結構歩かなければならない商業施設を選んだわけだが、こういうときに公共交通機関を使わないのが彼らしい。
「今日はしなくていいのか?」
「……いまはそれよりもこっちが優先です」
「正直、男子である篤希が頑張る必要はないんじゃ?」
女子だったらまだ友チョコということで違和感もない。
ただ、男子が頑張るとなるとそれとは変わってきてしまうのは確かだった。
しかも渡すリストの中には俺も含まれていると。
まだ虹花だけだったら最近はそういうのもあるかで片付けられるわけだが……。
「……なんで俺はここまで来たんですかね」
「それを俺に聞かれても……」
で、どうせここまで来てしまったのならということでささっと買い物を済ませていた。
店内にいた時間より歩いている時間の方が長いってなんとも言えない気持ちになるな。
しかも我慢しきれなくなったのか、人気が全くないところで急にきたしで自由すぎるだろう。
「……三上さんに聞かれたとき、なんで言ってくれなかったんですか?」
「受け入れるにしろ、受け入れられないしろ、あんな場面で言ってほしいのか?」
「俺としてはもう分かりやすく対応してくれた方がありがたいですけどね」
受け入れているいまでも不安になるということか。
それだって断れなくて言うことを聞いているだけだと見ることもできるから。
「全部篤希次第だ、俺は篤希が望んだ通りに動こうと決めているぞ」
あれから考えたが、結局そういう答えしか出てこなかった。
だからそれはつまり、彼が付き合いたいと言ったら受け入れるということになる。
彼からしたら不満も言いたくなるような言い方かもしれないが、まあそこは我慢してもらうしかなかった。
「言ったろ? 後悔しないならいいって」
「……おかしいですよ、だって俺らは同性同士なんですよ?」
「おいおい、それを篤希が言うのか?」
そこに引っかかってしまうぐらいならやめておけとしか言えない。
だけどそれも無視できるということなら俺はただ受け入れるだけだ。
「……普通は断るところですよね?」
「なんでか分からないけど全くそういう気持ちが出てこないんだ。だから後は全部、篤希の選択次第なんだよ」
それでも寒いから家に帰ることにした。
冬だから可能性は低いが、チョコとかが溶けても困るわけだし。
「おかしいですよ」
「そう思うならやめればいい」
「そうじゃなくてっ、……三上さんと仲良くしておけば付き合えるかもしれないんですよ? 好きだって言ってくれたじゃないですか」
「それでもだよ」
俺にその気があればあれを言われたその日に受け入れるように行動していただろうな。
でも、現実はそうとはならなかったんだ。
だからその話を出されても同じようなことしか言ってやれない。
「着いたな」
「……冷蔵庫に材料をしまったらあなたの家に行きたいです」
「最近来すぎじゃないか? 両親に怒られても知らないぞ」
言うことを聞いてはくれなさそうだったから彼の家に寄ってから家に帰った。
リビングには母がいるから部屋まで連れてきたことになる。
確かに敢えて同性じゃなくても、みたいな見方はできるかもしれない。
虹花のあれを本気で受け取っておけば初めての彼女が~となるかもしれないんだから本当ならそっちを選んでおくべきかもな。
だけど自分の中ではもう決まってしまっているからやはり意味のない思考なんだ。
「一正先輩といたいです」
「おう、それは一緒にいるだけでよく伝わってくるよ」
「俺、先輩のことが好きなんです」
「おう」
「だから――」
彼が初めて言い切る前に姉が入ってきてしまった。
流石に相手が虹花のときと違って睨んだりはできなさそうだった。
「一君、私やっぱりひとり暮らしはやめることにしたよ」
「え、じゃあバイトもやめるのか?」
「ううん、それはちゃんとやるよ? でも、やっぱり離れたくないんだ」
姉の気持ちはともかくとして、俺的には嬉しいことでしかなかった。
俺は毎日家族と楽しく話をしたいんだ。
少なくてもいいからちゃんと毎日積み重ねたい。
喧嘩だってしてしまう可能性はあるものの、離れ離れになってしまうよりはいいだろう。
「俺は普通に嬉しいよ、母さんと姉貴がいてこそこの家だからな」
もちろん、父とゆっくり話せるときは沢山話すから忘れているわけじゃない。
ただ、顔を合わせる回数が全く違うからそこはやっぱり差が出てしまうんだ。
「篤君もいたんだね」
「月さん、俺は一正先輩が好きなんです」
「ん? うん、知ってるよ?」
「あ、一応言っておくとそういう意味で……ですけど」
大げさに「えー!?」とか驚くと思っていた。
いや、正直に言うとそういう反応を求めてしまった、という感じで。
が、残念なのかよかったのか、姉は彼を見つつ「だから知ってたよ? つまり男の子として好きなんでしょ?」と答えてくれた。
「そ、そんなに分かりやすかったですか?」
「うん、一君は全く気づいていないようだったけど」
「まじですか……」
いまだからこそ露骨にアピールしてきているから分かる。
だが、ちょっと前までは彼もあくまで後輩、友達として来てくれていたようにしか見えなかったからそれで理解しろと言う方が無茶な話だった。
先輩思いの人間であればそれこそ犬みたいに何度も来ることはあるだろうが、だからってそこから好意を持っているからだ~なんて考えられるわけがない。
もしそんなことをしてしまったらかなりやばい人間になってしまう。
「なにかを言うつもりはないから安心してよ、内緒にしたいということならお母さんにも言わないようにしておくし」
「あ、ありがとうございます」
「うん、あ、お邪魔だから戻るね」
姉が出ていったからしっかり返事をしておいた。
ここまできて保留に、なんてできるわけがない。
彼が付き合いたいと選択をしたんなら俺は向き合ってあげればいい。
「ありがとうございます」
「おう」
それでも今日はこれで終わりだ。
なんか目が怖くなり始めたから帰らせることにした。
抱きしめる、抱きしめられるぐらいなら別にいいが、流石にその先のことも求められ始めるとついていけなさそうだから。
……つか、そういうことに興味あるのかね?
「ふぅ、篤希は物好きだなー」
俺も同じような感じにはならないよう気をつけようと決めた。
もうこの時点で遅いのかもしれないが。
「ふぅ」
ある程度のことはやっておいたから後は当日でいい。
汚れたから洗い物を終えてから洗面所まで移動した。
どうせ冷えるから気にせずに全部脱いで浴室へ。
「そういえば……」
鏡の前に座って洗っていたときのこと。
先程のあれで関係が変わったことを思い出して変な気持ちになった。
受け入れてもらえたのは嬉しいものの、やはり先輩はおかしいとしか言えない。
「……考えなければよかった」
とにかく風邪を引く前にしっかり拭いて服を着込む。
両親はまだ帰宅していないからとやかく言われることもないから家を出た。
連絡してからだと断られる可能性が高いから連絡なしで行くのが一番だ。
「はい――おかしいな、さっき帰ったはずなんだけどな」
「今日、泊まってもいいですか?」
「……ま、好きにすればいい」
ほらやっぱり、実際に突撃してしまえばこうなる可能性が高いんだ。
後輩が相手なんだから強気に出ればいいのにと思いつつも、こういう先輩だからこそ好きになったわけだからこれからもそうであってほしいと願う自分がいる。
でも、常識がないつもりはないから部屋でも大人しくしていた。
「よく考えたみたんだけどさ、関係が変わっても特に変わらなくないか?」
「そうですね。でも、変化ばかりだと疲れてしまうからいいと思いますよ」
「確かにそうか」
……やばいな、こうしてふたりきりでいられていると抑えられなくなりそうだ。
明日、渡してからでも遅くはないのにどうして抑えずにここに来てしまったのか。
俺は確かに周りの女子と同じぐらい恋する乙女的な思考、行動をしている気がした。
つか、なんで俺は先輩を好きになってるんだよ……。
確かに滅茶苦茶困っているときに助けてもらったが、だからってそれだけでこうなってしまうのは自分に問題がある気がする。
だけど後悔しているわけではないどころか、いまだってベッドに座っている先輩を押し倒して自由にしたいと考えてしまっているんだから意味がない。
「肉食獣の目をしているぞ」
「……滅茶苦茶にしたい気分なんですよ」
「ま、まあ待て、そう焦らなくても俺は逃げないぞ」
まあそうだよなあとしか。
逃げたいならいまこうして部屋に入れることはしない。
「ほら、抱きしめるぐらいならいいから――」
これは油断をした先輩が悪い。
いまこのタイミングでそんなことを許可すればどうなるのかなんて分かるはずなのに。
もしかしたら誘ってきているんじゃないかとすら思えてくる発言だった。
「自由にしていいですか」
「……焦るなよ、俺は受け入れただろ?」
「だからこそですよ」
……甘える側ではなくて甘えてもらえる側になりたい。
こういうことでは自分が優位な立場でいたかった。
だってそうじゃないと思い出したときに頭を掻きむしりながらあー! って叫ぶ羽目になるからだ。
させてもらう側がどんな気持ちを味わうことになるのか、それを知ってほしい。
「……すみませんでした」
「いや、謝らなくていい」
結局、俺が言うことを聞かないからなのか寂しそうな顔をしていたから無理だった。
あんな顔を見たら欲求とかだって全部どこかに飛んでいってしまう。
いまでも不安だからというのもある。
だから……焦らずにやっていこうと考えて、再度謝罪をしておいたのだった。
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