08話.[考えてあげてね]
「どうぞ」
「ありがとう」
彼はあくまで違う方を見つつ「三上さん用のものは特に甘くしておきました、ま、普段勉強を頑張っている分消費しているので摂取しても悪くはないと思います」と言っていた。
最初はあれだけ邪魔者扱いみたいなことをしていたのにこれだから笑えてくる。
時間を重ねることさえできればこういう風に仲良くできるということも知ることができたわけだから、彼の強がりも俺にとっては無駄ではなかったということだが。
「そうなんだ」
「はい」
ちなみに俺はもう貰って食べてしまったからなかった。
……せめて放課後までとっておくべきだったと後悔している。
でも、余裕があるタイミングで貰ったんだから早く食べてやらなきゃって気持ちが大きかったのと、単純に我慢できなかったからというのがあった。
「味わって、食べてくださいね、横に立っている人は一秒で食べてしまったので」
「分かった」
美味かったんだから仕方がない。
どうしたって好みの食べ物のときは食べる速度が上がってしまうんだ。
抑えようと思っていても簡単にできることではないからそれを求めるのは酷という話だ。
あと、篤希だってしているだろうから説得力がないだろうな。
「ん? なんか篤希君は変わったね」
「そうですか?」
「うん、なんか嬉しそう」
正直、昨日はよかったのに今朝は冷たかったぐらいだぞ。
なんかいちいち悪く言ってくるから好きにさせてやらねえとか思ったぐらいだ。
まあでも、どうせ俺のことだから「○○していいですか?」と聞かれたら終わるんだろうが。
もう少しぐらい強気な態度でもいいと思うんだけどな。
「あ、それはその……」
「あ、とうとう付き合い始めたということ? おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
虹花は篤希と違ってかなり大人だった。
何事にも冷静に対応できるというところを俺も真似したい。
しっかり者になれば両親や姉だって喜んでくれるだろうから。
いまから俺が変わろうと思ったらある程度は極端に行動しなければならない。
ただ、そればかりを目指しすぎて自分らしさがなくなってしまったら本末転倒のようなものだから結構難しかった。
「隠れて」
「「え?」」
「いいから早く」
それならと扉の前に隠れたら教師が教室前の廊下を歩いていった。
別に空き教室に入ることが禁止にされているというわけではないから意味はない気がする。
「これを持っていたから見つかるべきじゃないと思った」
「なるほどな、没収とか実際にあるから気をつけた方がいいか」
「うん、それに篤希君が頑張って作ってくれた物を取られたくなかった」
「可愛いこと言うなあ」
作った側ならそんなことを言われて嬉しくないわけがない。
が、素直になれない人間代表的な彼は違う方を向いて「味は変わりませんよ」などと言っていて残念だった。
計算して発言しているわけではないだろうが、そこは嬉しそうな顔でもしてやれば虹花的にも嬉しいだろうに……と内で呟く。
「虹花さんは先輩と違って嬉しいことを言ってくれますね、この人なんて美味いしか言ってくれませんから」
「それだけで十分じゃないの?」
「……個人的にはそれ以外にも頑張ったんだなとか言ってほしいんですよ」
「女の子みたいだね」
語彙がないからこれこれこうだからこう美味いと言ってやることができない。
でも、努力をしようとしたところで結局遠回りになって伝わらないだろうからこれでいい。
必ず、いただきます、美味い、ごちそうさまでした、ありがとうと言っておけば問題にもならないことだろう。
というか、多分それが一番真っ直ぐに伝わるからだ。
「よしよし、いつもありがとう」
「……いえ」
「これからも仲良くしてね」
「はい、来てくれる限りは相手をさせてもらいますよ」
人は意外と変われるものだな。
変わろうとしないからずっと現状維持のままになってしまうのかもしれない。
「ちょっとしゃがんで」
「ん? おう」
「よしよし、一正君もいつもありがとう」
「はは、こっちこそいつもありがとな」
俺も後輩側がよかった、彼女の方がよっぽど年上みたいに振る舞えているから。
情けない発言をしても年下だからということで許される可能性が出てくるものの、年上側がそんなところを見せたら馬鹿にされるだけだから不公平だろう。
……まあ、立場を利用して正当化しようとしているようなものなので、こういう思考をしてしまっている現時点で情けないわけだが……。
「ちゅー」
「「は!?」」
こうして唐突によくないことをするあたりは真似をするべきではないな。
特に篤希なんかが真似をしてしまったら止められなくなってしまう。
とにかく、俺が動こうとする前に本人が離れてくれたから助かった。
「や、やっぱり虹花さんは苦手です!」
「唇にはしていないから許して」
「額でも普通に不味いですよ!」
結局、いつもの彼に戻ってしまった。
まあでも、今回はまあ無理もないかと片付けられることだから仕方がない面もあるか。
とりあえず、むきーと荒れている彼を押さえておいた。
喧嘩とかはしてほしくないからこれからも似たようなことになったらするつもりでいた。
「篤希」
「あれ、珍しいですね、教室に来るなんて」
「たまには行ってやらないといけないと思ってな」
いまから先輩の教室に行こうとしていた身としてはありがたい話だ。
ただ、自分の教室で話すのはいつもと違うことだからなんとなくいづらい……。
とはいえ、せっかく来てくれたのに教室に行きましょうなんて言いづらいと。
「虹花さんはいいんですか?」
「なんか空気を読まれてしまってな」
先輩だって同じ立場だったら空気を読んだつもりになってそう行動しそうだった。
というか、余程分からない人間でもない限りはそうすることだろう。
寧ろそこで積極的に行ける人がいたら逆に尊敬する。
「にしても、篤希は大胆だな」
「大胆?」
「だって言いづらいことだろ?」
「ああ。でも、教えた相手は信用できる人だけですから」
「姉貴と虹花はそうだな。だけどさ、学校とかで言ったら聞かれてしまうかもしれないだろ?」
そうか、先輩のことを考えるなら気をつけなければならないのか。
俺は別になんと言われようと構わなかった。
同性を好きになった、ということでしかなかったから。
それでも、その好きな人に迷惑をかけたいわけじゃないから……。
「すみませんでした、自分のことしか考えていませんでした」
「違うよ、俺は篤希が自由に言われたりするのが嫌だからさ」
「無理しないでください。別にいいんですよ、自分を守るために行動してくれれば」
そこを責めることができる人間は恐らく全世界にひとりもいない。
自分を守るために行動していない人間なんていないと言ってもいいぐらいだ。
「よく考えたら周りに言う必要なんかないですからね」
自分が告白をしてそれを先輩が受け入れてくれたというだけで十分なんだ。
わざわざそんなことをするぐらいならその時間を仲良くするために使った方がいい。
そもそもの話として、月さんと虹花さん以外には言おうともしていなかったわけだし。
「たまにはなにか食べに行きませんか?」
「それより俺は篤希が作ってくれた飯が食べたいぞ」
「それなら両親の分も作りたいので俺の家に来てください」
相川家は先輩のお母さんがいるから少しだけ違う意味でドキドキするんだ。
いつ入ってくるか分からないということになるとそわそわするからこっちの方がいい。
俺の両親は共働きである程度の時間まで帰ってこないから余計に。
「俺の家にばっかり来てもらっていたから新鮮だな」
「特になにもありませんけどね、ちょっと待っていてください」
制服から私服に着替えて早速調理を始めた。
野菜とかも忘れずに摂取しなければならないわけだが、今回はそういうのを一切気にせずにエネルギー摂取重視で作ることにした。
とにかく男子相手に作るなら肉攻めをしておけばいいんだ。
「先輩、できまし……寝てる」
そう時間もかかっていないのに器用な人だった。
しかもソファに座らず、床に直接座ったままで寝ているんだから面白い。
一応暖房が効いているから分からなくもないが……。
「先輩っ、起きてください!」
どうせならできたばかりの状態で食べてもらいたいから心を鬼にして起こした。
そうしたら目を開けて「おう……」と。
が、料理を前にしたらあっという間にいつも通りに戻って普通に呆れた。
あとは単純に……それには勝てないのかと複雑さがあった。
「ごちそうさまっ、物凄く美味かったぞ」
「食器は置いておいてください」
「俺がやるからいいよ」
少し不安だったものの任せてみたらなんか嬉しそうだった。
量が多いわけではないからすぐに終わらせて戻ってくる。
前に犬だなんだと言ってくれたが、犬みたいなのは先輩の方だった。
「さて、飯を食べさせてもらったから肩でも揉んでやるよ」
「よろしくお願いします、最近は結構疲れているんですよね」
おお、やっぱり力が強くて本当に助かる。
自分でやってもなんにも気持ちよくないからこれは最高だった。
食後だったのと、その気持ちよさの前に眠りそうになってしまったのが問題だが。
「姉貴とか母さんによくやるからさ、上手いだろ?」
「はい、すごくいいです」
お金を払わないとこういうサービスは受けられない現実だから本当によかった。
ただ、そういう健全な感じだったのによくない感情が出始めてきて自分に呆れた。
学習能力はあるつもりだから今度は抑えることに成功する。
「俺さ、正直一ヶ月ぐらいで終わると思ってた」
「あ、最初の頃の話ですよね」
「ああ、なんで話しかけてきたのかも分からなかったからさ」
俺的にはもうお礼の言葉も言えないと思っていたからかなり驚いた。
だってもう会えないという風に扱っていた人が入学した学校にいたんだから。
しかも、話しかけたときも嫌そうな顔をしたりはしてこなかったし……。
「でも、きっかけは色々なところに転がっているんだって今回の件で気づいたよ」
「少し露骨すぎたかもしれませんね」
「んー、だけど先輩思いの後輩なら似たような行動をするだろうからな」
俺にとっては先輩としか関わっていなかったからあれが普通だったし、これからも変わらなくていいとすら思った。
だから虹花さんといるところを見たときなんかは発狂しそうになったぐらいで。
「最近は大人な対応をしてくれて嬉しいよ、虹花と言い合いをしてほしくないからな」
「……それは虹花さんが大切だからですよね?」
「大切なのは篤希だってそうだよ」
俺だって先輩と虹花さんが言い合いをしていたらそわそわするから気持ちは分かる。
まあそんなことは他になにが起ころうとありえないが。
……少しだけ先輩に対して強気な態度でいる虹花さんを見たくなったものの、多分この人は付き合ってしまうからいまのままでいいとすぐに切り捨てておいた。
「ま、頑張りますよ、今日みたいなことがなければ」
「ああ、頼む」
正直、いまはまだ俺が求めたから受け入れてもらえただけだ。
本気で俺のことをそういう風に見てくれているわけじゃない。
その証拠に抱きしめてくれたりはしないわけで。
だからどうやればその気にさせられるのかを考えているところだった。
バレンタインデーが終わってとりあえずなにもないと喜んでいたのに、今度はそんなことを延々とごちゃごちゃ考えてしまっている。
でも、先輩が悪いわけじゃないから前に進めないんだよなと。
「そんな顔をするな」
「……どうすれば好きになってもらえますか?」
「あー、ひとつ言っておくと、抱きしめられるのとか嫌じゃないからな?」
「それは恋人としてと言うより、求められるのが嬉しいからですよね?」
「まあ……そうかもしれないけど」
悔しいがこれが現時点での実際のところだ。
ただまあ、幸い時間はあるから悩んでいこうと決めた。
振られる可能性の方が高かったのに先輩はこうして受け入れてくれたんだから。
まずはそれを楽しんでおけばいいわけだから。
「そうか」
嫌じゃないから全部篤希次第にして受け入れた自分。
でも、告白した側からすればそれでは不満だよなあと今更気づいた。
手を繋ぐことや抱きしめることを許可してくれても、実際のところはそういう風に好きではないという現実が引っかかって味わえないということになる。
そう考えると俺は結構やばいことをしてしまったことになる……かなと。
「一君、お風呂に入ってきなよ」
「姉貴、その前にいいか?」
「うん、いいよ」
いまさっきまで考えていたものを全部吐いておく。
流石に今回は無反応とはいかず、姉は「え、好きでもないのに受け入れたの?」と。
「それって結局、苦しくなるんじゃないかな……」
「そう……なのか?」
「だって行為だけはさせてくれるけどそれ以上でもそれ以下でもない関係になっちゃうんだよ? それって、ほら……」
そこまで踏み込んだことはしていないものの、似たようなものだということか。
来てくれないときは寂しさを感じたりするからそれに該当~……とはならないだろうか?
「篤君が可哀想だからちゃんと考えてあげてね」
「ああ、聞いてくれてありがとう」
が、風呂に入っても、出てから延々と考えても出てこなかった。
何度も言うが、俺はああいうことをされても全く嫌じゃない。
したいならしてくれればいいと思っているし、してほしいと言ってくれれば俺からだってするつもりでいる。
だからとりあえずいまはそれでいいんじゃないかって片付けようとしている自分がいた。
ごちゃごちゃ考えるとまた駄目に方に傾くからそれでいこうと決めたのだった。
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