05話.[似たようなもの]
「泣いたってほんと?」
「いや、汗をかいているところを見られただけだ」
大晦日、年内最後の日。
俺らは二十三時頃に三上家の外で集まっていた。
まあ神社に行って少し待機し、年が変わったら帰るつもりでいるから特になにがあるというわけでもない。
「ごめん、言うことを聞いておかないとまた叩かれそうだったから」
「だからいいって、横田も三上も終わったことを話に出しすぎだ」
「でも、泣いたって――」
「だから泣いてないって」
もう片付けたからいいんだ。
期待しなければああやって傷つくことだってきっとなくなる。
適度に付き合っておくぐらいでいい。
それ以上を求めてもなにがどうなるというわけではないから。
「遅れてすみません」
「気にするな」
留まっていても寒いだけだから移動を開始する。
これまでよりもより集中してふたりが会話できるように黙っていた。
なにかを言いたくなっても我慢して見ているだけに留めておけばいい。
「甘酒飲みたい」
「なら俺が貰ってきます、相川先輩はどうしますか?」
「苦手だからいいわ」
「分かりました」
勝手に距離を作っているのは自分ではあるが、なんかふたりが遠い場所にいるような感じだ。
結局のところ、俺は見ていることしかできないし、見ているだけなのが一番なんだろう。
クラスでだってそう、自分が踏み入れようとしてしまったらあのいい雰囲気を壊してしまう。
そんな人間が他者になにかを期待すること自体がよくなかったんだ。
「温かいね」
「そうですね」
どうなってもいいから帰ってしまおうかと考えた自分がいた。
もちろんそんなことをすればまず間違いなく横田からは怒られる。
でも、どうせ一緒にはいられなくなるのに一緒にいる意味なんてないんじゃないだろうか。
「だめだよ」
だから急に腕を掴まれたときはかなり驚いた。
驚きすぎて尻もちをつきそうになったぐらいだ。
だけど怪我をさせたくないから頑張って耐えた形になる。
「ん? どうしたんです?」
「一正君はいま帰ろうとしてた」
「え、そうなんですか? あ、寒いの苦手ですもんね」
「違う、私達と一緒にいたくないって顔をしてた」
ばれてしまったから諦めの降参ポーズ。
「俺が掴んでおくので大丈夫ですよ」
「分かった」
もういまので帰るという気持ちも吹き飛んだのに許してはくれないようだった。
ま、まあいい、どうせあと数分もすれば年が変わって解散、となるんだからな。
それぐらい我慢できるようでなきゃ余裕があるとは言えないんだ。
「変わりましたね」
「ん? あれ、もう年が変わったのか?」
その割には周りは特に賑わっていないが。
いやまあ、同行者と一緒に楽しそうにはしていた。
俺はこういう雰囲気のところにいるのが好きだから来ていてよかったと思えている。
「違いますよ、あなたがです」
「ああ……、なんか最近は悪い方に考えてしまうんだよ」
前までなら簡単に片付けて次へと動ける人間だったのにそれができなくなってしまった。
それこそ、俺は元々こういう人間なのかもしれなかった。
横田と三上しか近くにはいてくれないからそれがなくなったときのことを考えて駄目になる。
が、来てくれたら来てくれたで時間を無駄に消費させていて申し訳ない気持ちになるし……。
「しっかりしてください、前みたいな先輩じゃないと調子が狂うんですよ」
「でも、横田とかは正直無理しているところもあるだろ?」
「無理してる? なにがですか」
「だ、だからさ、他に優先したいこともあるのに無理して俺のところに来てくれているだろ?」
いやもうね、関われば関わるほど情けないところばかり見られることになる。
これとか女々しすぎるだろう。
三上が同じようなことを言うならともかくとして、野郎が、しかも年上が言うのはださい。
「勝手に――」
「もう変わるよ」
今年が終わって新しい年が始まる。
四月になれば俺はもう三年生か。
人間関係以外では全く問題も起きなかったからこれからもそうだと願いたい。
……あとはやっぱり、卒業するまでこのふたりといたかった。
ひとりぼっちならひとりぼっちなりに上手くやるだろうが、俺は誰かといたいんだ。
「今年もよろしく」
「おう」
「はい」
変わったらすぐに帰るという約束をしていたみたいだったから三上を家まで送ってきた。
「先程の続きですけど、勝手に決めないでくださいよ」
「悪い……」
「少しそこで話しましょう」
夜中の寒い中、公園にいることなんて全くないから少しだけ新鮮だった。
少しだけわくわくしている自分がいる。
「つまりあなたは拗ねているというわけですよね」
「待て、拗ねてはいないだろ」
「そうですか? クリスマスに一緒に過ごせなくなってからその極端な思考じゃないですか」
……いやでも仕方がないんだそれは。
前にも言ったように、料理云々とかより今年は誰かと過ごせるということが大きかったんだ。
前日、二十四日の夜なんてわくわくしすぎて寝られなかったぐらいなんだ。
当日に約束していたように一緒に過ごせていたら俺だって……。
「しかも泣いていたぐらいですしね」
もうそれだけでださいから詰んでいる。
せめて俺が後輩側だったらもう少しぐらいなにも考えず甘えることができたんだが。
「悪いのは横田だからな」
「うわあ……」
「事実だろっ、せめて前日に言えよ! 当日にいきなり無理になったとか一番最悪なパターンなんだからな!」
よし、言いたいことも言えたからかなりスッキリした。
依然としてうわあ……と言いたげな顔でいた彼の頭に手刀をくらわせてから帰路に就く。
「待ってくださいよ」
「今年もよろしくな」
「はい、まあ俺がいないと先輩はひとりですからね」
「そうだよ、俺が寂し死しないように頼むぞ?」
「はい、それぐらいなら俺でもできますからね」
今日は久しぶりに気持ちよく寝られそうだった。
で、夜ふかししていたのもあって朝までぐっすり爆睡したのだった。
「お年玉七万円貰った」
お、おいおい、流石にそれは多すぎないか?
あ、もしかして厳しいだけで娘思い両親なのか? と考え込んでしまった。
「なにか買いたい物とかあるのか?」
毎年どんなことになろうと諭吉一枚だからその戦力差に絶望する。
いや、一万円を貰えるだけでも俺からしたらかなりありがたい話だ。
そうだ、丁度いい。
「三上、手を出してくれ」
「ん、ん? なに?」
「ボールペンだ、受け取ってほしい」
可愛さ重視の物だから購入するときに少しだけ大変だった。
どちらかと言えば厳つい感じだから店員からすればえ……って感じだっただろうな。
「可愛い」
「頑張って探してきたんだ」
「でも、どうして?」
「三上達がいてくれるだけで俺はかなり助かっているからな、その礼だ」
考えに考えてもシャーペンとかボールペンとかしか思い浮かばなかった。
なにか違う洒落た物を贈っている自分を想像するだけで鳥肌が立ったぐらいだ。
だからいいんだ、大切なのは気持ちだ。
「それなら私は一正君や横田君に優しくしてもらってるよ?」
「確かに横田は優しいよな」
面倒くさい人間でも愛想を尽かさずにいてくれているぐらいだし。
本当に物好きな人間だとしか言いようがない。
「というか、三上は最初と喋り方が変わったよな」
「最初は飄々としたキャラを演じてた」
「ああいう三上もいいと思うけどな」
「そうかなー」
「はははっ、いまは駄目だなっ」
もう無理しているようにか見えなかった。
俺の中の三上像が既に変わってしまっているからなのもある。
「いつもありがとな」
「私もいないと一正君は泣いちゃうから」
「な、泣いてないけどな」
暇だから彼女と一緒に横田家へ突撃することにした。
もう十時ぐらいだから迷惑ということもないだろう。
無理だということならゆっくり歩いてもいいわけだから無駄にはならない。
「あ、おはようございます」
「おう、どこかに行こうとしていたところだったのか?」
「はい、先輩の家に行こうとしていたところなんです」
「新年早々物好きだな」
「そうですか? それはあなたの袖を掴んで歩いていた三上さんもそうですけどね」
彼女は妹みたいなものだからこれでいいんだ。
一緒にいてくれると安心できる。
彼女の両親のイメージがあまりよくないから連れ出せるならそれに越したことはない。
「ところで横田、何円貰った?」
「三万円ですかね、毎年固定なんですよ」
「そ、そうか」
「貯金しますけどね、なにかがあったときのために残しておかなければいけないですし」
その点に関しては俺も同じようにするから負けているわけではないな。
物欲はあまりないから基本的に貯まっていくことばかりだ。
額が一定な分、本人にそういう意識がなければ貯まらないから悪くはない。
「なんかそうしているところを見ると妹みたいですね」
「お兄ちゃんがいてくれたらもっと楽しかったかもしれない」
実際にそういう風になってからじゃないと分からないことだ。
俺は姉と仲良くできているからいいが、不仲の姉弟、兄妹もいるみたいだから全ていい方に働くわけではない。
「三上さんには先輩みたいな人がいてくれた方がいいですね」
「それだったら私がお姉ちゃんの方がいい、一正君は弟向きな人間性」
「俺的にもそれは新鮮で楽しいだろうな」
「でも、月さんがいるからやっぱり妹かも」
「どっちにしても三上はいい子だからな、俺としてはありがたい存在だよ」
自分からこういう話に持っていっておきながらつねってくるってなんでだ……。
横田は俺のことが好きすぎるな。
まあ、俺の家に来ようとしていたのはそれこそ姉や母に挨拶をするためだったのかもしれないけども。
「横田君はお兄ちゃん向きじゃないね、すぐに嫉妬するし」
「絶対に先輩みたいな人は兄になってほしくないです」
「近い存在であればあるほど嫉妬するからそうだね、その方がいいよね」
「……嫉妬なんてしませんけどね」
変わる、離れるだなんて考えていた俺だが、なんとなくいまのでこのふたりは変わらないなって願望に近いことを思った。
「そろそろ名前で呼ぼう」
俺に言っているのか彼に言っているのかよく分からなかった。
俺的にはなんにも問題ないことだから構わないと言えば構わない。
ただ、少しの気恥ずかしさは確かにあった。
「え、一正先輩って呼ばなければいけないんですか?」
「そこで当たり前のように一正君から触れるあたり、大好きだよね」
「嫌な相手なら行こうとすら思いませんからね」
下げようとするときとそうでないときの違いが分からねえ……。
まあでも、やっぱり可愛げがあるから俺もいたくなるもんだ。
こっちを馬鹿にしてくるような人間だったら一緒にいようとなんてしない。
「篤希は可愛げがあるからいいよな」
「騙すために装っているだけですけどね」
「それでもいいよ、一緒にいられているときは楽しいからな」
別に求められていたわけではないものの、虹花にも言っておいた。
「びゃっくしゅ!」
「汚いですね……」
「か、体が冷えてな……、寒いから俺の家に行こうぜ」
「別にいいですけど」
「私も大丈夫だよ」
話すだけだからわざわざ外で過ごさなくてもいい。
あと、こうして家に来てくれる存在が増えて単純に嬉しかった。
「ふぁぁ……」
「大きなあくびですね」
「おー、篤希か」
相変わらず来てはくれない人だった。
俺や三上さんが自分から行かなければあっという間に忘れてぼうっとしていそうだ。
「虹花はどうした?」
「今日はもう帰りました、用事があるみたいだったので」
「そうか。なら、少しだけゆっくりしていこうぜ」
前の椅子に座らせてもらう。
急いで帰ったところですることはないからここで過ごすのは別に構わなかった。
「もっと来てくださいよ」
「この前行ったら迷惑そうな顔をしていただろ」
「だからって後輩組に来させるのは違うと思いますけど」
「嫌じゃないなら行くよ」
誰も一度も嫌だなんて言っていないのにすぐそういう発言をする。
自信があるのかないのかよく分からない先輩だ。
でも、これが急に変わったら困惑するからこのままでいいのかもしれない。
「あ、そういえばシャーペン、すごい使いやすいです」
「そうか、一応頑張っていいやつを探したからな」
軽すぎても重すぎても駄目だという中でそれは絶妙で自分に合っていた。
長時間勉強をしたり文字を書いたりすることがあるから非常に助かっている。
これまではすぐに腕が疲れて休憩しがちだったからより集中しやすくなったし。
……まあ、こういういいところは先輩にも沢山あるんだ。
「俺、先輩のそういうところ好きですよ」
「装っているようなもんだ、離れてほしくないからな」
「普通だったら三上さんにだけ優しくしそうなところですけど、俺にも変わらず優しくしてくれますからね」
「当たり前だ、関わっている時間が違うからな」
八ヶ月というところか。
それでも一応、その間になにもなかったということはない。
俺はとにかく先輩のところに行っていたし、先輩は毎回相手をしてくれていたから。
……だからこそクリスマスの件は後悔しているわけで。
「なんて顔をしているんだよ」
「……頭を撫でるなら三上さんにしたらどうですか」
「機会があったらな。よし、そろそろ帰るか」
ただ、この人は自分勝手なところがあるからなと背を見ながらそう内で呟いた。
付き合わせておいて解散するときはあっという間だからむかつくんだ。
俺の言うことを聞いてくれないということではないが……。
「いつもありがとな」
「なんですか急に」
「言う機会がなくなるかもしれないからな、言える内に言っておこうと、うわ!?」
腕を引っ張って振り向かせる。
「そういうのむかつくんですよ」
「別にマイナス思考をしていたわけじゃない、ただ言いたくなっただけなんだ」
「だったらありがとうとだけ言っておけばいいじゃないですか、なんでいちいち言う機会がなくなるとか言うんですか」
同じような発言をした際、その度にこうして言ってきたんだ。
それなのに全く届いていないし、謝罪をしたりするくせにまた繰り返したりする。
俺は毎日必ず行っているのになんでそんなマイナスに考える必要があるんだ。
全く来なくなってからそういう風に考えるならまだ分かるが……。
「離してくれ、分かっているから」
「……いちいち言わないでください」
まるで離れたがっているように見えるからやめてほしかった。
……俺だって先輩がいてくれたからこそフラットに対応できたんだ。
「もうすっかりそれが前提になってしまっているからな、篤希や虹花が来てくれないと全く楽しめなくなってしまったんだよ」
「一年生のときはどうしていたんですか?」
「登校して、授業を受けて、放課後になったら帰るというだけだったよ」
俺だって似たようなものだった。
中学はそこに部活が加わっていただけで。
俺が話しかけたのは実は中学時代から先輩のことを知っていたからだ。
そのことはなんか言いにくかったから言っていないが、まあ、いまのこれにはそれが結構影響している。
……覚えていなかったのは普通に悲しかった。
「だからそんな顔をするなって、求めてくれる限りは離れたりしないよ」
「……違いますよ、そのことについてじゃないです」
仮に覚えられていても俺はありがとうとすら言えなかった人間だからよかった可能性がある。
ありがとう、ごめんなさい、それが言えなくなってしまったら人としてお終いだ。
でも、いまならちゃんと言うことができる。
が、唐突にありがとうと言われても困るだろうからそれはいまじゃない。
今度ちゃんとその話をしたときに言わなければならないことだ。
「そういえば中学のときに篤希とよく似た人間がいた気がする」
「似た顔の人間は結構多いですからね」
「滅茶苦茶困っていたようだったからこの前みたいに出しゃばらせてもらったんだよな、なんか複雑そうな顔をしていたから特になにも聞かずに離れたけど」
違う、ありがとうと言おうとしたのに言葉が出てくれなかったんだ。
その間に先輩は行ってしまったからその機会がなくなってしまった。
当時は先輩達がいる階に行く勇気すらなかったからどうしようもなかった。
けど、入学式の日に先輩を見つけた瞬間、動いていたんだ。
もうここでいい。
これ以上先延ばしにしたところで特になにがどうなるというわけじゃない。
それに、後回しにすればするほど言いにくくなるから頑張るだけだ。
「あのときはありがとうございました!」
「ははは、あれは篤希だったのか」
……声が大きくなってしまったことが恥ずかしかった。
それでも、こうしてあのときのお礼を言えただけで十分だった。
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