03話.[言いたいことは]
「ちょいちょい」
「ん? 付いていけばいいのか?」
どうしてもどこかに連れて行きたいみたいだったから付いていくことにした。
これから帰るというところだったから特に予定もないし構わない。
ただ、変なことには巻き込まれたくないから正直不安というのはあった。
「あれ」
「ん? あ、横田だな」
ここは本当に絶妙な場所だった。
ぎりぎり話し声が聞こえる範囲だから聞こえてくるわけだが、あまりいい内容ではないのは確かだった。
相手からしたら当たり前だというほどではないものの、少しズレてきてしまっているのが本当のところかもしれない。
「だから俺はもう――」
「まあまあ、ちょっといいか?」
「なんでここにいるんですか?」
「ちょっとな、で、掃除のことなんだけどさ」
余程な事情がない限りは任されたことぐらい自分でやるべきだろう。
それに横田は一度受け入れて代わりにやったみたいだからな。
とにかく色々と言わせてもらった結果、男子君は渋々といったような感じで歩いていった。
「出しゃばって悪かったな」
「それはいいですけど……」
「三上が教えてくれたんだ、心配だったんだろうな」
三上はあくまで無表情のまま俺の横に立っていた。
少しだけ分かりにくい子ではあるが、先程のあれも気にしていなければ言いにきてくれなかっただろうから冷たいわけではないだろう。
「別に俺だけでも問題ありませんでしたけどね」
「そうか……」
「って、そんな顔をしないでくださいよ。そろそろ帰りましょう、テスト勉強もしなければいけませんからね」
「あ、ああ、帰るか」
三人で帰るのがほぼ基本となっていた。
意外と三上は横田と喋りたがるから余計なことは言わずに見るだけにしている。
もちろん話しかけられたら答えるが、俺としてはふたりに仲良くなってほしいからこれでいいと思う。
仮にそれで来てもらえなくなったとしてもそれはもう仕方がないことだから。
「テスト勉強、一緒にやりたい」
「いいな」
「俺も別に構いませんよ、ただ、俺の家は狭いので無理ですけど」
「私の家も無理かな」
「はは、俺の家でやればいい」
客間を使えば母に迷惑をかけるということにもならない。
飲み物さえ出しておけばまあ平和な時間となることだろう。
「ただいま」
「「お邪魔します」」
リビングに入ってみたら誰もいなかったから買い物にでも行っているんだろうと片付けた。
それでも遭遇してお互いに気まずい~みたいなことにはならないように客間に向かう。
飲み物などもしっかり運び終えたら着替えるために一旦部屋へ移動。
「一正君、ちょっといい?」
「ん? おう」
わざわざ部屋に来なくてもすぐに戻るのにとは思いつつも、そういうつまらないことは特に言うことはせずに彼女に向き合う。
つか、最初のあれはなんだったのかと言いたくなるぐらいには彼女は変わってしまったなと。
「横田君が寝ちゃった」
「え、この短時間で?」
「うん、なんか疲れていたみたい」
一緒に下りてみたら確かに床に寝転んで寝ている横田がいた。
風邪を引いてしまうから掛け布団を掛けておく。
まあ色々とあるんだろう、誰だって疲れるときぐらいはある。
なにもなくても行動していれば疲れるわけだから仕方がないことだと片付ければいい。
「よし、じゃあ俺らはやるか」
「うん、せっかくそのために集まっているんだからね」
が、残念ながら聞いてきてくれることはなくて少し寂しかった。
一応、一年の問題なら特に困ることもなく教えられる自信はあったんだけどな。
まあでも、それだけ余裕があるということだから悲観する必要はないかと片付けた。
それよりもだ、二時間ぐらいは集中してやっているのに目も開けない横田がなあ……。
死んでるんじゃないかと思って顔の前で手を振ったらがしぃ! と掴まれてしまったが。
「寝られてなかったのか?」
「……最近は少し寝る時間が遅いんです」
「そうなのか? ただ、寝不足になると危ないからな」
「分かっていますよ」
彼は体を起こすと三上の横に移動して同じようにやり始めた。
最近は声を荒げることもなくなったし、普通に会話もできているからいいことだと思う。
「三上さんも物好きですよね、敢えてこの人といようとするなんて」
「一正君は優しいよ?」
「それはそうですけど、色々と面倒くさいところもあるんですよ?」
自覚しているから問題ない。
直そうとだってしているし、開き直っているわけではないから許してほしい。
それに面倒くさくない人間なんていないだろう――と言ってしまうのは、開き直っているようなもんだろうか?
「というか、どうして私にも敬語なの?」
「敬語の方が楽なんですよ」
「そうなんだ」
「はい」
線を引けるからとかそういうマイナス方向に考えるのはやめようと決めた。
とにかく、先程三上も言っていたように勉強をやるために集まっているわけだから更に一時間ぐらい集中してやって。
「母さん、ちょっとふたりを送ってくる」
「ええ、気をつけて」
「おう」
ちなみに三上の方はもう眠たそうにしているから背負って歩くことになった。
軽くて少し心配になるぐらいなのと、あんまり触れられたくないだろうから気をつけなければならないのもあって結構難しい。
「送ると言いましたけど、三上さんの家を知っているんですか?」
「え、知らないけど」
「はぁ、だったら聞かないと駄目じゃないですか」
呼んで起こしてそのことを説明したら案内してくれるということだった。
まあ、そうしないと帰れないんだから当然と言えば当然ではあるが。
「ここ」
「そうか、じゃあ下ろすぞ?」
「うん……しょっと、送ってくれてありがとう」
「どういたしまして、それじゃあな」
「ばいばい」
ふらふらとしていて不安になる存在だ。
だからやっぱり俺としては横田とふたりだけの方が気楽だと言える。
それでも努力をしないような人間にはなりたくないから頑張ろうと考えていた。
「横田は三上が普段どんな感じか知っているか?」
「知りませんね、俺とあの子は別のクラスなので」
「不安にならないか?」
「勝手に来るじゃないですか、それなのに不安になるんですか?」
「いやほら、俺らといないときはひとりとかだったら気になるからさ……」
知ることができたところで特になにができるというわけではない。
ただ、一緒にいることで少しでも力になれるんならできるだけいてやりたいと考えている。
もちろん、相手がそうやって求めてこない限りは出しゃばらないつもりだ。
……余計なお世話かもしれないが、気になるから仕方がないことでもあるんだ。
「それも余計な思考だと思いますよ、結局知ったところでなにもできないじゃないですか」
「そんな寂しいこと言うなよ……」
「それに、どうせ俺らより強いですよ」
「まあ……そうかもだけどさ」
彼の家に着いてしまったから解散となった。
寒い中ひとり歩いていると結構物寂しい気持ちになる。
「ただいま」
「おかえりー」
相手は家族じゃないからいまの距離感のままが一番なのかもしれない。
でも、そうやって考えていてもどうしても気になってしまって仕方がなかった。
どうしようもないから食事と入浴を済ませたらさっさと寝て、頭の中のごちゃごちゃを消すことに専念した。
「んー……はぁ、疲れた……」
勉強が嫌いというわけではないが、授業を受けたうえで更に自分でやるとなると結構疲れる。
教室に残り続けるという普段はしないことをしているのも影響しているのかもしれない。
俺が敢えて教室で自習をやっている理由は教室に来た三上が寝てしまったからだ。
流石に放置はできないから上着を掛けて起きるまで待っているわけだが……。
「起きないな」
前の椅子に座って寝ているから地味に視界に入ってきて気になる。
こういうときに限って横田も来ないから地味に辛い時間だった。
「小さな背中だな――」
「あの、寝ている異性をガン見するのはやばいと思います」
「……見ていたのは事実だから言い訳はしないぞ」
両手を上げて降参ポーズ。
傍から見なくたっていまの俺はやべえ奴だったからどうしようもない。
「寒がりのくせになに強がって貸してるんですか」
「いやほら、風邪を引いてほしくないから」
「俺は相川先輩に引いてほしくないですけどね」
「それはありがたいことだけどさ」
ただ、やはり彼女には厳しくて起こしてしまった。
まだまだ寝たいと言いたげな顔でこちらを見つつ「おはよう」と彼女は言う。
「これ、一正君の?」
「逆に俺以外のだったら怖いだろ、横田のだったらいいだろうけど」
「落ち着くからこれは借りたまま帰る」
「そ、そうか、なら帰るか」
外は相変わらず寒かった。
でも、ふたりがいてくれているおかげで辛くはなかった。
俺は相変わらずふたりが会話をしているところを見ながらの帰路となる。
彼女は結構話すのが好きみたいだから邪魔をしないようにしているのが一番だろう。
「で、なんでわざわざあそこで寝たんですか?」
「それは一正君がいてくれるからだけど」
「帰ってゆっくり寝ればいいじゃないですか、先輩と一緒にいたいということなら一緒に帰ればそれで解決しますよね?」
「学校から家は近いから」
「アホな先輩は延々と付き合ってしまうんですからやめてあげてください」
流石に俺でもずっと付き合い続けられるわけではない。
限界がくれば今日はもういいかと言わせてもらうし、そこまで面倒見がいいわけではないから彼の発言は間違っていることになる。
まあこれも人間だからで片付けられてしまうことだ。
「横田君はなにをしていたの?」
「勉強ですよ、家では別のことをやりたいので」
んー、やっぱり彼女相手にも敬語を使っているところを見ると違和感しかない。
律儀な人間で敬語じゃなくてもいいと言っても聞いてくれない人間だからこれが普通なのかもしれないが……。
「一緒にやればよかったのに」
「学年も違いますし、結局本番はひとりで頑張らなければいけないわけですからね。というか、あなたこそ寝ていられるような余裕はあるんですか?」
「うん、中間考査は平均九十点だったよ」
「え」
八十点ぐらいだから俺からすれば相当優秀な話だった。
両親は特になにかを言ってくることはないが、そんな成績を叩き出していればきっと褒めてくれていたことだろう。
ソースは俺の姉だ、が、慢心することなく努力し続けることができるのが俺の姉で。
だから俺ももう少しぐらいは頑張らなければならないといまそんな風に思った。
「え、嘘……ですよね?」
「ううん、だってそれで嘘をついても虚しいだけでしょ?」
マウントを取るつもりでいたわけではないんだろうがこれは……。
「それに、高い点数を取らないと怒られるから」
「……何点取れば怒られないんですか?」
「総点数が五百点なら四八十点かな」
おいおい、どんな厳しい家庭だよ。
言ってはなんだが、あの高校は別に余所と比べて偏差値が高いというわけじゃなく普通だ。
そうでもなければ俺が入れるわけがないから。
まあそれはともかくとして、あの高校でそこまで頑張らせる意味が分からない。
「ちなみに達成できなかったらどうなるんだ?」
「叩かれるよ」
「まじかよ……」
正直、俺の両親がそうじゃなくてよかったとそんな風に考えてしまった。
少しどころかかなり最低だったからかわりに自分の頬を叩いておくことにする。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとな……」
「あ、それで毎回頑張っているんだけどあと少しが足りなくて」
「あ、それで眠たかったのか……?」
「うん、夜とかに頑張っておかないと駄目になるから」
これは聞かない方がよかった情報だ。
聞いたからにはなにかをしてやりたくなるが、家庭の問題に首を突っ込むべきじゃない。
いや、俺にそんな勇気がないんだ。
「それはおかしいですね」
「そうなの?」
「当たり前じゃないですか、あなたは有名な大学でも目指しているんですか?」
「いや、特に目指してないよ」
「だったら尚更いらないじゃないですか」
本人はそうでも親的には違うんじゃないのか?
ここで強気な発言をできるのは悪いことではないが、その後の責任も取るつもりでいないならやめた方がいい。
変に衝突をしたところで縛られるだけで終わるだけだ。
下手をすれば彼女はもっと自由に動けなくなるかもしれないんだぞと、言いたくなった。
「いまから行きましょう、俺が説得してみせますから」
「え、でも……」
そりゃ不満をぶつけるようなものだからこういう反応になって当然だ。
彼女からすればそれが当然のことだから俺達が全く理解できていない可能性もある。
まあ……実際は苦しんでいるということなら、彼みたいな人間は救世主のように見えるか?
「いいから行きま――なんですか?」
「やめておいた方がいい」
でも、やっぱり意見は変わらない。
カッとなってそのときだけ動いたところでなにも変わらないんだ。
決めた点数を取れなかったぐらいで叩くような親なんだからな。
……少しだけ大げさに言っているだけなんじゃないかって考えてしまう自分もいるが、それこそそんなことで嘘をついたって意味はないはずで。
「そんなことをしたら余計に酷くなるだけだろ」
「じゃあ先輩はいまの話がおかしいことだとは思わないんですか?」
「思うよ。でも、俺達が変に動いたところで掻き乱して終わるだけだろ?」
こういう雰囲気になったのは地味に初めてだった。
今回は俺も折れることができるというか、まあ、そんな感じで。
「それは結局、あなたが動くのが怖いだけじゃないですか」
「その行動によって余計に縛られるようになったらどうするんだよ」
「そんなことにはさせません」
「大した自信だな、横田じゃなくて三上が被害を受けるんだぞ?」
これも結局、余計なお世話ってやつなのか?
なんにも触れない方が平和に終わることだってあるんだぞ。
今回のそれで達成したりしたら今度はそうやって要求されることもなくなるかもしれない。
そんなときに怒らせるようなことをしたら確実に駄目になるというのに……。
「もういいです、あなたのそれは心配しているようで面倒くさいことに巻き込まれたくないからですからね」
横田は不安そうな顔で見ていた三上の腕を掴んで歩いていってしまった。
……実はほっとしている自分もいて言う通りだなって笑いたくなったぐらいで。
留まっていても体が冷えるばかりだからひとり帰路に就いた。
「なんにもなければいいけどな……」
三上のために動こうとする横田は普通にいい奴だ。
三上だって誰かがいてくれるということなら少しは安心できるだろう。
俺はふたりが仲良くなれた方がいいと思っていたからそれだけ見ればなにも悪くはない。
ただ、踏み込みすぎるとな……。
「一君、入っていい?」
「おう、もう帰っていたんだな」
「あともうちょっとしたらバイトに行くけどね、あ、そうそうこの子のことなんだけど」
何故か姉の後ろには先程別れたはずの横田がいた。
確認してみても三上はいないから失敗したのかもしれない。
「ちょっとゆっくりしたいから私は下にいるね」
「おう、行くときは気をつけろよ」
「ありがとう」
さて、なにを言われるのか。
実は成功していて、動けなかった俺を馬鹿にしに来たとか……?
「横田――」
「……家にいませんでした」
「あ、そうなのか?」
「はい。なのでとりあえず、三上さんとはそのまま別れてきたことになりますね」
意外だな、待ったりしなかったのか。
あれだけ勢いで行動できる人間であれば居続けることも選びそうなものだが。
「さっき言ったことと、言われたこと全部がその通りなんだよ。でも、変に期待させて結局なにもできませんでしたとなるよりも三上的にはいいことだと思ったんだ」
言いたいことはちゃんと全部言っておいた。
たまにやめるときもあるが、そこだけはなるべく守っていたいから。
彼は黙ったままだったから無言の時間がかなり続いた。
が、後悔はしていないから俺はただ待つだけでよかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます