02話.[ということだけ]
「午前中の、誰なんですか」
「え、横田の方が知っているだろ?」
話すことは話したものの、名字や名前は知らないままだからなんでそんな怖い顔をするのか分からなかった。
分かっているのは一年生の女子ということだけだ。
「知りませんよ、気づいたら相川先輩が女子と話していて気になったんですよね」
「確認しに行ったらあの子が話しかけてきただけだよ」
「なんで先輩に話しかけるんです?」
「なんか横田のことを気にしているみたいだったぞ」
多分、彼と一緒にいる人間であれば誰でも話しかけていると思う。
先輩とか後輩とか同級生とか、そういうことを気にする子ではなさそうだし。
俺にもああいう余裕さと、あとは年上らしさが欲しかった。
もし俺がしっかりできている人間であれば彼といても特に問題にはならないからだ。
「そもそも確認ってなにを?」
「そりゃ横田のことだろ、ひとりでいるようならこの俺が――」
「余計なことしないでください」
「……わ、分かったからその怖い顔はやめてくれ」
このことに関しては触れるべきではないのかもしれない。
強制的に変えようとしたところで本人にその気がなければ意味がないし。
でも、年上及び兄貴的な立場の人間としては心配になってしまうんだ。
だって、自分と関わってくれている優しい存在には楽しくやってほしいと思うだろ?
「まったく、相川先輩はそのことに関してだけは駄目ですね」
「俺と同じようになってほしくないんだよ」
「先輩といられている時点で同じではないじゃないですか」
そうか、俺が彼以外の人間と関わっていないから説得力が足りないのか。
俺が友達を作れば真似して動き始めてくれるかもしれない。
ただ、もう完成されてしまっているそこに突っ込むというのは少し勇気がいるぞ。
あの子だったら……いや、巻き込むのは違うかと片付ける。
とにかく、今回は珍しく昼に彼が来たから一緒に飯でも食べることにした。
「ほら、ぶつぶつ言ってないで早く持ってきて食べろよ」
「……持ってきます」
「おう、待ってるからよ」
先に食べるのは違うから待っていたら、何故か机の横から急に頭が生えてきた。
驚いて立ち上がりそうになったものの、流石にださいから頑張って抑える。
「ねー、そのお弁当、食べていい?」
「忘れたのか?」
「うん、今朝は慌ててたから」
「分かった、食べていいぞ」
「ありがと~」
なんかこういう子は不安になるから丁度よかった。
が、戻ってきた横田はそれはもう荒れに荒れていたが。
「あ、私は三上
「おう、よろしく」
正直、この子でもいいから横田の相手をしてあげてほしいよな
なんて言ったら後で怒られるから余計なことは言わないでおく。
それにあれだ、先程も考えたように変わる気がなければ意味がない話だから。
「これ美味しかった、先輩が作ってるの?」
「いや、母さんが作ってくれているんだ」
たまに姉貴が作ってくれたりもするが、基本的には母が作ってくれている。
任せてばかりだと悪いからたまにはと作ろうとしても駄目だと拒絶されてしまうんだ。
もしかしたら拘りがあるのかもしれない。
俺が高校を卒業したら作る機会がほとんどなくなるからそうなる前は~ということだろうか?
「そうなんだ、いいなー」
「三上は作ってもらえないのか?」
「ん~、そういうわけではないけどー」
自分で作ることになってもそれはそれで面白いと思う。
新鮮さというのはあまりないだろうが、それでも自分が頑張ったという結果が弁当箱の中には広がっているからだ。
「どうでもいいですよそんなこと、それより、お母さんが作ってくれたお弁当を他の人間に食べさせるとかありえないですよ。あなたに食べてもらうために頑張って作ってくれているんです、あなたが食べないでどうするんですか」
「まあでも、困っているようだったからな……」
「そんなの忘れた側が悪いんですよ」
中々厳しいな、なんか俺以外には厳しいのが横田篤希という人間だった。
三上は全く気にした様子もなくぶつぶつ吐いてる彼を見ているだけ。
言い争いとかになってほしくないため、俺としては少しだけそわそわし始める。
「嫉妬してるの?」
「はあ!?」
ついに冷静なままではいられなくなって彼が立ち上がる。
が、そんな彼とは余所にあくまでそのままの感じで「先輩とふたりでいたかったんだ」と更にぶつけていた。
「そんなの当たり前――」
「ま、まあまあ、それぐらいにしようぜ?」
「……先輩が言うなら」
うーむ、この感じだと一緒にいさせるのは危険かもしれない。
ばっと爆発してしまう可能性があるから遠ざけるべきなのかもしれない。
俺としてはこれがいい方に働いてくれればいいと考えているが、現実は所詮上手くいくようなことばかりではないから仕方がないことだと片付けることもできる。
「先輩は横田君といるの好きなの?」
「おう、好きだぞ?」
たまに怖くもなるがいい奴だし、一緒にいられているときは楽しいんだ。
だからこそ、他の人間とも上手くやってほしいとついつい考えてしまうことになる。
「だからいつも一緒にいるの?」
「まあそういうのもあるし、単純に俺に横田しか友達がいないというのもあるな」
「それなら私が友達になってあげる」
「お、そうか? ならよろしく頼むわ」
後輩だろうが同級生だろうが先輩だろうが、別に相手の年齢は重要じゃない。
友達になってくれるということならありがたく感謝して向き合わせてもらうというところで。
何気にこういう存在に恵まれているのもあって、これまで特に問題もなく生きられてきたという形になる。
「うん、先輩は優しいから」
「いや、まだその判断は早いだろ、一ヶ月ぐらい過ごしてからじゃないとな」
「そっか、じゃあもっと一緒にいる」
「おう、俺だったらいつでも暇だからな」
それでもいまは戻るということだったから横田とふたりになった。
まあ、教室だから静かな空間というわけでもない。
「……本気なんですか?」
「友達は多い方がいいだろ?」
「俺は量より質なので」
「お、おいおい、まさか三上といたら友達をやめるとか言わないよな?」
流石にそれは嫌だった、とはいえ、三上の友達をやめることもしたくない。
俺よりよっぽど強いだろうが、ああいう存在は近くにいてくれていた方がありがたい。
困っていたら話を聞いてやることぐらいはできるわけだし、三上にとっていい存在になれればいいと現時点でそういう風に考えてしまっていた。
「はぁ、言うわけないじゃないですか」
「そ、そうか」
情けなくて申し訳ないぐらいだ。
せめて同級生の友でもいてくれればもう少しぐらい格好がついたのだが……。
残念ながら昔から後輩の友しかできないからどこか諦めている面もあった。
「って、先輩も大概ですよね」
「誰だってそうだろ。相手が同性だろうが異性だろうが、一度友達になったからには離れたくないに決まってる」
「同性に対しては仮にそう思っていても言いづらいものじゃないですか?」
「そうか? 俺は全然言えるけどな」
もっとも、離れたがっているんならそれはもう認めることしかできない。
束縛したところで心はそこにないし、そんなことができる立場にないし。
でも、来てくれている内はとにかく優先して行動する、ということだ。
「それって異性にも言えるということですよね? 結構勘違いさせてそうですよね」
「あるわけないだろ。俺と一緒にいてくれるのは大体後輩で、俺以外の男子のことを気に入っていたからな」
……俺と同じ部活の人間に近づくために利用されていたようなもんだ。
だから残念ながら異性の友達がいたことはこれまで一切ないことになる。
なので、言葉だけでも「友達になってあげる」と言ってくれたことは超ありがたかったんだ。
情けないから彼の前では絶対に言わないけども。
「ごちそうさま。あの、少し歩きませんか?」
「おう、歩くか」
おぅ、相変わらず教室外は寒いな。
俺が教室に居続けるのは雰囲気が好きだからというのもあるし、暖かいからというのが結構大きかった。
それに出たところで一緒に過ごせる相手もいないからそうする意味がなかったというか……。
「もうちょっとで今年も終わりだな」
「あっという間でした、まあ、緊張も特にしませんでしたけど」
「すごいな、俺なんて一年生の間はずっと落ち着かなかったよ」
体も大きくなければ内も大きく、とはならなかったことになる。
それでも気楽に存在していればいいということに気づいてからは問題もなくなった。
見えていないだけかもしれないが、苛めとかをする人間はあのクラスにはいないからだ。
「そうだ。もう出会ってから一年になるからさ、なにかクリスマスプレゼントをやるよ」
「別にいいですよ」
「いやそういうわけにもいかないだろ。世話になったということでなにかを渡したいから考えておいてくれ」
流石に一緒に過ごすのは現実的じゃないからそれぐらいだろうな。
クリスマスには両親は揃って外食に行くから家を空けるし、姉貴は女友達と過ごすのが毎年のことではあるからひとりだった。
少し寂しかったりもするが、大人の俺はそういうことを表に出すことはしないんだ。
「なんでもいいんですか?」
「俺にできる範囲でならな――あ、死ねとか痛くなる要求とか、高い物を欲しがられても応えてやることができないから許してくれよ?」
「しませんよ、どんなイメージですかそれ……」
保険みたいなものだから許してほしかった。
なにかしてほしいことを考えてくれと言うときはこれもセットで言うから癖みたいなものだと言えた。
まあ、実際は信用できる相手にしか言わないからこんなこと言う必要はないのは分かっているが……。
「だったら相川先輩と過ごしたいです」
「お、おいおい、クリスマスなんだぞ?」
「だからなんですか? 同性とわいわい楽しくやるクリスマスもいいじゃないですか」
「いやほら、せっかくイケメンなんだからさ」
「関係ないですよ、イケメンだって毎年異性と過ごすわけではないでしょう?」
いや俺はイケメンじゃないから分からねえよ……。
しかもわいわい楽しくやるって言うが、にこにこするタイプじゃないだろうに。
「あ、もし大丈夫だったら三上も――お、おい!」
部活もやっていないくせに力が強すぎる。
高身長ならなにもしていなくてもこれぐらいのパワーを有するものなんだろうか?
いやでもそれにしたって野郎相手に壁ドンしてもなあと。
「俺のこと嫌いなんですか?」
「嫌いじゃないよ」
「だったらいいじゃないですか。まあ、どうしても誘いたいということなら別にいいですけど」
「いや、どうせ予定とかがあって無理だろうからな」
出会ったばかりなのに一緒に過ごそうとするわけがない。
大体、俺が不安になっているだけで三上の方がよっぽど上手く立ち回れることだろう。
俺のしていることはあの子を舐めてしまっているのと一緒だ。
「……もし俺だけでいいならご飯、作ってあげますけど」
「えっ、まじ!?」
流石にこれには反応せざるを得なかった。
それだったら他のことを我慢したところで十分価値があるというもんだ。
俺は彼の作ってくれる飯を気に入っている。
あとは、クリスマスにひとりじゃないというだけでそれはもうね、という感じで。
「はい。まあ、自分にできる範囲でしか作れないですけど」
「それならそうしよう! 決まりだな!」
いまから楽しみで仕方がなかった。
が、浮かれてばかりではいられないからしっかり切り替えて頑張ろうと決めた。
十二月になった。
結構三上は来てくれていて、いまも関係は続いている。
ただまあ、いればいるほど俺の相棒が怖くなるから難しいところではあるわけだが。
「
「ああ、飯を作ってくれるからな」
「それ、私も参加していい?」
「あー、横田を説得できるならな……」
腕を組みながら黙って座っている彼を説得できるなら、だ。
流石の俺でも怖いからサポートしてやることはできない。
……当日に嫌な雰囲気を出されたくないからそういう強制力があってはいけないんだ。
俺が口を出せばどうしたって言うことを聞くしかなくなるからな。
「別にいいですよ」
「い、いいのか?」
「はい。そもそも場所は相川先輩の家ですからね、俺に拒否権なんかあるわけないないですし」
何故か彼は三上に対しても敬語を貫いていた。
冷静ぶりたいお年頃なのかもしれない。
実際は今回みたいに上手く対応できること自体が少ないが、本人的には普通を意識して存在しているんだと思う。
とにかくその答えに対して、三上は珍しく笑みを浮かべて「ありがとう」と言っていた。
そうか、彼女も来るということならなにか用意しないといけないな。
彼にだけなにかを渡すというのは仲間はずれにしているみたいで嫌だから。
が、好みを知らないからここは真っ直ぐ聞いてみることに。
「一正君や横田君といられればそれでいいよ」
「なにかないのか?」
「うん、物欲とか特にないから」
「甘い食べ物とか好きじゃないか?」
「好きだけど……」
ははは、そうだよな、困ったら異性には甘い食べ物だ。
贈り物なんかを用意するのは重いからそれぐらいに留めておくのが一番だろう。
ちなみに、彼にはシャーペンを渡そうと考えている。
手が疲れにくい物を探して、見つけて、既に購入してあるからあとは渡すだけでいいのは気楽だと言えた。
「なにも買わなくていいですよ、俺がケーキも作りますからね」
「いやほら、それとこれとは別というかさ」
「な・に・も・買・わ・な・く・て――」
「わ、分かった分かった」
優秀なのは分かっているからもうちょい優しくしてあげてほしかった。
野郎の俺にもできるんだからこの小さくて可愛らしい三上にするのなんて楽勝だろう。
実は好きだからこそ意識してしまって素直になれていないとか?
「三上さんも特になにかを持ってこなくていいですから」
「そうなの?」
「はい、ご飯関係のことは全部俺がやりますから。プレゼント交換をしたいなら他のところに行ってください」
「分かった、じゃあご飯を楽しみにしてるね」
「ま、作るからには一生懸命やるつもりですからね」
余計なことをすると怒られそうだから甘い物を買うのはやめようと決めた。
かわりに可愛らしいペンでも買ってこようと思った。
何本あっても困るわけではないからいいだろう。
……プレゼントとしては残念かもしれないが、俺が考えすぎると結局渡せませんでした、なんてことになりかねないからそれでいい。
「あ、俺はもう戻りますね」
「おう、また後でな」
最近はこういうことが多かったりする。
三上が嫌だと言うより、俺が避けられているような気がするのは気のせいだろうか?
「本当によかったのかな?」
「ああ。気にしなくていい、一緒に楽しく過ごそうぜ?」
「一正君は優しいね」
「違うよ、普通だ普通」
自分らしく発言し、行動しているだけだ。
だから相手によっては真反対の意見になったりすることもあると思う。
だが、全ての人間に気に入られることなんてできないし、俺はそんなことを望んでいるわけではないから仮に嫌われてしまっても構わなかった。
もちろん、それでいられなくなったら寂しいけどな。
「横田の態度は気にするなよ、酷いことになる前に止めてやるから」
「大丈夫だよ? それに、急に来られた人間に荒らされたくない気持ちは分かるし」
「え、それだと俺って大丈夫なのか?」
「なんで? 私から行っているんだから大丈夫だよ」
「そうか、それならよかったよ」
予鈴が鳴ったから解散となったが、今日も平和な感じで終わってよかったと思う。
やっぱり言い争いとかしてほしくないんだ。
仮に不満が溜まった場合はそれをぶつけることなく離れることを選ぶぐらいで。
ま、そういうことにならないことが一番だから気をつけようと決めつつ、次の時間の準備をしたのだった。
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