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Nora
01話.[不安になるんだ]
「おはよう」
「おー……」
仕方がない話だが、学校の嫌いなところは登校時間が早いことだ。
それでいて十六時頃まで拘束されるという訳の分からない設定だから困ることがある。
「あ、今日は帰宅時間が遅くなるかもしれない」
「分かったわ」
「飯は先に食べててくれればいいから」
ゆっくりしすぎると出る気がなくなるから必要なことを済ませて家を出た。
朝飯は食べたり食べなかったりというところだった。
状態が悪くなければ食べたりもするが、基本的にはこうしてすぐに家を出るのが普通で。
「相川先輩、おはようございます」
「おう、おはよう」
横田
春に彼から話しかけられたことによってこうして一緒にいるようになった。
特になにがあるというわけではないが、何故か冬現在までこうして続いているんだ。
「今日の放課後、予定を開けておいてください」
「は? なんでだ?」
「なんでって、それはいい店を見つけたからです」
「お、もしかして飲食店か?」
「はい、美味しいステーキが食べられる店を見つけたので」
でも、ここら辺の店は全部横田と行ったから遠い場所なんだろうか?
移動距離が長くなると帰るのが辛くなるから勘弁してほしい。
ただ、そのためにというわけではないものの、今日は遅くなると言ってあるから都合がいいと言えばいい。
特になにがあるわけではないのにああして遅くなると言うことがある。
そういうときは大体外でぼーっとしていることが多かった。
母が嫌いとか家が嫌いとかそういうことではないが、昔からそうしてきているから今更変える気はないというところか。
「つか、上着ろよ、シャツだけじゃ寒いだろ」
「少し急いで来たので暑いぐらいですよ」
「こんな真冬によく言えるな、そんなこと」
真冬(ただし年内)だからこれからもっと寒くなるわけで。
俺は得意じゃないから早く春になってほしいと思っている。
汗をかくのは好きだから夏はどんどんきてくれればいい。
「ん? 急いでいたってことは俺と話していたら駄目だろ」
「違いますよ、これを伝えるために相川先輩を追ってきたんです」
「おいおい、追うにしても女子の背中にしろよ……」
流石に友達が男の背ばかりを追っているようなら止めなければならない。
一応俺は年上だから後輩をいい方に導いてやらないといけないんだ。
いいことをしてやれると言うつもりはないが、それでも相手のためにと動こうとしているだけでも褒めてほしかった。
「大体な、誘ってくれるのは嬉しいけど女子を誘うか、せめて同級生を誘うとかにしろよ」
「嫌なんですか? 嫌ならやめますけど」
「だから嫌じゃないって。俺的にはというか、年上としては可愛い後輩のな――」
「余計なお世話ですよ、嫌じゃないならいいじゃないですか」
ちなみにこの問答はもう既に何度も繰り返されてきたことだった。
だって休み時間はともかくとして、朝と放課後になったら俺のところにすぐ来てしまうから。
もちろん兄貴的な立場の俺としては普通に嬉しい、嬉しいけどさあ……。
「そんな顔をするな、俺だったらいつでも相手をするから」
「違いますよね、俺が相手をしてあげているんです」
「はは、それでいいよ。俺には横田しか話せる人間はいないからなー」
着いたのでそれぞれ別れて教室に。
あくまで所属しているクラスは平和そのものだから毎日落ち着けていい。
見ていると結構楽しいし、聞いていると結構役立つ情報を得られることができる。
多分、陽キャラばかりだからかなと考えていた。
「あ、相川先輩」
「ん? なんだ、また来たのか」
「……課題、教えてくださいっ」
仕方がないから余っている時間を使って教えておいた。
流石に一年生の問題ぐらいなら問題なく教えることができる。
ただ、分かりやすく教えられているのかどうかは分からないからたまに不安になる。
それでもこうして何度も聞きに来てくれているわけだから不安にならなくてもいいのかもしれない。
「ちゃんとやっておかないと駄目だぞ」
「……店を探し始めたらそっちにばかり集中してしまったんです」
「だからそういうのはデートするときだけにしておけ」
野郎と行く店なんて適当でいいんだ。
俺はどこでも美味しいと感じられる舌だから別にそこまで拘りもない。
代金を払って、それでちゃんと料理が運ばれてきてくれればそれで十分だった。
「あ、だからクマになってるのか」
「え、本当ですか?」
「ああ、嘘をついても仕方がないだろ」
本当にそういう気持ちの使い先がもったいなかった。
彼女とデートする際に行く店のためなら、それだけ時間を使っても無駄ではない。
でも、俺や他の男子と行くためにそれをしているのなら、やめた方がいいとしか言えない。
寧ろすごいと褒めるべきなのかもしれないが……。
「他に誰かいるのか?」
「はい? いるわけないじゃないですか」
「はは。そうか、俺としてもその方がありがたいな」
いくら年下とはいっても慣れない相手と一緒にいるのは疲れるからなるべく避けたい。
というわけで、彼だけだということなら今日も楽しく行動できそうだった。
「美味いな」
「でしょう? 調べて一度、自分で確認しましたからね」
ある程度量もあって、それでいて柔らかくて食べやすかった。
安い肉だと縮まるうえに硬くなるから流石に店で出すだけ立派だなと偉そうに思った。
「ありがとな、教えてくれて」
「どういたしまして」
外食のいい点は、その間は家で食べるときよりも幸福感を得られることだ。
その逆に悪い点は、食べ終えてしまったら寂しくなってしまうこと、だろうか?
雰囲気がいいからこそ離れるときは毎回そうなる。
いまみたいに特に冬とかだったりすると気温の違いとかも影響する。
「相川先輩」
「ん? なん――……なんなんだ?」
そんな真面目な顔で見られても困るぞ。
寒いから早く家に帰りたいというのもあるので、そうやって足を止められるとなあ。
「いつもありがとうございます」
「言っただろ、俺が横田に相手をしてもらっているんだって」
ひとりになろうが特に気になることではないが、誰かといられた方がいいに決まっているから俺的にはそれで十分だった。
もしかしたら彼には同級生の友達がいないとかで俺頼りなところもあるのかもしれない。
そうでもなければこの頻度で来ることは不可能だろう。
だからこそこの顔、ということだろうか?
「そんなことありませんよ」
「そうか? じゃあまあ、お互いにとっていい相手だということで片付けよう」
「はい、そうですね」
どんどんと寒くなるからこれから寄り道をするのは控えようと決めた。
寒いのは本当に駄目だ。
冬生まれなのにどうしてこんなに弱くなってしまったのか……。
小学生の頃は半袖短パンで走り回っていたというのにと内で呟きつつ歩いていく。
「それじゃあな、暖かくして寝ろよ?」
「はい、今日はありがとうございました」
「こっちこそありがとな、それじゃ」
飯を作らなくていいことを連絡しておいたから怒られるということもない。
基本的に問題を起こさなければ特になにかを言ってくるような親ではなかった。
父は忙しくて家に帰ってくるのは夜中頃だし、専業主婦である母も口うるさいわけではない。
そういうのもあって、俺は結構自由に楽しく生きられているというのが現状で。
「よーよー、弟よー」
「珍しいな、今日はもうバイトは終わったのか?」
「うん、いつも遅くまでやるわけじゃないよ――じゃなくて、ちょっと肩を揉んでおくれよ」
「分かった、じゃあそこに座ってくれ」
なんでも、部屋が狭いとかで不満が溜まった結果がこれだ。
これまた両親も特になにも言っていないため、そこだけが不仲とかそういうのもなかった。
「お疲れさん」
「ありがとー」
「でも、あの部屋じゃ駄目なのか?」
八畳ぐらいの部屋なんだから十分だと思うが。
あ、だけど女子ならもっと必要とかそういうことなんだろうか?
知りもしないのに適当に言うのは違うから気をつけなければならない。
こういうことで言い争いになんてなったら嫌だった。
「およ? もしかして寂しいのかい?」
「そりゃまあそうだろ、大切な家族なんだぜ?」
「……一君はそういうところがあるよねー」
「ん? いやだって、家族に出ていかれたくないだろ?」
姉とスマホを使ってやり取りをするというのもおかしな話だ。
その点、こうして家にいてくれれば朝と夜は間違いなく話をすることができる。
俺は姉と話せる時間も好きだからそのことをしっかり言っておいた。
「ちょちょ、お姉ちゃんにアピールしないでよ」
「俺はいてほしいと思っているだけだ」
そこから数分やったら「もういいよ、ありがとう」と言ってくれたから風呂に入ることに。
先程まで外にいたからその温かさは正直やばかった。
痛いぐらいのその感じに自然とふぅと息が溢れる。
「一君、私はもう決めたから」
「そうか、それなら仕方がないな」
そうか、引き止めたところで得になるようなこともしてやれないからな。
それに部屋の大きさだけの問題ではないんだ。
大学は県外だから通いやすさとかも意識しているんだと思う。
あとは……あ、会社とかもあっちで選ぶのかもしれない。
「うん、あ、大丈夫、ちゃんと連絡はするからさ」
「おう、母さんなんか特に不安になるだろうからしてやってくれ」
もう出るからということで洗面所から出てもらった。
風邪を引かないようにちゃんと拭いて、ちゃんと着てからリビングに移動。
ゆっくりしていた母と姉に挨拶をしてから部屋に戻る。
「はぁ」
なんだかんだいってもベッドの上が一番かなと。
スマホをチェックしてみたら律儀に『ありがとうございました』と送られてきていた。
横田が一番女子みたいな行動をしている気がする。
実際は、俺よりも少し大きくて、俺よりも断然格好いい人間ではあるが。
異性と同性で露骨に態度を変えたりしないのがいいところだ。
いや違う、俺にも優しくしてくれるからいい人間だ。
「こっちこそありがとよ、っと。よし、寝るか」
明日も学校があるから夜ふかしなんてしている場合じゃない。
仮に行動するとしても早起きしてからでいいだろう。
朝に慌てなくて済むよう、しっかり支度をしてから寝た。
「へへへ、可愛い寝顔だ」
重みを感じて目を開けてみたら姉が上に乗っていた。
丁寧にしないと怪我をさせてしまうから言葉で説得を試みた結果、あっさりと下りてくれたから特に問題にもならなかった。
「おはよ!」
「おはよう」
たまにああして訳の分からないことをするものの、基本的には言うことを聞いてくれる相手だから普通に好きだった。
いまのはともかくとして、一緒にいるときににこにこ楽しそうにしていてくれるから、というのもある。
「昨日よく考えてみたんだけどさ」
「ん? ああ、ひとり暮らしのことか」
「うん」
顔を洗って、歯を磨く。
考えてみたとは言うが、昨日の時点で終わってしまった話だろう。
姉はそうするために大学に通いつつバイトを頑張っている。
それなのに家族からなにかを言われて変えてるようでは駄目だ。
「私もね、急にひとりになったら寂しいかなっていま思って」
「自分が決めたように行動するのが一番だぞ。俺に言われたからとか、家族に言われたからと変えると後悔するぞ」
もちろん、家族から意見を聞くのは悪いことではない。
特に両親からのそれであれば尚更なことだ。
でも、それで本当にしたいことをしなかったら多分後悔することになる。
最悪、戻ってきたくなったら戻ってこられるんだから挑戦してみてからでも遅くはないはずだろう。
「俺は確かに姉貴と、家族と一緒にいたいけどさ、したいことをしてほしいと思っているから」
これ以上ゆっくりすると出る気がなくなるから準備を済ませて外に出た。
そうしたら何故か可愛い後輩がいて驚いたけども。
「入ってくればいいだろ……」
「いやほら、朝からは迷惑じゃないですか」
「申し訳ないから入ってこい……」
約束をしていたわけではないが申し訳無さがやばかったから温かい飲み物を買って渡した。
だって俺がすぐに出ようとする人間でなければずっと待つことになったわけだから。
連絡先だって交換しているのにどうしてメッセージのひとつすら送ろうとしないのかは分からないがな。
「俺、直接話す方が好きなんですよ」
「女子かよ……」
「別にいいじゃないですか」
しかもこれでいて家事全般もできる人間だから益々そのように感じる。
実は前に飯を食べさせてもらったことがあるが、気に入ったのに作ってくれないというのが現状だった。
これこれこうだから美味いと細かく言わせてもらった結果がこれだ。
恥ずかしがり屋とかではないから理由がよく分からないままだった。
「つか寒いな、手袋でも買おうかな」
「相川先輩は寒いの苦手ですもんね」
「ああ、指とかすぐに赤くなるからな……」
酷いときなんかそのまま腫れて痛痒くなったりするから嫌だった。
みんな同条件だとは分かっているが、中々、気持ちよく迎えることができないでいる。
歳を重ねると弱くなっていくのは両親を見ていて分かっていた。
ただ、こちらはまだ未成年なわけで。
一応まだ若いのにこれでは不味いんじゃないかと不安になる自分もいるのだ。
「これ、貸してあげますよ」
「は? なんで持っているのにつけないんだよ……」
「余程酷いときでもない限りはいらない物ですからね」
試しに借りてみたものの……。
「なんでこんなに手が小さいんだ……」
「いいことじゃありませんよ、ださいじゃないですか」
突き破りそうだったから返しておいた。
そうしたら今度はカイロをくれたから持って歩くことにした。
ああ、暖かくていいなこれ。
これからは常備してもいいかもしれない。
「よし、じゃあお互いに今日も頑張ろうぜ」
「はい」
そうしたら土日に入るからゆっくりすることができる。
予定が特にないなら集まってもいいかもしれない。
だけど後輩の時間を沢山消費させるのはよくないと考える自分もいて忙しい。
「相川先輩」
「犬か?」
「いえ、人間です」
基本的にすぐにここに来てしまうから普段がどんな感じなのか、それが分かっていない。
クラスメイトときちんと会話をできているのか、無視をしていたりするんじゃないかと不安になってしまう。
「横田、ちゃんと同級生と会話しているのか?」
「していますよ」
「係とか委員会のときだけ、とか言わないよな?」
そういうところだけ容易に想像できてしまうのは自分がそうだからだろう。
係のときとか以外ではぼけっとひとりでいることが多いから……。
だからこそ、まだまだこれからの彼には同じようになってほしくないんだ。
せめて話せる人間をひとりぐらいは作っておいた方がいいと思う。
それに……後から行ってなきゃよかったとか言われたくないんだよ。
「仮にそうでもどうでもいいじゃないですか、俺は俺の意思で相川先輩のところに来ているんですからね」
「来てくれるのは嬉しいけどさあ……」
なんか気になるから三時間目前の休み時間にチェックをしに行くことに。
案の定、俺と一緒で席でじっとしているだけだったという……。
周りはどうやら気にしているみたいだが、彼の纏う雰囲気があれで近づけず、というところ。
「あ、いつも横田君といる人だ」
「ん? 俺のことを知っているのか?」
「うん、知ってるよ~」
近づいてきたのは、……何気に俺と同じぐらいの身長の女子だった。
ふわふわしていて独特な感じではあるが、悪い子ではなさそうだと分かる。
「横田に興味があるのか?」
「んー、特にそういうわけではないかなー」
「そうか……」
「心配なの?」
「ああ、不安になるんだよ」
ただ、ずっと言い続けてきてこれだからこれからも変わらない可能性がある。
俺としてはこの子でいいから横田といてほしいと内で呟いたのだった。
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