第82話「もう、仕方がないですね……」

 真凛がスマホを掲げたことで、思わず佳純と凪沙は真凛ではなく陽の顔を見つめる。

 その視線には『お前、話したのか』というような意味が込められていた。


「まだ、そのチャンネル見てたんだな……」


 陽は凪沙と佳純の視線に気が付きながらも、真凛に対して言葉を返す。

 すると、真凛は自身の豊満な胸にスマホを押し付け、蕩けたような笑みを浮かべた。


「もちろんです……! だって、どれも素敵な動画なんですもん…!」


 今真凛は何を考えているのか。

 少なくとも、目線は陽たちに向いているのにその視界に陽たちは写っていないことがわかる。


「――ねぇ、この子が見てるのって私たちのチャンネルよね? なんでこんな幻想的なものを見るような目をしてるの?」


 真凛の態度が腑に落ちなかった佳純は、陽にだけ聞こえるように声量を落として耳元で話しかける。

 すると、陽は苦笑いをして佳純に視線を向けた。


「見た目通り、夢見がちな少女ってことだろ。いいじゃないか、俺たちの動画を気に入ってくれてるようだし」

「でも、身バレする危険がある。他の人に話すなんて、陽らしくない」

「一応言っておくけど、不可抗力だ。後、一応チャンネル名は隠そうとしたってことも弁明しておく」


 不服そうにする佳純に対して、仕方がなかったと陽は釈明する。

 もちろんその仕方がなかった理由が、実は真凛のおねだりに負けてチャンネル名を教えてしまったからだ、ということは内緒であるが。


「真凛ちゃんはそのチャンネルでどういう部分が特に好きなの?」


 佳純が陽を問い詰めている。

 そのことを早々に察した凪沙は、真凛の気を逸らすために笑顔で話を促した。


「そうですね……綺麗な風景、というのはもちろんなのですが――やはり、ナレーションでしょうか」


 ピクッ――。


 陽と話しながらも真凛の言葉を耳で捉えた佳純は、まるで猫のように体を反応させた。

 その佳純の様子に気が付いていない真凛は、憧れの人を見るような目をしながら話を続ける。


「綺麗で透き通っている大人の女性の声に、風景を言葉で表す丁寧で素晴らしい語彙力。きっと、とても素敵な御方がされてるんだと思います……!」


 ピクピク。


「でも、そのチャンネルって大きなところだよね? 声はともかく、言葉は普通に考えるとその人が考えてるわけじゃないんじゃないかな?」


(失礼な! 私が考えてるもん!)


 凪沙の言葉に対し、佳純はそういう思いを抱きながら凪沙を睨むが、凪沙ももちろん佳純が考えていることを知っている。

 その上で、真凛が何か確信めいた様子で発言をしたのでつついてみたのだ。


「いえ、おそらくこの方が考えていらっしゃると思いますよ。しかも、動画を初見として見た状態の言葉だと思います」


 その真凛の言葉に陽たち三人は驚いて真凛を見つめる。

 すると、真凛は自信に溢れた表情で人差し指を立てた。


「スラスラと言葉が出ていらっしゃるんですけど、たまに考えているような間があるんですよ」

「それは、原稿を見てるだけじゃないのかな?」


「いえ、それだったら間をカットすることができますよね? 後から音声だけを合成しているはずなので、簡単なことだと思います。それなのにカットなしでやっているのは、その風景を直接見ることができないナレーションの方に、初めて見た風景に対する率直な感想を求めて動画が作られているのではないでしょうか。そちらのほうがその動画を初見として見る視聴者たちが抱く印象と同じ印象を抱いた言葉を選べそうですから」


 普段のんびりとしていて、天然にも見える真凛から出た驚くべき推察。

 そしてその推察は陽が考えていた通りの内容だったので、三人は言葉を失ってしまう。


 天然で、言い方を悪くすれば抜けているようにも見える真凛だが、佳純と学年一位を競っている頭の良さは伊達ではなかった。


「ですから、言葉を考えているのもナレーションの御方だと思います」


 真凛は確信を持ってそう言い切り、凪沙の目を見つめる。

 その目にも確かな自信が含まれており、凪沙は真凛の評価を心の中で改めた。


「凄いな、確かに君の言う通りだね」

「ご納得頂けたのなら嬉しいです。私、この女性のようになりたいと思っているのですよね」


 真凛は、再び熱に浮かされたようにウットリとした表情を浮かべる。

 どうやらかの女性は真凛にとって憧れとなっているらしい。


 クイクイ――。


 そんな真凛を見た佳純は、陽の服を引っ張って自分のほうを見るように仕向ける。


「どうした?」

「あの子、とてもいい子だと思うの。ここは、頭を撫でて甘やしてあげるべき」


「……なんで?」

「私、今おかしもってないから、代わりに陽があの子の頭を撫でて甘やかしてあげて」


「……おかしくないか?」

「何もおかしくない。だってあの子、私たちのファンだもん。ここは、ファンにお礼をするべきだと思う」


 先程の様子と打って変わって、真凛を甘やかせと言い始める佳純。

 顔はとてもご機嫌な様子で緩んでおり、普段直接褒められることがないから気をよくしているのかもしれない。


「まぁ、いいけど……」


 陽としても、初めて見せた時から結構時が経っているのに動画を見続けていてくれるのは嬉しかった。

 真凛のお気に入りは自分が撮った絵ではなく佳純の声のようだけど、そんなのは陽にとって関係がない。

 自分たちの動画を好きでいてくれるのなら、それがどんな理由であれファンには変わりないのだ。


 だから陽が真凛の頭に手を伸ばして撫で始めると――。


「な、なんですか……!」


 驚いた真凛は驚いて身を固めてしまった。


 しかし、すぐに『もう、仕方がないですね……』と、まるで陽が甘やかしたくて仕方がないから撫でられてあげている、みたいなふうに見せて嬉しそうに頭を撫でられるのだった。

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