第81話「最近ハマっているもの」
ガタゴトと揺れる電車の中、四人は沈黙していた。
陽は二人を甘やかさないといけなくなるということで迂闊に喋られなくなり、凪沙は敢えて黙ることで三人がどうなるのかを観察しようとしていた。
佳純は佳純で、今生まれたばかりの関係をうまく利用して甘やかしてもらえないか考えを巡らせ、真凛は沈黙になったことでみんなに気を遣い空気を壊せないでいる。
おかげで空気が重くなる一方で、陽は目だけで凪沙に何か話すよう指示を出した。
しかし、凪沙はまるで陽の視線には気が付かなかったとでも言うかのように窓の外へ視線を移す。
その際に口元が笑みを浮かべていたことで陽はイラつきを覚えるが、こうなってしまっては仕方がないので自分でこの空気を壊すことにした。
「そういえば、秋実は最近暇な時って何をしているんだ?」
真凛に声をかけると、佳純は不服そうに陽の顔を見上げてきたが、陽はその視線を無視して真凛を見つめる。
おそらく佳純はどうして自分に聞かないのか、という不満を持っているのだろうけれど、ここで陽が佳純に話しかけてくると甘えてくる可能性が高かった。
だから陽は佳純ではなく真凛に声をかけたのだ。
「そうですね、最近だとよく猫ちゃんの動画を見てます」
「へぇ、猫好きなのか?」
「はい、元々好きでしたが。にゃ~さんを見てからすっかり猫の動画にハマってしまいました」
「――そう、にゃ~さんを、ね」
頬を緩めながら子供のようにかわいらしい笑顔で話す真凛。
しかし、目ざとい佳純は真凛の失言を聞き逃さなかった。
陽は既に真凛を部屋へと連れ込んだのではないか、という疑念を抱きながら物言いたげな目で陽の顔を見つめる。
「あぁ、そういえばテレビ通話で見せたんだったな。にゃ~さん、かわいいだろ?」
もちろん陽も佳純が反応したことに気が付き、すかさずフォローを入れる。
しかし、それはそれで佳純は納得いかなかった。
「普通の電話でいいはずなのに、わざわざテレビ通話……」
「はい、とてもかわいかったです……! あっ、そういえば……あの時は、お恥ずかしいお姿をお見せしてごめんなさい……」
そして、佳純がブツブツと呟いていることに気が付いていないのか、それとももう佳純はこういう女だと割り切っているのかわからないが、真凛は更に爆弾を投じる。
おかげで佳純は今すぐに詳細を説明しろとでも言わんばかりに陽の顔を睨み始めた。
「いや、仕方がないだろ。誰だって辛くて泣きたくなる時はある」
陽はあえて言葉にすることで、直接取り合わないようにしながら佳純へと説明をする。
そして――その真凛が泣く状況に至った原因は自分にあることをすぐに理解した佳純は、まるで借りてきた猫のようにおとなしくなった。
(なんだかんだ言って、佳純ちゃんの扱い方に慣れてるんだよね。本来ならここで頭を撫でるんだろうけど、さすがに今はやらないか。まぁそれも、今だけの話だろうけど)
三人を眺めていた凪沙は、思わずニヤケそうになる口元をどうにか我慢する。
自分の思った通りに人が動くことは凪沙にとって一つの楽しみだ。
もちろん、相手が善人であれば相手にとってメリットがあるようにしている。
それが凪沙のポリシーだからだ。
「他には何を見てるの?」
佳純がおとなしくなった事で、もう別の話に切り替えていいと判断した凪沙は明るい話題へと戻そうとした。
すると、真凛は何かを思い出したかのように笑みを浮かべて口を開く。
「私、この風景を撮影してナレーションが入ってる動画が大好きなんです! 寝る前によく見てます!」
そう言って真凛がみんなに見せてきたのは、陽と佳純が運営しているチャンネルだった。
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