第60話「誰のために動いているのか」

「だから、そういうのはやめろって言ってるだろ……」


 目からハイライトが消えた佳純を前にした陽は、若干後ずさりながら佳純に文句を言う。

 しかし佳純は前回とは違い、更にグイッと顔を寄せてきた。

 お互いの息がかかる距離に佳織の顔が来たため陽は息を呑む。


「今回悪いのは百パーセント陽だから問題ない」

「いや、俺がどう受け取るかの問題だから……」

「そんな言い訳は通じない」


 佳純はそう言いながら陽の首元に手を添えて目を見つめてきた。


「何をしているんだ……?」

「こうすれば、陽が嘘を吐いた時わかる」

「さすがにそれは嘘だろ……?」

「試せばわかる。ただし、嘘を吐いたら許さない」


 至近距離からプレッシャーをかけてくる佳純。

 陽には佳純の言っていることの真偽はわからないが、おそらくこれは嘘だと考える。

 そんなことができるのは特殊な訓練を受けた人間だけで、普通の生活をしてきた佳純には無理だと。


 しかし、佳純は何げになんでもできるハイスペックな人間だということも知っているため、万が一本当だった時のことを考えて下手な嘘はつけなくなってしまった。

 もしかしたらこうなることが佳純の狙いかもしれない――そんなことを考えながら、陽は口を開く。


「水に流したとはいえ、これから先のことを気にしないと言ったわけじゃない。付き合ってるならまだしも、付き合っていないのにこんな重いことをされたらやっぱり俺はお前を受け付けられなくなる」

「――っ!」


 佳純の目を見つめながら陽がそう言うと、佳純は大きく目を開いて息を呑んだ。

 そして俯き、プルプルと体を震わせ始める。

 陽はそんな佳純の様子を見つめながら黙り込んでしまった。


(最低かもしれないけど……このままじゃ、また同じことを繰り返すだけだ……)


 陽としては、佳純をもう突き放すことをしたくないのが本心である。

 けれど一番大切だと思っていた中学時代でさえ拒絶してしまったほどだ。

 精神的には中学時代より成長している陽ではあるが、再び佳純のことを受け付けられなくなるのは目に見えている。

 ましてやこの離れていた約二年間で佳純の重さは増していると陽は感じており、前よりも酷くなることさえ考えられた。


 だから、まだ陽の制御が利く今のうちにどうにかしたいと思っているのだ。


「…………陽が、悪いのに……」


 数秒後、そう声を発した佳純はまるで幼子のような拗ねた涙目で陽の顔を見つめてきた。

 佳純の予想外の表情に陽は驚くが、ここではグッと堪えて甘やかさないようにする。


「だからってそんなヤンデレみたいになるのはよくない」


 陽が甘やかすのではなく突き放すように言うと、佳純はクシャッと顔を歪めて俯いてしまう。

 そして、体を震わせながらゆっくりと口を開いた。


「……でも、だったらあの子と仲良くしないでよ……」


 佳純は、陽が真凛と仲良くすることによって陽を盗られることを恐れている。

 だから陽と真凛が仲良くしているようなことを聞けば怒ってしまうのだ。


 逆に言えば、真凛と仲良くさえされなければ自分がこうなることはないと遠回しに佳純は陽にアピールをした。


 しかし、当然そんなことを陽は聞けない。


「悪いけど、それは無理だ」

「――っ! どうして――!」

「佳純が、こういう状況にしたんだろ?」


 陽の答えを聞き、思わず喰ってかかろうとする佳純。

 そんな佳純の言葉を今度は優しい声で陽は遮った。


「私、は……」

「わかってる、あの時の佳純にそんなつもりはなかったことは。偶然俺があの場に居合わせなかったらこんなことにはならなかったんだからな。だけど、現状こうなってしまっているし、それは佳純と木下のせいだ。その事実はどれだけ佳純が言い訳をしたところで変わらないんだよ」


「でも……!」

「佳純と木下がやったことで一番被害を受けたのは秋実だ。だったらあいつのケアを一番優先しないといけないのは当然のことだろ?」

「…………」


 陽の言葉を聞き、佳純は再度俯いてしまう。

 佳純も真凛を傷つけてしまったことは自覚しており、ここで真凛を蔑ろにするような言葉を言えば陽が怒ることは目に見えていた。

 そして言い返せる言葉も持ち合わせておらず、陽に突き放されそうな状況にヒクヒクと泣き始める。


 そんな佳純の頭を、陽は優しく撫でた。


「だけど、それは佳純を蔑ろにするわけじゃない。だから泣くなよ」


 もし佳純を突き放すのならこんなややこしい状況になんてなっていなかった。

 そうしないで済むように陽は色々と動くことにしたのだ。


 しかし、当然陽の気持ちを知らない佳純は陽が自分のために動いていることなど知らない。


「だけど、あの子とは仲良くする……」

「そうだな。佳純がそれを嫌だって言うても俺はやめることはできないし、佳純が嫌ならそれは罰だ」


「罰……?」

「そうだ。誰かを傷つけたのなら、自分が傷つけられるのは当たり前のことだ。結局佳純は何も罰を受けていないんだし、秋実とのことが罰だと思ってくれ」


 陽は償いとして、何かしらの罰を佳純に受けてもらうつもりでいた。

 そして真凛と仲良くすることが佳純を苦しめるのなら、真凛を放っておけない状況である以上それを罰ということで納得してもらおうと思ったのだ。


 ただ、当然これでは佳純がヤンデレ化することに関しては何も解決しない。

 だから陽はもう一つ案を提示する。


「それに、これから佳純は秋実と一緒に行動するんだろ? その中であいつと仲良くなれば、秋実と俺が仲良くしてても気にならなくなるんじゃないのか?」


 自分と仲良くしている二人が仲良くしているのであれば、嫌に感じるのではなく嬉しく感じる。

 陽はそう考えていた。

 だから、真凛の動画撮影に佳純を同行させることにしたのだ。

 自分も一緒に行動をできれば佳純が納得しやすくなり、その中で真凛と仲良くなってくれれば全てが上手くいくはず。

 そのための手回しもしてきた。


 しかし――。


「無理……」


 佳純から返ってきたのは、否定的な言葉だった。

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