第56話「君になら甘えられる」

「木下、よく考えてみろ。自分が知らないところで噂をされるのは気分が悪いだろ? そしてその会話の内容が気になるのは当たり前のことだ」

「うん、でも君もよく本人がいないところで話題に出す気がするんだけど?」

「悪口は言わない」

「なら僕たちも問題はないね」


 陽の言葉に対し、晴喜は余裕の笑顔で返す。

 その態度に見覚えがある陽は、『似た者同士め……』とぼやきながら息を吐いた。


「どうしても教えないと?」

「さすがの僕もそこまで野暮なことはしないよ」

「…………」


 頑なに真凛を庇う晴喜を前にし、陽はこれ以上の説得は無駄だと理解をする。

 なんでも聞いてくれとはなんだったのか、という思いはあるが、元々こんなことを聞きだすために呼び出したわけでもないため、陽は思考を切り替えて当初の目的を果たすことにした。


「もういい。それよりも聞きたかったのは、木下がこれからどうしたいのか、ということだ」

「僕がどうしたいか? どうしてそんなことを聞くの?」


 不思議そうに尋ねる晴喜。

 そんな晴喜から陽は視線を外し、ぶっきらぼうな表情で口を開いた。


「木下が根本のことを利用したとはいえ、元々お前を先に利用しようとしたのはあいつだ。そのせいで色々と無茶苦茶にしてしまった。だから、その尻拭いはやっておく必要がある」

「君ってなんだかんだ言って、佳純ちゃんのこと大好きだよね」

「そうじゃない。ただ、幼馴染みが馬鹿なことをしたら見過ごせないだけだ。お前だってそうだろ?」

「う~ん、どうだろう? 真凛ちゃんの尻拭いをする機会なんてなかったし、寧ろやってもらってたほうかもしれないからね」


 佳純と真凛では同じ幼馴染みでもタイプが全然違う。

 それは陽と晴喜でも同じことが言えるわけであり、故に同じ道を通ってきたわけではない。

 むしろ無自覚に世話好きな陽は、尽くしたがりである真凛側の立場であっただろう。

 そのため、晴喜には陽の考えは理解出来るけれど、同じように思えるというわけではなかった。


 逆に言えば、晴喜の返しを陽も同じように思えるわけではないのだ。


「いや、秋実も結構やらかしそうなタイプではあると思うが……」


 今の陽にとって、真凛は危なっかしい女の子という印象だ。

 おとなしくて大人に見えていた性格は仮のもので、今では気に入らないことがあればペットが飼い主の手を噛むように反撃をしてくる。

 そして結構ドジなところがあるため、反撃の際に変なことをして相手だけでなく自分も恥ずかしい思いをするような女の子だ、と陽は思っていた。


 しかし――陽の言葉を聞いた晴喜は、なぜかいきなり笑い始めた。


「はは、それはやっぱり君にだけだよ。僕に対してはそんなところを見せたことがないしね」

「なんだそれ、納得いかないな……」

「そんなふうに言わないであげてよ。あの他人のお世話を焼くばかりだった真凛ちゃんが、君になら自分も甘えられると思っているっていうことなんだからさ」

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