第30話「乱入者」
「らしくないな。君はクールで周りのことに興味がないと思っていたのに、どうしてそこまで怒るんだ?」
胸倉を掴まれているにもかかわらず、晴喜に怯えた様子は一切ない。
当然だ、彼も伊達に一年間陽と同じクラスで過ごしていない。
ここで暴力を振るような軽率な男ではないことを晴喜は理解していた。
しかし、その余裕が陽をイラつかせる。
元々陽は、晴喜に対して真凛とちゃんと正面から向き合ってくれるように頼むつもりでこの場に彼を呼び出した。
茶番劇によって真凛を傷つけたことや、佳純を利用して彼女も陥れようとしたことに腹は立っていたけれど、それでも晴喜が真凛と正面から向き合い何かしらの区切りを付けてくれることが一番丸く収まると思ったのだ。
晴喜が真凛を遠ざける選択をした以上、真凛の恋が成就する可能性は低いだろう。
だけど、再度振られて傷ついたとしても、それで今度こそ真凛は前に進むことができる。
陽は既に佳純に対する真凛の接し方から気が付いていた。
佳純が抱く想いについて真凛が気が付いていることに。
そのせいで真凛の中に燻る想いができてしまったのではないかと陽は危惧している。
例えそうでなかったとしても、いずれ真凛がこの茶番劇のことに気が付いた時、彼女は酷く傷ついてしまうだろう。
そうなる前に、陽は晴喜に真凛と向き合ってほしかった。
それなのに――晴喜は、真凛に対して悪いと思うどころか、彼女の存在をうっとおしいと答えた。
まじめな話をちゃかしていることもあり、それで陽はキレてしまったのだ。
「お前は十年以上傍にいて、本当にあいつのことをうっとおしいとしか思わなかったのかよ!?」
「最初はかわいいと思ってたさ。だけど、日に日に彼女の存在が目障りになった。平穏に暮らしたい僕にとっては厄介なことこの上ないのさ」
日に日に彼女の存在が目障りになった――その言葉を聞き、陽は一瞬かつての自分が晴喜に重なる。
自分も日に日に佳純の存在が嫌になっていった。
形は違えど、積もる気持ちがどういう結末をもたらすのか――それは、元凶との決別だ。
そして陽は理解する。
どうして自分は佳純と正面から向き合って突き放したのに、晴喜はこんな周りくどいやり方で真凛を突き放したのか。
それは、晴喜も真凛が悪いというわけではないと無意識に理解しているからこそ、彼女にその気持ちをぶつけられず逃げてしまったのだ。
「だからって――!」
「それに、佳純ちゃんも同じだ。彼女のせいで僕はより酷い目を向けられるようになった。だから、馬鹿な彼女の背中を押してやったんだよ。適当に見つけた恋愛雑誌を彼女に渡してね」
佳純は陽の気を惹きたかった。
そして、その邪魔になりそうな真凛を遠ざけたくて晴喜に近寄ったのだが、その時に陽の気を惹きたいのなら別の男子に本気で言い寄っているように見せたほうがいい、と教わったのだ。
しかし、普通の男子ならそれでよかったのかもしれないけれど、他人に関心の低い陽にそれは逆効果。
それを知らずに佳純は晴喜の言葉を鵜呑みにしてしまい、一年以上の遠回りをしてしまった。
一瞬晴喜の言葉に気持ちが揺らぎそうになった陽だが、晴喜の佳純に対する言葉を聞いて再度怒りを燃やす。
「お前、秋実や根本の気持ちを弄んで罪悪感はないのか……!」
「あるわけないじゃないか。とても愉快だったよ、僕を苦しめた奴等が苦しそうにする姿を見るのはね。とくに君と真凛ちゃんが付き合い始めたって噂を聞いた佳純ちゃんの顔は傑作だったよ。思わず写真を撮りたくなったな」
「木下……!」
「はは、そんな怒るなよ。こっちだって、苦労はしてるんだよ? 君達の動向が気になる佳純ちゃんに連れまわされるわ、嫉妬に狂った彼女に人を殺せそうな目を向けられるわ――で。全く、本当にいい迷惑だよ」
あくまで笑い倒すように話す晴喜。
明らかに狂っているような様子だ。
(そうか、壊れてたのは佳純だけじゃないのか……)
ようやく陽は晴喜の様子がおかしい理由に合点がいく。
そもそも彼は既に答えを言っていたのに、その時にはもう頭に血が上っていた陽は気に留めることができていなかったのだ。
そのため、再度陽はこの一件を丸く収めるために冷静になろうと深呼吸をする。
そして、事実確認をするために彼に尋ねることにしたのだが――。
「お前、いったい過去に何が――」
「――やめてください!」
思わぬ人物の登場により、それは遮られてしまった。
「秋実、どうしてここに……?」
陽は突如現れた真凛に対して動揺を隠せない。
この話を聞かれてしまった時、真凛が酷く傷つくことはわかっていた。
だから陽は、晴喜と自分が屋上に行くまでの時間を佳純に稼いでもらうようにしていたのだ。
しかし、陽は真凛のことをまだ理解できていなかった。
教室に自分がいなければ諦めて帰るだろうと思っていた陽だが、真凛はその後陽を探しに出てしまったのだ。
理由は、佳純の足止めが腑に落ちなかったこと。
そして、その前に佳純は晴喜と何か話をしており、彼だけが先に教室を出ていたことだ。
それにより陽が晴喜と接触しようとしているのではないかと思い、真凛は陽を探しに出た。
最初に屋上へ向かったのはただの偶然だ。
もしかしたら陽なら、景色が見える屋上で話をしようとするのではないか、ただそれだけの理由だった。
だけど、その勘は見事的中してしまい、この場に彼女は来てしまったのだ。
「何をしているのですか! 晴君から手を放してください!」
真凛はそう大きな声を出しながら、陽の手を放させようとする。
そんな真凛の顔を見て、陽は息を呑んだ。
「お前、話を聞いて……」
必死に陽の手を放させようとする真凛は、両目からたくさんの涙を流していた。
それが何を意味するのか、理解出来ないほど陽も馬鹿ではない。
「…………晴君、ごめんなさい……」
陽が手を放すと、真凛は陽に背中を向けて晴喜に頭を下げた。
そして顔を上げ、涙を流しながらニコッと笑みを浮かべる。
「私が晴君をずっと傷つけていたのですね。本当にごめんなさい。でも、安心してください。私はもう晴君に近寄ることを致しませんので」
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