第29話「許せないこと」

「――まさか、君に呼び出される日が来るとは思わなかったよ、葉桜君」


 真凛たちが廊下で修羅場っている頃、佳純経由で陽に呼び出しを喰らった晴喜は意外そうに陽を見つめる。

 そんな晴喜に対し、陽はまず謝ることにした。


「悪いな、急に呼び出して」

「あぁ、いいよ。それで、話ってのは真凛ちゃんのことかな?」


 意外と察しがいい――そう思いながら陽は口を開く。


「あぁ、そうだ。根本から聞いたのか?」

「いや、最近君と真凛ちゃんはずっと一緒にいるみたいだし、君が僕を呼び出すとしたらそれくらいしか考えられなかったからね」

「なるほど。まぁ、話が早くて助かるよ」

「いえいえ、どういたしまして」


 相変わらずどこか喰えない喋り方に、陽は眉を顰めて口を開く。


「さて、本題に入らせてもらうが――お前、秋実を遠ざけたくて根本と恋人のフリをしたらしいな?」


 本題に入った陽はさっきまでの雰囲気と一変し、睨むようにして晴喜に尋ねた。

 そして睨まれた晴喜はといえば、呆れたように口を開く。


「あ~、誰にも言わないって約束だったのに。佳純ちゃん意外と口が軽いな~」


 今まで誠実だったはずの男が、いきなりチャラ男みたいな雰囲気になり陽は更に眉を顰めた。

 佳純からの話は半々に聞いていた陽だけど、この態度を見て佳純の言葉が真実だということを理解する。


 誠実で誰にでも優しいことで知られる木下晴喜――そんな彼が、実はクズ男だということを。


「事実、なんだな? しかも、聞けば去年根本に言い寄ってくるように言ったのもお前らしいじゃないか」

「おっと、それは誤解だね。なんだか僕に興味があるようなフリをして中途半端なことをしてるから、もっと積極的な雰囲気を出しておいでって言っただけだよ?」


 悪気もなく、これが事実だと言わんばかりに訂正をする晴喜。

 その晴喜に陽は内心怒りを覚えながらも、冷静を装って再度口を開く。


「あいつ――根本は、あぁ見えて実は単純で馬鹿だから気が付いていないけれど、その助言には秋実を遠ざける以外の目的もあったんだろ?」

「へぇ、よく気が付いたね。なんでわかったの?」


 陽の言葉を聞き、晴喜はニヤッと笑みを浮かべて首を傾げた。

 その表情はこの状況を楽しんでいるようであり、自分が知る人間とは別人が立っているように陽は錯覚しそうになる。


「いや、単純に俺なら根本の目的を知っている場合そんな助言はしないからだよ。お前、根本のこともうっとおしく思っていたんだろ? だから、もっともらしいことを言いながらもあいつの目的が果たせない提案をした。違うか?」

「おぉ、佳純ちゃんから聞いてはいたけど、本当に凄いね、君は。そうだよ、君の言ったことで間違いない。むしろ、僕の立場からしたら当然じゃないかな?」


 晴喜はあっさりと陽の言葉を肯定した。

 全然悪く思っておらず、むしろ佳純に対してざまぁみろ、みたいな雰囲気を出している。


「なんでお前、さっきから悪びれるわけもなく楽しそうに話しているんだ? 俺がどうしてここにお前を呼び出したのか、もうわかってるんだろ?」


 現在陽は晴喜の様子から狙いを見抜くことができていない。

 というよりも、彼の態度自体が不可解で狙いがわからないのだ。

 ここで彼がこんなおちゃらけた雰囲気をとったところで何一つメリットはないように思えた。

 

「あぁ、なんだろうね。君と話してみたかったからじゃないかな?」

「俺と話してみたかった?」

「うん、そうだよ。君なら、僕の気持ちを理解してくれるんじゃないかなって」


 晴喜の言葉を聞き、陽は更に眉を顰める。


「悪いな、残念ながら俺にお前の気持ちなんてわからないよ」

「はは、そんな冷たいことを言わないでよ。君だって佳純ちゃんに苦労させられ続けたんだろ? だから、彼女を突き放した。僕としていることは変わらないじゃないか」

「…………」


 陽が佳純を突き放したことと、晴喜が真凛を突き放したこと。

 確かに一見すれば同じだろう。

 だけど、根幹も対応も陽と晴喜では違った。


 どちらとも幼馴染みを突き放しているのだから最低なことには変わりないが、陽は自分のことを棚に上げてでも晴喜に文句を言わずにはいられなくなる。


「お前、俺と同じって言うが、お前が秋実を遠ざけた理由はなんだ?」

「ん? そんなの決まってるじゃないか。真凛ちゃんの存在がうっとおしいからだよ」


 何を今更、そう言いたげに晴喜は首を傾げる。


「それは、あいつがお前に迷惑をかけたってことか?」

「あぁ、そうさ。幼馴染みだからって一緒にいたがるのはまだいい。だけどね、あの子と一緒にいたら僕は嫉妬に狂った馬鹿どもに酷い目に遭わされるんだよ。小学生の時からずっとそうだ」


 真凛の人気は凄まじい。

 彼女と一緒にいればかなりの嫉妬の目を向けられることはこの数日で十分陽は理解していた。

 だから晴喜が言いたいこともわかるのだ。

 実際嫉妬によって酷いこともされてきたのだろう。


 だけど、それは別に真凛が悪いわけではない。


「やっぱり俺にお前の気持ちはわからないよ」

「えっ?」

「俺がたとえお前と同じ立場だったとしても、絶対に秋実のことを突き放しはしないからな」

「なんだと……?」


 陽が晴喜の目をまっすぐ見ながら言うと、晴喜は笑顔から不満そうな表情に変わる。


「急に何を言うんだい? 君は実際に幼馴染みである佳純ちゃんを突き放してるじゃないか」

「お前、俺が根本を突き放した理由を聞いていないだろ?」

「…………」


 陽の質問に対し、図星だったようで晴喜は黙って陽の顔を見つめた。

 だから陽は、今まで誰にも話していなかった佳純と何があったかを話すことにする。


「もし俺がお前の立場なら、遠ざけるのは秋実じゃなく他の奴等だ。秋実は何一つ悪くなく、嫉妬をして嫌がらせをする奴らが悪いんだからな」

「じゃあ、君はどうして佳純ちゃんを遠ざけたんだ……?」

「まぁ終わって解決したことを掘り返すのはどうかと思うが、この際だから教えてやるよ。あいつはな――」


 陽は、どうして自分が佳純を突き放したのかを話し始めた。


 中学に上がってからは朝から晩まで自分の部屋に居座り離れなかったこと。

 他の女子と会話するだけで凄く怒ること。

 挙句の果てには陽の進学先まで決め、合格するために缶詰状態で勉強させられたこと。


 今あげたのは一部で、他にも色々と陽は佳純にされてきたことを晴喜に話した。

 すると、晴喜は途中からドン引きしてしまい、最後にはこう口にする。


「君、よく今まで彼女と付き合ってこられたな……」と。


「俺があいつをあんなふうにしたところがあるから、正直そこについてはあまり責められない。ただ、それがあいつを突き放した理由だ。だから、お前とは理由が違うんだよ」

「なるほどね……。でも、だからって僕がどうしようと僕の勝手じゃないか。君にとやかく言われる筋合いはないと思うよ? それとも、君は自分の気持ちを押し殺してまで真凛ちゃんと付き合えと言うのか?」


 晴喜は陽とわかりあうことができないと理解すると、手のひらを返すように自分は悪くないと主張を始めた。

 確かに彼の言う通り、どうするかを決めていいのは本人だけだ。

 そして、当然陽も真凛と付き合えと言うつもりなんてなかった。

 そんなことをしたところで晴喜に気持ちがないのなら真凛がより傷つくだけだからだ。


 しかし――。


「俺がお前を許せないのは、秋実と付き合わなかったことじゃないぞ? お前のやったことが最低だからだよ」

「どういうことだい……?」

「お前、秋実に諦めさせるために根本を利用しただろ?」

「あぁ、幼馴染みを利用されたから怒ってるのか。だけど、先に僕を利用しようとしたのは彼女だよ? だから利用し返して何が悪いのかな?」

「確かに、あいつがやったことも最低だ。だからあいつにもきちんとそれはわからせる。だけどな――」


 陽はそこで言葉を切り、晴喜へと向かって歩を進めた。

 そして――ガシッと、晴喜の胸倉を掴み上げる。


「秋実はお前に好きになってもらいたくてずっと頑張ってたんだろうが! それをどうしてお前は正面から断らず、こんな汚いやり方であいつの心を折ったんだ! お前らの茶番に巻き込まれたあいつがどれだけ泣いたか知ってるのか!」


 陽が許せなかったのはその部分だった。

 真凛はこの男を信じてずっと好きでいた。

 そして、自分が選んでもらえなくてもなお晴喜と佳純の幸せを願い、苦しさを自分一人で噛み殺そうと泣き続けていたのだ。


 その姿を見て彼女の気持ちを理解していた陽は、その気持ちを裏切る真似をした晴喜のことがどうしても許せなかった。

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