第7話「金髪童顔美少女のおねだり」
「…………は?」
真凛に思わぬことを質問された陽は、数十秒の間を置いて首を傾げる。
その表情は呆れを通り越して若干睨んでいるようだった。
「そ、そんなに怖いお顔をされなくてもいいではないですか……」
他人に睨まれることが滅多にない真凛は、怯えたように数歩後ずさった。
――そう、ここが丘で、なるべく近くから建物たちを見ようとしていたということも忘れて。
「ばっ――それ以上下がるな!」
「えっ――きゃっ!」
陽の制止の声は間に合わず、暗闇で後ろが崖になっていることに気が付いていなかった真凛は、崖で足を滑らせた。
「ちっ!」
陽は舌打ちをしながらもすぐに真凛に腕を伸ばす。
そして――寸前のところで、彼女の手を掴み思いっ切り引っ張り上げた。
後コンマ数秒でも遅れれば取り返しのつかない事態になっていたため、陽は彼女を抱きしめながら安堵の息を漏らす。
「はぁ……心臓に悪い……」
「ご、ごめんなさい……」
自分の不注意によることだったため、真凛は陽に対して素直に謝った。
その後、助かったことで真凛も陽と同じようにホッと安堵の息を吐くのだが――。
「――っ!?」
冷静になったことで状況を理解した真凛は、陽に抱きしめられていることに気が付いて全身を強張らせた。
そして陽の顔を見上げるが、陽は真凛を抱きしめていることに関して何も思っていない様子。
だから真凛は自分から抜け出そうとするが――痛みを感じないのに、思った以上に強く抱きしめられていて逃げられなかった。
仕方がないので、恥ずかしいのを我慢して真凛は陽に話しかける。
「あ、ありがとうございます、葉桜君……。もう大丈夫ですので、お放し頂けますか……」
「あぁ……悪い」
陽はそれだけ言うと、あっさりと真凛を解放した。
その態度からは真凛を抱きしめていることに気が付いていたのか、それとも指摘されて気が付いたけれど気に留めるほどでもないと判断されたのか、真凛は判断がつかず気になってしまう。
もし前者なら再び警戒心がぶり返してしまうし、後者ならなんだか悔しいと思ってしまった。
だから、こちらから少し突いてみる。
「葉桜君は、随分と女の子に慣れているようですね?」
真凛からそう言われ、陽は少し不思議そうに真凛の顔を見つめる。
そして何か察したのか、納得がいったように頷いた。
「感情が顔に出づらいだけで、ちゃんとドキドキはした」
「そ、そうですか……」
(こうも素直に言われてしまうと、それはそれで困るものですね……)
陽の直球な言葉を受けて真凛は恥ずかしさを感じてしまい、居心地が悪そうに笑みを浮かべた。
しかし、陽は既に真凛のことなど見ておらず、光によって彩られる建物たちへと視線を向けていた。
(交通費などを負担してまで誘ってこられたので私に興味があるのかと思いましたが、どうやらそうではなさそうですね。しかし、となると葉桜君の目的はなんなのでしょう……?)
真凛はどうしても陽の目的が気になってしまうが、その答えは陽から読み取れることはできない。
話をしていてもきっとその答えを引き出すことは不可能だろう。
そう考えた真凛は、先程助けてもらったこともありもうこれ以上詮索することをやめた。
その代わりに――。
「ところで葉桜君、やはり先程の動画のチャンネル名を教えて頂きたいです」
そのことがどうしても諦められなかった真凛は、陽から是が非でも聞きだすことにした。
「俺の話を聞いていなかったのか?」
怒るわけではなく、単純な疑問みたいな感じで陽は真凛に尋ねる。
陽にとっての真凛の評価は、見た目に似合わず賢くて大人っぽいけれど、素直で優しい女の子という感じだ。
だから生を見たほうがいいということを伝えれば素直に聞くと思っていた。
それなのにチャンネル名を教えろと言ってきたので、少々困ってしまう。
「聞いていましたし、葉桜君のおっしゃることもわかっておりますが……他の動画も見たいのです……」
余程動画が気に入ってもらえたのか、真凛は物欲しそうな顔で陽の顔を見上げてくる。
そのおねだりのような態度に物言いたくなる陽だが、チャンネル名を教えたくない理由があったのでどうにか話を逸らせないか考える。
しかし――。
「今日の夜とか、晴君のお顔がチラつくと思うのです……」
黙りこんですぐにそう言われてしまい、陽はチャンネル名を教えるしかなくなってしまった。
「へぇ、先程の動画、一昨日投稿されたにもかかわらず再生回数は既にニ百万を超えていらっしゃるのですね……!」
チャンネル名を教えてもらった真凛はすぐに自分のスマホで検索をし、先程の動画の再生回数を見て驚いた声を出した。
「こういう綺麗な景色を眺めて癒されたい人が多いんだろうな。社会人とか忙しくてのんびりした空間に憧れる人が多いみたいだし」
「それだけではなく、ナレーションをされている女性の声が綺麗で、BGMもマッチしているからだと思います。これはオリジナルなのでしょうか?」
「オリジナルだな。そのナレーションをしている奴が作曲までしているし」
「そうなのですね。随分とお詳しいようですが、やはりファンなのですか?」
「……まぁ、そうだな」
口が滑った、そう思いながらも陽は真凛の言葉に合わせた。
「登録者数も二百五十万人と、かなり大きなチャンネルみたいですね。私もチャンネル登録させて頂きます」
真凛はご機嫌な様子でスマホを操作し、言葉通りチャンネル登録をする。
陽はその姿を横目で見ており、今の彼女の様子は空元気なのか、それとも晴喜のことを忘れられているのか、いったいどっちなのだろうかと観察をしていた。
しかし、それは観察するまでもなかった。
今の真凛のテンションは普段と比べると少しおかしい。
普段より数段テンションが高いといった様子だった
つまり、無理に明るく振る舞おうとしているのだ。
「それで、結局どうするんだ?」
「どうするとは?」
「休日の話だ」
その言葉を聞き、真凛は陽のロリコン疑惑などを浮上させていたことを思い出した。
「あの、交通費とかのお話などですが……葉桜君がそこまでしてくださる理由はなんなのでしょうか……?」
先程は諦めたが、やはりそこだけはどうしても気になってしまう。
さすがに長時間自分に付き合わせた上に、先程崖から落ちそうになったところを助けてもらっておきながら疑うようなことはできず、真凛は遠回しに陽の目的を聞くことにした。
すると、陽は少しだけ考えた後ゆっくりと口を開く。
「そうしないと約束を守れないから、か?」
「どうして疑問なのですか……」
首を傾げながら返してきた陽に対し、真凛の戸惑いは増してしまう。
まるで本人もわかっていないような態度をとられればそれも当然の反応だった。
「正直言うと、俺にもよくわかっていない。ただ、必要なことだと思ったし、然程負担ではないからいいと思っただけだ」
この時、陽は嘘と本音を半々に混ぜていた。
真凛の交通費や食費の負担は陽にとって大したことはない。
しかし、負担するのには当然明確な理由があった。
陽は知ってしまったのだ、綺麗な景色に秋実真凛という花を添えれば更に綺麗なものを見ることができると。
だから、多少疑われようと陽は彼女を連れて行きたかった。
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