第6話「お誘いとトンチンカンな質問」
「そうだ、と言ったら?」
陽は試すような視線を向けながら肯定的に聞き返してみた。
すると、真凛は笑顔で頷く。
「そうなのですね」
その笑顔はどこか力がなく、真凛が肩透かしを食らっているのがわかる。
確かに真凛はこの景色を目にした時から今まで晴喜のことを忘れられていた。
だけど、今は思い出してしまっている。
陽の言葉からもう晴喜のことを思い出すことがないようにしてもらえるのではないか、と真凛は期待を抱いていた。
しかし、それが短い間でしか効果がないことを意味していたと知り、心の中で落胆をしてしまったのだ。
そんな真凛に対し、陽は黙ってスマホの液晶を見せる。
「あっ……綺麗、です……」
真凛は陽に見せられた映像で再びウットリとした表情を浮かべた。
液晶に映るのは、物寂しさを感じさせるBGMと綺麗な声のナレーションが入った、夕日が照らす海岸の動画だった。
手前にある自然のままの美しい海岸は光が届いておらず、遠く離れたところでは沈み始めた夕日によって空や雲の一部だけがオレンジ色になっている。
そして、夕日の周り以外は全体的に影が差してしまっているのだが、逆にその相反する光景によって不思議な儚さが演出されていた。
真凛はその儚い光景を見て、どこか寂しく――だけど、ずっと見ていたいと感じた。
「綺麗だろ?」
「はい……見ていますと、なんだか心が洗われますね……」
真凛は陽の質問に答えながら、後でもう一度見直したいと思いチャンネル名を探す。
しかし、液晶の全体には動画が表示されているのでチャンネル名は記載されていなかった。
「このチャンネル名を教えて頂けますか?」
そのため、真凛は陽にそのことを尋ねる。
しかし、陽は首を横に振ってしまった。
「これはあくまで動画だ。なるべくいいように見せる努力はしているが、やはり生で見る光景はこの比じゃない」
まるで本人は生で見たことがあるような言い方に真凛は反応しそうになるが、陽の言葉はまだ続くようなので喉の奥へと言葉を飲み込んだ。
「だから、生で見に行こうじゃないか。先に動画で見てしまうと本物を見た時にインパクトが薄れてしまうから、おすすめはしないんだ」
その言葉を聞き、真凛は落ち着きなく視線を彷徨わせ始める。
「もしかして、お誘いを受けておりますか……?」
「そう聞こえなかったか?」
まるで、自分が質問したことがおかしいような返し方をする陽を見て真凛は息を呑む。
同時に、陽があまりにも自然な様子で誘ってきたため、陽には下心なんてないのだと判断をした。
「それにより、私は晴君を忘れることができるのでしょうか……?」
「さすがにすぐにとはいかない。だけど、お前が知らない素敵な景色を俺はたくさん見せてやれるはずだ。その中で、気が付いたら木下のことなんて忘れてるんじゃないか?」
あくまで疑問系で陽は返してくるが、その瞳からは確信があるように感じられた。
実際真凛は少しの間、綺麗な光に彩られる建物に目を奪われて晴喜のことを忘れることができた。
だからこそ、真凛はこのおかしな誘いに乗ることにする。
「わかりました……。それでは、お付き合いさせて頂きます」
「意外と決断が早いな」
「悩んでいましても仕方がないことですし……私の知らない素敵な景色というのに興味があります……」
大人のように振る舞っているが、真凛も女の子だ。
先程光の集合体に目を輝かせたように、綺麗なものには興味を惹かれてしまう。
「それはよかった。基本そういうのを見に行くのは土日だが、問題はないか?」
「土日……! ま、まさか、お泊まりをしようと……!?」
真凛はバッと陽から離れ、身を両腕で抱きしめながら陽の顔を見つめる。
その表情からは凄く警戒をしていることがわかったのだが、陽は呆れたように溜息を吐いた。
「意外と馬鹿なんだな」
「なっ!?」
馬鹿と言われ、真凛はますます納得がいかないというかのように陽の顔を見つめる。
睨んでいるというわけではないが、物言いたいことがあるというのがありありと伝わってきた。
「付き合っていない相手を泊まりがけの旅行に連れて行くほど俺は常識がないわけじゃない」
「そ、そうですよね、さすがに早とちりが過ぎました……」
「行くとしたら、保護者がいる時だ」
「…………」
(そういう問題ではないのでは……?)
という疑問を真凛はなんとか飲み込む。
薄々感じていたことではあるが、陽の常識はどこかずれている。
この人について行って大丈夫なのか、と真凛は少しだけ不安になった。
「まぁそれに、お金もそこまで持っておりませんので、遠出できる範囲や数も限られておりますしね」
真凛の家は比較的裕福なほうではあるが、毎週旅行に行けるほどお小遣いをもらっているわけではない。
同じ学生である陽も同じようなものだろう。
そう思っていた真凛だが――。
「心配するな、交通費や食費はこっちで持ってやる」
陽の信じられない言葉に、真凛は目を丸くした。
「…………」
信じられない言葉を発した陽に対し、真凛の疑いはまた増してしまう。
いったいどうやってそのお金を手に入れているのか、旅行費や食費を負担してまで自分を連れて行こうとする理由はなんなのか。
そして、連れて行った先で自分に何をしようとしているのか、という疑惑を抱いていた。
「なんだよ?」
真凛にジッと見つめられていた陽は、若干不機嫌そうに真凛の顔を見つめてくる。
そんな陽に対して真凛は――
「葉桜君は、ロリコンなのですか?」
――色々と聞きたいことが頭の中を巡ってしまい、思わずトンチンカンな質問をしてしまった。
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