第8話「知られた恥ずかしい秘密」

「……本当に、お言葉に甘えてしまってもよろしいのでしょうか?」


 真凛は考えた末、陽に最終確認をする。


「あぁ、大丈夫だ。別に後から請求したりもしないから安心しろ」

「変なことも、されませんよね……?」

「変なこととは?」

「それは――忘れてください……」


 説明をすることや言葉にすることが恥ずかしかった真凛は、首を横に振って誤魔化してしまった。


「話は決まり、ということでいいのか?」

「……はい」


 陽の確認に対し、若干迷いながらも真凛は首を縦に振った。

 それを見て陽はスマホを差し出す。


「えっと……?」

「連絡先を交換していないと何かと不便だ。待ち合わせに苦労するし、出先で迷子になられても困る」

「迷子って……子供扱いしないでください」


 真凛はプクッと小さく頬を膨らませながら、スカートのポケットからスマホを取り出した。

 その頬を含ませる行為が子供に見えると理解していないのか、と陽はツッコみたくなったが、ここで機嫌を損ねるのは得策じゃないと判断し言葉を飲み込んだ。


 陽にとって真凛はいつも笑顔でいる印象しかなかったのだが、こんな拗ねた表情もするのだと初めて知った。

 幼馴染みだという晴喜にはこんな表情をよく見せていたのかもしれない――そんなことを考えながら、陽は真凛と連絡先を交換する。


 そして――。


「ねこ、ちゃん……!」


 陽は、真凛の言葉で既に自分がやらかしていたことに気付き、頬をひきつらせてしまった。


「ねこちゃん、お好きなのですか……!?」


 チャットアプリに表示された陽のアイコンを見て、真凛は表情を輝かせながら陽の顔を見上げる。

 そんな真凛から気まずそうに目を逸らして陽は口を開いた。


「悪いか?」


 猫のアイコンにしていることを同級生に知られたことで陽は恥ずかしくなってしまい、普段以上にぶっきらぼうに真凛へと聞き返す。

 すると、真凛はご機嫌な様子で首を左右に振った。


「いえいえ、ねこちゃんはとてもかわいいですもんね!」


 ニコニコとご機嫌な笑顔で見つめてくる真凛。

 まるで仲間を見つけたとでも言いたげな瞳が、容赦なく陽の心を抉る。

 そんな陽の気持ちを知ってか知らずか、真凛はとても素敵な笑みを浮かべながら更に踏み込んできた。


「そのねこちゃんの種類はスコティッシュフォールドですね! 拾い画ですか!?」

「うちの猫だ」

「――っ!? 確か、耳が垂れてるスコティッシュフォールドは凄くお高いはずですよね……! とてもかわいらしいお顔ですし、羨ましいです……!」


 よほど真凛は猫のことが好きなのか、かなり興奮した様子で陽に顔を近付けてくる。

 身長差がなければ、お互いの息がかかるほどに顔を近付けてきたのではないかと思うほどの勢いだ。


「猫、好きなのか?」

「はい……! 私のお家は飼ったらだめと言われておりますので、葉桜君がとても羨ましいです……!」


 真凛は陽の質問に答えた後、聞いてもいないことを教えてくれる。

 その様子からどれだけ猫のことが好きかよくわかった。


 この素晴らしい景色よりも猫の話題のほうが真凛のテンションがあがったため、陽は若干苦笑いを浮かべる。


 しかし、陽も猫のことは凄く好きなので真凛の話に合わせることにした。


「将来は飼うつもりなのか?」

「はい、飼える環境であれば飼いたいと思っています……!」


 飼える環境というのは、建物とかの問題のことを言っているのだろう。

 ペット禁止のマンションとかであれば飼うことは叶わないし、ペットが暮らしづらい環境であれば優しい真凛は飼おうとしない。


(まぁ秋実の場合、飼えるとこを選びそうだけどな)


 賢い真凛なら色々と考えてから住む場所は選ぶと思い、陽は将来猫を飼っている真凛の姿が容易に想像できた。


「飼えるといいな」

「はい……! 葉桜君のねこちゃんも、今度だっこさせてくださいね?」


 本当に真凛は猫が好きなようで、陽に対して期待したような目で頼んできた。

 その顔が身長差のせいで上目遣いのようになっており、かわいらしいおねだりに見えた陽は思わず顔を背けてしまう。


「あっ、顔を背けるのはずるいです……! そこまで嫌がらなくてもいいと思うのですよ……!」


 そして顔を背けた陽の態度を勘違いした真凛が、また小さく頬を膨らませながらプリプリと怒ってくる。

 今までとは全然違った印象に、陽はこれが真凛の素だと理解した。


(こっちのほうが魅力的……というのは、俺がおかしいのだろうか?)


 そんな疑問を抱きながらも、そろそろ時間がまずいことに気が付く。


「機会があれば抱かせてやるよ。それよりも、そろそろ帰らないと……」

「あっ、もうこんな時間ですか……。名残惜しいですが、仕方ありませんね」


 その名残惜しいとは、陽と話すことではなくこの景色を見られなくなることを言っているのだろう。

 陽も自分に興味を持たれるのは困るので、これでいいと思った。


 一応休日に関して最終確認をするかどうかで陽は悩んだが、もう決まったことをしつこく聞き直すのも印象がよくないかと思い確認をするのはやめる。

 その代わり、真凛の足元へと視線を向けながら彼女に声をかけた。


「暗闇で足元が見づらくなってるから気をつけてな。行きの登りとは違って、帰りは下りだから注意しないと――」

「きゃぁ!」

「――勘弁してくれ……」


 忠告をしている最中に隣で足を滑らせて転びそうになった真凛を、陽は苦笑いをしながら支えた。

 もしかしたら真凛は運動神経が悪いのかもしれない。


 となると、今後連れて行くのには些か不安が出てくる――そんなことを考えながら真凛の顔を見つめていると、彼女は恥ずかしそうにしながら陽の顔を見つめてきた。


「えっと、ごめんなさい……。それと、ありがとうございます……」

「まぁ、慣れるまでは仕方がない」


 真凛が気にしないように陽はそう伝えるが、なるべく危険がありそうな場所には真凛を連れて行かないことを心に強く誓うのだった。

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