第68話:ボク、こんなにしあわせで、いいのかな

「……そっか。ユウは、一年のころから、俺のこと、好きでいてくれたんだな」

「うん。ただ、ね……?」


 ユウが同じクラスになってショックを受けたのは、ゲンキのこんな言葉だった。


『女子はめんどくせえ』


「……なんでそれが、ショックなんだ?」

「だって、ゲンキはボクのヒーローだったんだよ? たぶん見ず知らずの人間だったはずのボクを助けてくれた、ヒーローだったんだ。なのにそんな言い方をする人だなんて、思ってなかったから」


 確かにゲンキは、以前は女子のことを面倒くさい、と口にすることがあった。

 しかし例のコンドームの付け方の授業以後、ユウと付き合い方が変わってから、女子に対する「面倒くさい」発言は減った。今ではほとんどなくなった、と言ってもいい。


 それは、ユウが、そうした発言をたしなめてくれるようになったからだ。それまでは同調こそしないが、困ったような笑顔で何も言わないことが多かったのに。


 マホに言われると反発したくなっても、ユウに言われると、なぜだか案外、すんなり受け入れることができていた。


 ユウはトモダチだから、というのもあっただろう。けれど、そこにはやはり、ユウを好きになったから、という気持ちがあったかもしれない。


「ボクね、本当にこわかったんだ。ボク、こんなでしょ? いつ、『お前も面倒くさいやつだ』って言われるかって思ったら、とっても、ね。だって、好きな人に嫌われるなんて、もう、二度と、体験したくなかったから」


 ああ、とゲンキは思い出す。

 さっきの話だと、まだ小学校の低学年ごろだろうか、好きな女の子がいたという話だったか。けれど、オトコらしくなろうとして奮闘した結果、かえって嫌われたと。


「ボク、ゲンキのことが好き。ずっと好きだった。だからゲンキに嫌われたくなかった。でも――」


 ユウの手の震えは、止まらない。

 けれど、ユウは、あらためて、隣のゲンキを見上げた。

 ――まっすぐに。


「いまはもう、なにもこわくない。ゲンキがボクを好きでいてくれている。ボクがゲンキのこと、好きでいるのと、たぶんおなじくらいに。それが分かるから、ボクはもう、なにもこわくないんだよ?」


 怖くないなら、どうしてその手はそんなにも震えているんだ。

 ゲンキは、その細い指をしっかりと握りしめる。


「……いたいよ、ゲンキ?」


 困ったように微笑むユウだが、しかし、だからといってその手を振り払ったりするようなことはなく、むしろ包み込むように左手を添えると、ゲンキの肩にそっと頭を預ける。


「……ゲンキ、ボクね? ゲンキの一番になりたかった。ずっと。だから、こうしていられることが、夢みたいなんだよ?」

「……夢みたい、なんて言うなよ。俺にとって、ユウは、確かに一番なんだから」

「ふふ、うれしいなあ……。ボク、起きてるよね? これ、夢じゃないんだよね?」


 バカ――そう言って、そっとユウの額に、ゲンキは唇を寄せた。


「俺はユウが好きだ。何度でも言ってやる、俺はユウが好きで、俺の中でのナンバーワンは、ユウ、お前だ」

「……ボク、こんななのに?」

「ユウはユウだ。こんな、がどんなか知らないけど、俺が好きになったユウは、いま、俺の隣で、泣いてるユウなんだ」

「……な、泣いてなんか、いないもん……」

「じゃあ、その目は何なんだよ?」


 そう言って、ゲンキはそっと、ユウの目尻に舌を這わせる。


「ひゃん!?」

「……ほら、しょっぱい」

「あ、……あ、汗だよ、きっと汗! きたないよ、ゲンキのヘンタイ!」

「ユウに汚いところなんてあるもんか」

「やだ、やっ……だめだって、ゲン――」


 ――もう、慣れた。

 最初はおっかなびっくりだったのに、今ではすっかりその場所を覚えてしまった。

 これが人間の柔軟性って奴か――ゲンキは、ユウのぷっくりとした柔らかな感触を堪能する。頭の中でぐるぐると巡る緊張と、歓喜と、無理矢理理屈をこねる言い訳とを押さえつけて。


「……あ……」


 つう、と、名残り惜しげに銀の糸が伸びて、垂れる。


 ゲンキは、唇を重ねていた間、どうしても伝えたいと考えていたことを、とにかく並べた。伝わるかどうかわからない、けれど伝わってほしい――その想いを、ゆっくりと。


「ユウ。俺は、ユウが好きだ。ユウの全部が好きだ。お前がなにでどうとか、何をそんなに気にしてるのか知らないけど、お前だから、好きなんだ」


 とろんとしたユウの目の縁に、ふたたび雫が浮かび、こぼれる。わずかにその視線を落とし、唇を震わせる。


「ゲンキ……ボクは……ボクは……」

「何度でも言うからな。俺は――」

「もういい、もういいの……。ゲンキ、ボク、こんなにしあわせで、いいのかな? ゲンキのお父さん、お母さんを困らせたり、しないかな……?」


 ぽろぽろと涙をこぼすユウを、ゲンキは力いっぱい抱きしめた。

 また泣かせてしまった。

 まだ不安にさせている。


「大丈夫。俺はユウが好きだ。親父もおふくろも、ユウのことが大好きだ。昼、一緒に飯を食ったとき、それは感じただろ?」


 ユウが、ゲンキの胸の中で、何度も頷く。

 うめくようにすすり泣きながら。


 その頭を撫でながら、ゲンキはすべての想いをこめて、ささやいた。


「だから、俺と付き合ってくれ。ユウ」

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