KEN-ZENな交際
第65話:ゲンキ、ボクで、どきどきしてくれてるの?
「えへへ、このクレープ、おいしいね」
夏休み初日となるこの土曜日は、さすがに中高生の人出が多かった。
目的地である「
買い物や食事はもちろん、映画館、ゲームコーナー、ボーリング、カラオケ、プールにフィットネスジム、変わったところではボルタリングの施設まで、まあ、とりあえずなんでもある。公園状のイベントコーナーもあり、毎月なにかしらのイベントも開かれている。
そのため、とりあえずデートと言えばここ、というくらいには中高生に浸透している施設である。
で、夏休み客を当て込んで、なのだろう。今月から展開しているのが、「最恐」をうたうお化け屋敷だ。すでに入った同級生の情報によると、怖いというよりドッキリ系なので、曲がり角、一直線、狭い区画で何かが起こる、と心構えを持っていれば、そう大したものでもないらしかった。
――大ウソだった。
「ひやぁぁあああああっ!!」
半泣きになって飛びつくユウとともに、何度心臓が飛び出しそうになっただろう。
――ユウがいたから痩せ我慢ができた。
ユウがいなかったら、そして
「も、もういい、ごめん、来たいなんて言ったボクが悪かったから! ねえ、早く出ようよぉ!」
「ま、まあ、こ、こんなもんじゃないのか? ほ、ほら、どうせ作りもの――」
言いかけた瞬間、ガタン! と派手な音がして、上から逆さづりの男が降ってくる。身長180センチメートルのゲンキが、ぎりぎり頭をかすめるくらいの高さに。
「きゃぁぁあああああっ!!」
「ぐえっ!?」
「もうだめ、ゲンキ、やだよ! 早く出ようよぉっ!!」
何かあるたびにユウに抱きつかれ、まともに先に進むこともできない。自分も怖いのだが、それ以上に歩く抱き枕にされて、そして、そのたびにゲンキの脳内は、大量の疑問符で埋め尽くされるのだ。
ユウがしがみつくたびに、ふにょふにょと当たるやわらかいもの。
――ユウって、実はぽっちゃり体型だった?
どう見ても太っているようには見えないのに、ユウが抱きつくたびに、妙にやわらかい感触がゲンキを襲うのである。
――鍛えていない人間の筋肉は、それだけ柔らかいってことなんだろうか?
今もユウが悲鳴を上げながらしがみついている腕は、やわらかな感触に包まれている。
暗い通路で、場違いな非常口の案内の明かりに照らされて浮かび上がる、涙目が光っているユウには申し訳ないのだが、そのせいでどうにも恐怖に浸りきれない。それが、ゲンキをかろうじて踏みとどまらせている要因の一つだった。
だが、ゲンキがいくら頭を冷却できても、隣で悲鳴を上げるユウの行動を抑えるのは、実に困難だった。「とりあえず叫ぶ」はいいとして、ゲンキに飛びつく、しがみつく、叫びながらその場を動こうとしないなど、見ていて飽きないのは事実だが、なかなか前進できない。
しまいには、後から来たカップルに追い抜かれる始末。
いまだって、曲がり角が迫るたびに、ゲンキの腕にしがみついて「やだよう、行きたくないよう、ゲンキ、前、歩いて……!」とのたまうユウは、しかししっかりとゲンキの左腕に張り付いて、後ろに下がろうとしない。
「ほら、行くぞ? 次の奴らに追いつかれる」
後ろからは、ぎゃあぎゃあ悲鳴を上げながら走ってくるのが聞こえてくる。通路脇から腕のようなものが飛び出してくる仕掛けで、パニックになったんだろう。触ってみたらやわらかいスポンジ製だったから、腕を蹴散らしながら走ってくるようなら、すぐこちらに追いつくかもしれない。
「や、やだ、やだってば……! ゲンキ、お願い、先、歩いて……!」
「だったらユウ、俺の後ろに回れって」
「やだよう! ゲンキの腕がないとボク、立ってられない……!」
腕に当たる
どうしたものかと思案していると、遂に後ろからすさまじい悲鳴を上げながら、女の子の二人組が走ってきた。
慌ててユウを引っ張るようにして通路の端に寄ろうとしたが、背を預けた壁がいけなかった。そこは、壁代わりに箱のようなものが積み上げられている状態だったらしい。ゲンキがユウを抱き留め引っ張ったところで二人組の女の子が通り過ぎ、角を曲がり、さらにすさまじい悲鳴が上がる――その間に、ゲンキは箱を押しつぶしながら転倒してしまった。
箱は黒く塗りつぶされた段ボール箱のようなものだったらしく、ユウを抱きしめたままのゲンキを潰れながら受け止めてくれた。
そのため、受け身もへったくれもなく転倒した割には、ゲンキには大した痛みもなかった。ユウに押しつぶされた格好ではあったが、ひざにもダメージはなかった。
そのかわり、周りからさらにどさどさと段ボール箱が崩れてきて、二人は箱に埋まってしまった。
「……だい、じょうぶ、か?」
「……うん。ゲンキは……?」
「俺は平気だ。ユウ、どこも痛くないんだな?」
「うん……。ゲンキが、受け止めてくれてたから……」
――やれやれ。お化け屋敷に入って壁の一部を破壊し、こんなざまになる奴が、いったい何人いるというのだろう。
ゲンキは笑い出したくなる。
「……ぼ、ボクのせいだよね……? ゲンキ、重かったよね? 痛かったよね? その、あの……ごめんね?」
「ユウのせいじゃねえよ。俺の間抜けのせいだ」
「で、でも……」
消え入りそうな声に、ゲンキは肩の上あたりに顎が乗っているユウの頭を撫でる。
「俺が勝手によろけただけだ。ユウは悪くない」
「ゲンキ……」
真っ暗で、ほとんどユウの顔は見えないが、その表情は、きっと申し訳なさそうにくしゃくしゃになっているんだろう。
起き上がろうとしたが、潰れた段ボール箱が体の合わせて凹んでいるせいで、妙に動きにくい。二度三度起き上がろうとしていると、また一組が近づいてきた。声の様子から、男女のカップルのようだった。
「ゲンキ、またひとが……んむっ!?」
なんだか、壁を破壊してここにいることがバレるのがよくないような気がして、ゲンキはもぞもぞと起き上がろうとしていたユウの頭を抱え、自分の胸に押し付けるようにする。
カップルはこちらに気づかなかったようで、おっかなびっくり角を曲がり、そしてすさまじい悲鳴を上げて駆け抜けていった。
「……んもう。ゲンキ、急になにするの、びっくりしたよ」
「いや、なんか、カベぶっ壊したことがバレたらって思ってさ」
ゲンキの言葉に、どちらからともなく、忍び笑いがもれる。なんだか、秘密を共有するようで。
「……ねえ、ゲンキ」
「ん?」
「……ゲンキって、あったかいね?」
ユウはそう言うと、顔を横に向けながら、その耳をゲンキの胸に押し当てた。
「ふふ、ゲンキ、どきどきいってるよ……?」
「……お前が上に乗ってるからな」
「怖いんじゃなくて? ゲンキ、ボクで、どきどきしてくれてるの?」
「……当たり前だろ」
暗闇の中で、ゆらりと顔を上げたユウは、よく見えなかったけれど、確かに薄く、笑っていた気がして、ゲンキはユウの頭をつかむ。
「……ゲンキ?」
「……今、余裕ぶっこいてるお前が悪いんだからな? 昼飯前の、し返しだ」
「え? ゲン……んむっ……」
やわらかい感触。
みずみずしいその感触をもっともっと確かめたくて、ゲンキは舌を、そっと伸ばす。拒否されたら、すぐひっこめるつもりだった。
だが、ゲンキの舌を感じたらしいユウは、一度、息継ぎをすると、こんどはゲンキの首の後ろに腕を回した。
「……うれしい……うれしいよ……! ゲンキ、ゲンキ……!」
二つのカップルがさらに通り過ぎたが、異常に気付く者はいなかった。
けれど、崩れた段ボール箱の下で、二人が、静かに、けれど熱く抱擁し合っているなど、誰が気づくだろうか。
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