第63話︰ボクって、そんなにかわいいの?
「ねえ、ゲンキ。今日は何が食べたい?」
「あのカリッカリの唐揚げ」
「ふふ……オトコノコって、唐揚げ、大好きだね?」
「お前もどうせ好きなんだろ?」
「作るボクが言うのもなんだけど、美味しいもん」
ゲンキが押すカートの中に、ユウが鶏もも肉のトレイを入れる。
「あ、ゲンキ。そっちの片栗粉、入れてくれる?」
「片栗粉? 何に使うんだ?」
「唐揚げだよ? 小麦粉に混ぜて作ると、あのカリッカリになるの」
「了解。……ミッションコンプリートだ」
「あ、おとうふ……ねえ、ゲンキは絹ごしと木綿、どっちが好き?」
「豆腐なんてどれも同じだろ」
「もう……。オトコノコは大雑把だから。絹ごしは滑らかで柔らかくて、木綿はちょっと固めなんだよ? 舌触りが随分違うんだから」
「めんどくせえなあ。ユウが好きなほうにしてくれ」
「じゃあ、お味噌汁に使うのは絹ごしにして、チャンプルーに使うのは木綿にしておくね?」
「わざわざ別々に買う必要があるのか?」
「だって、ゲンキにはボクができる一番のお料理、食べてもらいたいもん」
くりくりとした目で見上げてくるユウに、ゲンキは声が出なくなる。
「ゲンキ、どうしたの?」
「……お前が可愛すぎるのが悪いんだよ」
視線をそらしてぼそぼそと言うゲンキに、ユウは目を丸くし、そして頬を染めてうつむいた。
「げ、ゲンキ、そうやってボクをからかうの、ほんと、よくないんだよ……?」
「……しょうがないだろ。ホントのことなんだしさ」
「……ゲンキって、そんなに、ボクのこと、……か、可愛いって思ってるの?」
「可愛い」
「……ふ、ふつう、即答するかなあ? ボク、かっこうだってこんなだし……」
ユウの服装は、相変わらずのダボッとした、手の甲まで隠れそうな白いTシャツの上に、大きめのネイビーブルーのシャツを羽織っている。下はこれまた大きめのソフトジーンズパンツを、かかとだけがかろうじて見える程度に、すそを幾重にも折り曲げている。頭には大きめの、ライトブラウンのキャスケット。そして、小さな白いレザーのボディバッグをたすきがけ。
「こんな? 可愛いだろ」
ゲンキは臆面もなく言ってのけた。なんというか、ユウがこの格好をしていると、男性らしいというよりもどことなく中性的な印象を受ける。
そして、ユウならば、どんな格好をしたって、カッコいいというより可愛いという印象になってしまうだろう、少なくとも俺の中では――ゲンキはそう考えて一人、納得する。
「……ボク、がんばってオトコノコらしいかっこう、してみたんだけどなあ」
「ユウがユウである限りどうすることもできない、無理だ。あきらめろ」
「なにそれ、どういう意味? わけがわからないよ」
「知らなかったのか……? 可愛いからは、逃げられない……!!!」
自分で言ってゲンキは照れ臭くなったのか、目をそらした。
「ほら次だ次。ほかに何を作るんだ、何を買えばいいんだ」
すこしだけ乱暴な言い方で、カート押してゆく。
「ゲンキ、待ってよ」
ユウは土生姜を手に取ると、ゲンキの後を追った。
「ねえ、ゲンキ」
ユウは隣に並ぶと、上目遣いにゲンキを見上げた。
「ボクたち、周りからどんな風に見えてるのかな……?」
「高校生だろ」
「そうじゃなくて……」
ユウはじれったそうにしていたが、小さなため息を一つはくと、頬を染めながらあらためてゲンキを見上げた。
「……あのさ、ボクたち、その……。し、新婚さん、に見えたりするかな……?」
ユウが投げてよこした爆弾発言に、ゲンキは心臓が飛び出しそうになる。恋人とかならともかく、新婚さんとは!
「さ、さすがにそれはいくらなんでも無理があるだろ」
「や……やっぱりそうだよね」
妙に寂しそうな顔をしてうつむいてしまったユウを見て、ゲンキは慌てて言葉をつなぐ必要を感じた。パニックになりつつも、必死に絞り出す。
「え、と……ほら、俺たちどう考えても背格好が子供じゃん」
「ゲンキが180もあるのに?」
「いやだからその……顔つきとかさ。そうだな、高校生のカレカノくらいじゃないか?」
「カレカノ……? えへへ、ボクたち、そんなふうに見えるかな……?」
「見る人によるんじゃね?」
「もう……。そうやってゲンキ、すぐボクのことからかうから嫌だよ」
「からかってねえよ、事実だろ?」
「だから……」
ゲンキはユウの手をつかんだ。
手のひらと手のひらを合わせるつなぎ方で。
「げ、ゲンキ……。このつなぎ方って……」
ゲンキは視線を逸らしたまま答えなかった。けれどその手はしっかりと握られてユウの手を離そうとする気配はない。
ゲンキの手のぬくもりに、ユウはくすぐったいような、それでいて暖かいような気持ちで、ユウもそっと手に力を込めて、ゲンキの隣に並んだ。
「まあまあ、いらっしゃい! 待ってたよ!」
ゲンキはヒヤヒヤしていた。デリカシーというものを乙女時代に放り投げてきたような豪快な母が、繊細なユウを傷つけないかと心配でたまらなかったからである。
「ユウちゃんのお母ちゃんに聞いた通りだね、なんて可愛らしい! ウチの馬鹿息子とは大違いだよ」
実に満足そうな母親の表情に、とりあえず第一関門は突破できたかと胸をなでおろすゲンキ。
ユウはユウで、緊張が隠せないものの、歓迎されていることは感じたらしく、はにかみながら挨拶をする。
「そんな他人行儀な。ゲンキのか――おトモダチなんだろ? さ、そんな玄関なんかに突っ立ってないで、上がった上がった」
「お、おじゃまします」
玄関を通ると、すぐ隣がリビングルームになっていた。ソファーには、テレビを前にして、初老の男性が座っていた。
「……ああ、いらっしゃい。ゲンキが世話になっているようだね。よろしく頼むよ」
テレビを見ているようで見ていない、微妙に視線がずれたところを見るようなその男性が、ゲンキの父親なのだろうと、ユウはあたりをつける。
深々と頭を下げて挨拶をすると、男性は片手を上げた。
「今日は、君が昼食を作ってくれるんだって? 家内と、朝から楽しみにしているんだ。キッチンは好きに使っていい。ゲンキもこき使ってやってくれ」
隣で、ゲンキが渋い顔をする。
「おい、息子をこき使えって、もう少し言い方があるんじゃないのかよ」
「カノ――おトモダチが料理を作ってくれるっていうんだ。手伝うのが筋ってものだろう」
「母ちゃんが怒るだろ、絶対」
「母さんには許可をもらっている。安心して働け」
「まあ可愛らしい! お人形さんみたいだねえ!」
これまた上機嫌の様子を見せるゲンキの母親に対して、ユウの顔はおもいっきりひきつっている。
「……ね、ねえ、ゲンキ……。ゲンキのお母さんって、こんなエプロン、いつも使ってるの?」
「そんなわけあるか、あんなビール樽みたいなおふくろが」
ユウは、上品なフリルがふんだんに使われたロング丈のエプロンに身を包んでいる。
ネイビーブルーのシャツとソフトジーンズという組み合わせの上に、純白のふりふりエプロン。
「……ぱっと見、本格的なメイドさんっぽいな?」
「げ、ゲンキ、からかわないで?」
「……いや、マジで可愛い」
「からかわないでってば……!」
「からかってなんかない、マジでユウ、可愛い。気を悪くしたら、ゴメンだけど」
ユウはしばらくうつむいていたが、おずおずとゲンキを見上げた。
「ね、ねえ……。ボクって、そんなに、かわいいの……?」
「可愛い」
即座に断言するゲンキに、恥ずかしそうに身をくねらせるユウ。だからこそ余計に愛らしく見えてしまうところが、ユウのユウたるところか。
ゲンキも、胸のどきどきがおさまらない。
「じゃ、じゃあ……これ、だれのエプロン?」
「……おふくろが徹夜して作ってた」
それまで困ったような笑顔で悶えていたユウが固まる。
「え……? こ、これ、ゲンキのお母さんの、手作り……?」
「そ。ユウのために作ってた」
「ぼ、ボクのために……? これ、ボクのエプロンなの……?」
「なんか昔、おふくろは縫製の仕事してたみたいで、服は型紙から作るプロ級の腕前でさ。俺の子供のころの服は、みんなおふくろが作ってた、らしい」
ユウは、フリルをそっとなでながら、ひきつった笑顔でゲンキを見上げた。
「……ゲンキのお母さんって、可愛いもの好き、なのかな?」
「俺んち、兄貴と俺と弟の三兄弟だからさ、娘が欲しかったらしいんだよ」
「そ、それで、ボクに、こんな、その……ふりふりエプロン?」
「……ゴメン。メシ作る間だけでいいから、なんとか耐えてくれ」
「そ、そうなんだ……。わかったよ。ボク、がんばるね?」
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