第50話:既読1

「 あ 、 ゲンキくん おはよう! こっちこっち!」


 今日も爽快な青空が いかにも夏らしい 朝となっていた。


「 ああ、ハルカ。おはよう」


 ゲンキが到着した時には、ハルカはすでに陸上競技場トラック上で、ウォーミングアップを始めていた。

 彼女は手を振ると、ゲンキの元に駆けてきた。


桐生きりゅう亮太りょうたが来るのは明日だよな?」

「うん」

「楽しみだな、どんなトレーニングをしてるんだろう。そういえば、200メートルも明日だったっけ?」

「うん、十時から。ただ、やっぱりスタートダッシュの練習の成果が出せるのは今日の100メートルだから、そっちも出た方がいいよ」

「ああ」


 ハルカの言葉に、ゲンキは力強くうなずいた。


「そっちも、自己新出す勢いで走るつもり」

「あはは、フォーム改造中だからそれは難しいんじゃないかな?」

「いや、ユウと約束したからさ、自己新目指すって」


 すぐさまウォームアップを開始したゲンキに、ハルカが首を傾げた。


「ふうん……ユウくん・・・・って、ゲンキくんの友達?」

「ああ、トモダチツレ。ちょっと変わった奴だけど、いい奴なんだ」

「そうなんだ。――約束、果たせるといいね」

「約束したんだ、何としても自己新を出してやる」

「ふふ、無理しない方がいいよ? でも、がんばってね」




『On Your Marks ……』


 号令がかかり、スタートラインに向かって前進する。

 スターティングブロックに足をかけ、スタートラインに指を合わせる。

 ゲンキが100メートル走から200メートル走に移った理由の一つは、スタートの遅さによるものだった。

 だからこそ、ハルカの助言を受け、フォームの改善中。


 この一週間、ユウは新しいマネジャーの一人として、ゲンキのタイムを計ってくれた。昨日など、栄養たっぷり、かつ消化にいいものと考えてくれたごちそうで、俺を応援してくれた。今日だって本当は、ユウは俺と遊びに行く予定だった。


『…… Set』


 足を延ばし、体を持ち上げる。

 ユウは楽しみにしていたであろう今日の予定を、俺のために先に延ばしてくれた。

 だったら、その思いに応えるべきだ。


『ボク、信じてる』


 俺は、信じられている。

 信じられているから――


 パンッ――耳をつんざく号砲と共に、ゲンキは全身のバネを解放する!


 ――走るのだ!!




「すごいね、自己ベストなんでしょ?」


 改善中にベストが出るとは思わなかった――芝生に寝っ転がったまま、ハルカからタイムを聞いたゲンキは、ガッツポーズをとったあと、また力なく大の字に戻る。


「もう当分走りたくない」


 うめくように言ったゲンキに、ハルカが笑う。


「ひょっとして、スタートだけじゃなくて、そのほかにも何かした?」

「スタートだけ改善したって足がついて行かなきゃ意味ないって先輩に言われてさ、シザースとかスプリットとかのドリルにもチカラ入れてる」


 寝転がったまま答えるゲンキの隣に、ハルカが座った。


「そっか……ゲンキくんって、思った通り、努力家なんだね」

「単に不器用なだけだ」

「不器用かどうかは分からないけど、でも頑張ってるゲンキくんって、やっぱりかっこいいなあって思うよ?」


 ね? そう言って笑いかけるハルカ。

 陸上のユニフォームの袖の奥から、ちらりと、その奥の胸に密着する白い布が見えて、ゲンキは慌てて目をそらした。


 そのあからさまに不自然な動きにハルカも気づいたらしく、慌てたように腕を胸元にもっていく。


 ――が、すこし、照れたような表情を見せたあと、いたずらっぽく笑った。


「……見た?」


 ゲンキは答えられない。明後日のほうに視線を泳がせることしかできない。

 その目の動きをもって答えを見出したハルカは、笑いながら言った。


「ドリンク一本。ゲンキくんだから、それで許してあげる」




『自己ベスト出たんだ、がんばったね!』

『ユウの飯のおかげだ。マジでうれしい』

『走ったのはゲンキだよ、ボクもうれしい!』

『ユウの飯でパワーが出たからだ。ユウの母さんにも、ゲンキの奴が礼を言ってたって伝えといてくれよ』

『ゲンキって変に義理堅いんだね』


「――ね、ゲンキくん」


『義理堅いわけじゃねえ礼儀の問題』

『ゲンキのお母さん、そういったとこ厳しそうだもんね』

『母ちゃんの話はすんなって』


「ゲンキくん、その……いまはフリー、なんだよね?」


『明日が、ゲンキの200だったっけ?』

『そう。10時半から』

『がんばってね』

『もちろん。来週は約束、絶対守るから』


「わたし、立候補したら、……だめ、かな?」


『うれしいけど、200をまずがんばってね?』

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『ボク、ゲンキのこと、信じてるから』

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『今週、いっぱいがんばってたもんね』

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『それで、今日なんだけど』

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『ゲンキ?』

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『ゲンキ、どうしたの?』

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『ゲンキ、いまいそがしい?』

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『どうしたの?』

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『ゲンキ、ボク、がんばったんだよ』

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『お母さんもね、手伝ってくれたんだ』

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『ゲンキ、ねえ、どうしたの?』

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『ゲンキ?』

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『ごめんね』

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『二日連続つて。ゲンキにもつがうがあるもんねごめんたさい』


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