第38話:ボク、ゲンキに食べてもらえたから

「ぶはははは! 連中、ドン引きだったってか! いや確かに、オレもゲンキの弁当を一週間見るころには引いてたけどさ!」


 屋上で弁当を広げながら、ソラタは大爆笑だった。


「だって、一週間ずっと、おんなじメニューだもんな! チキンナゲット、チキンカツ、イカリング、ゆで卵丸ごと一個! 毎日ちょっとずつ違うのは漬物だけ! なんで飽きねえんだコイツって、真剣に思ったくらいに!」

「……おふくろ、親父の弁当は凝るくせに、俺の弁当はいい加減だからな。量だけあればいいと思ってるんだ」


 そんな弁当を作った張本人とされたユウなど、もうすこしで弁当をネタにいじられるところだった。もしそうなっていたら、きっとさらに阿鼻叫喚なありさまになっていたにちがいない。ゲンキが暴れていた、という意味で。


「あんたら、うっさい」


 マホの、弁当入りのサブバッグが男子どもをなぎ倒したから免れただけとも言えるのだが。

 特に振越ふりこしの側頭部に当たったときには中の弁当箱が直撃したらしく、ごっ、といい感じの音がしてそのまま隣にいた中出なかいでを巻き込んで漫画みたいに吹っ飛んでいた。


 それでも、被害としては最小限だったのだろう。振越ふりこし中出なかいでも、悪童ではあるが、女子には手を出さないだけの理性は持ち合わせていたからだ。


 だが、やはり「あの弁当」の制作者とされたせいか、ユウはずっとむくれている。

 ユウもソラタも、毎日ほぼ変わらぬゲンキの弁当の中身について十分知っていた。ユウだって料理の腕前にはそれなりの自信があったわけで、それで消し炭のような揚げ物ばかりの弁当の作り手とされては、面白くないのも無理はなかった。


 なにせ初めてそれを見たマホも、自分の弁当箱の彩り豊かな中身と見比べながら、やはりちょっと引いているくらいなのだから。


 ちなみにマホが弁当箱を開いたとき、その中身が酷く偏っていたために「せっかく綺麗に詰めたのにー!」という悲鳴が上がった。ゲンキもソラタも自業自得だろうとは思ったが、あえて二人でうなずいただけで、突っ込まずにおく。


 ゲンキはふたを開け、誰にともなくいただきますと言い、しかし機械的とも作業的ともいえる動作で、弁当の中身を口に運ぶ。


「ゲンキ、アンタ陸上選手がそんなお弁当でいいの?」

「カロリーとタンパクが取れるからこれで十分だ。それにゆで卵まるごとって馬鹿にするけどな、タマゴって栄養あるんだぞ」


 ただただ中身を口に運び続けるだけ、選ぼうとする気配すら、見当たらない。


「いやだからってアンタ、一年と三カ月、ずっとそれだったんでしょ? さすがに飽きないの?」

「俺は食い物に文句を言うことだけは、絶対にしない」

「……あっきれた。それ文句あるって言ってるようなものじゃない。改善要求は出すべきじゃないの?」

「おふくろが朝、親父と兄貴と俺の弁当で大変なのは知ってるからな。べつに凝ったモノはいらない」


 そう言って水筒を開けると、茶で流し込む。

 どう見てもうまそうに食っているとはいいがたい、ただひたすらガソリンを注入するがごとき食事風景である。


「ほんとゲンキの食べ方、燃料補給って感じね。アンタ、もう少し美味しそうに食べなさいよ」

「うるさいなあ。ていうかマホ、なんでお前がここにいるんだ」

「あたしがどこでお弁当食べたって関係ないでしょ」


 つい、とマホの視線が隣のソラタに動き、ソラタが不自然に背筋を伸ばす。


「ま、まあ、たまにはいいんじゃね? メシは、……ええと、みんなで食った方が美味いだろ?」

「……それはボクも同じ考えだけど。マホ、マナカやヒマリのほうはいいの……?」

「いいのいいの。あっちのリア充は、夏休みに向けて狩りハントの最中だから」


 ユウが微妙な笑顔で首をかしげる。


「……ハント?」

「そう。狩りハント

「ごちそうさま」

「……は!? ゲンキ、早すぎでしょ!?」

「メシはさっさと食うもんだ」

「あたし半分も食べてないんだけど!?」

「……ボク、三分の一も食べてない……」


 ただただ口の中にほうりこみつづけるだけという印象しかなかった、あんまりな食事の様子を思い出し、マホが呆れてみせた。


「アンタの食べ方ってさ、ぜんっぜんカケラもまったく美味しそうに感じなかったよね。無理矢理エサを流し込まれてるガチョウみたいだった」

「人様が作ってくれた飯ならそうする。これは俺の弁当だ」

「……その、ボクが作ったってあの男子に言ったものを、あんな風に食べられてたボクって、……なんなの」


 むくれたままのユウが、かすれる声でつぶやいた。


「……ボク、ゲンキのために、がんばったのに。なのに、あんな……実験台になってやってる、みたいなこと言われて――」


 ひどいよ――


 うつむいたまま、ぽつりとそう言って、ついに箸が止まってしまったユウ。

 ぴったりと肩を寄せているユウだから、その肩が震えているのも感じて、ゲンキは無言で、けれど内心焦りながら、もう一つの弁当箱を開いた。


「うっわ、マジ本格的だよゲンキ……! そっちがおまえのかーちゃんの本気か?」


 ソラタが目を丸くする。


「え、なにこの卵焼き。うちのと全然違う。つやつやでふわふわで――あ、分かった、スーパーでパックで売ってるやつだ。違う?」


 身を乗り出してきたマホも目を丸くする。


「……鶏の照り焼き? 弁当に入ってるの、初めて見た。てか……」


 ゲンキも、ユウの弁当箱と交互に見比べながら絶句する。


「ユウ、お前の弁当とコレ、全然違うじゃん」

「……だって、ゲンキのはゲンキのだから。……ボク、がんばったんだよ……?」


 隣に座るゲンキでさえ、かろうじて聴きとれるレベルの、か細い、震える声で答えるユウ。

 ゲンキが見比べて一目でわかった通り、ユウの弁当箱の中身と、ゲンキの弁当箱の中身は、全く違っていた。


 可愛らしくまとまっていたユウの弁当と違って、ゲンキのものは彩り豊かでありつつも、いわゆるガッツリ系の肉中心のもの。

 どう見ても、ユウの弁当の片手間に作られたものには見えない。むしろ、メインはこちらといった風格すら感じられた。


「……悪かった。俺のために一生懸命、作ってくれたのにな。でも……俺は、ユウの飯がすげえ美味いってこと、俺とユウだけの秘密にしておきたかったんだ」

「ボクと、ゲンキだけの、秘密……?」


 ゲンキの言葉に、ユウはきょとんとし、ソラタとマホが、ものすごい勢いでユウを見る。


「え!? このお弁当、ユウが作ったの!?」


 詰め寄る二人に若干のけぞりながら、それでも小さくうなずくユウ。


「なんで!?」

「なんでって……うれしかったから……」


 ソラタもマホも、目を点にする。しばらくそのままユウを見て、そしてソラタとマホで互いに見つめ合い、そしてまたユウに視線を戻し、


「……どういうこと!?」


 再び二人に詰め寄られ、ユウはのけぞりながら、ぼそぼそとつぶやいた。


「……だからその、ボク、ゲンキに食べてもらえたから。いっぱい」

「ゲンキに……食べてもらえた?」

「うん。……ボク、食べてもらえたの」


 頬を染め、両手で頬を押さえるようにしてもじもじしながら、ユウは小さな声で、けれど確かに、嬉しそうに、ユウは話し始めた。


「ゲンキにね? ほんとによかったって、ほめてもらえたの。ボク、じょうずにできてたって……。うれしかった。すごく、うれしかった……。えっと、……アレなんか、ふわふわでとろとろで、最高に気持ちいいって……」

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