第39話:ボク、指でゲンキを喜ばせられるから

「ゲンキにね? ほんとによかったって、ほめてもらえたの。ボク、じょうずにできてたって……。うれしかった。すごく、うれしかった……。えっと、……アレなんか、ふわふわでとろとろで、最高に気持ちいいって……」


 さっきまで不機嫌そう、というか、むしろひどく沈んでいたはずだったのに、今やうつむき加減に、だが幸せそうに耳の先まで真っ赤に染めて、両頬を両手で押さえながらちいさく首を振り続けるユウに、マホもソラタも目を剥いた。


「ちょっと! アンタ、ユウの何を食べたのよ!?」


 マホが掴みかからんばかりの勢いで詰め寄れば、


「おいゲンキ! お前ユウのナニを食ったのか!?」


 実際に首を絞めながらゲンキに詰め寄るソラタ。


「いや、こいつんちで、コイツが作った飯を食ったんだよ。ふわっふわでとろっとろのオムレツとか。で、毎日毎日、自分の弁当を作ってるなんてすげえなあっていう話になって……」


 首を絞められがくがくと揺さぶられながら、それでもゲンキが答えると、


「ご飯!? てかアンタついにになったの!?」

「メシ!? てか紛らわしいんだよてっきりゲンキがのかと――」


 とりあえず顔面パンチでソラタを黙らせる。

 マホが。




「……それで、ボクが毎日、お弁当を作ってあげることにしたの」

「それで、じゃないよ。アンタ、ついに来るとこまで来た感じね」


 先ほどの燃料注入的な食事風景から一変して、実に幸せそうに顔を蕩けさせながら弁当を食うゲンキを、気持ち悪いものでも見るような目で見ながら、マホは言った。


「ユウ、それって最終兵器だよ? 手料理って、そういう意味なんだよ? 分かってる?」

「最終兵器? ボクの手料理が?」

「そう、最終兵器! なんたって手料理だよ!?」

「どういう意味?」

「そういう意味!」


 マホが拳を握って力強く訴えるのに対して、ユウは首をかしげる。


「わけがわからないよ、どうしてマホはそんなに、ボクの手料理にこだわるんだい?」

「訳が分からないのはこっちだってば。なんでそう、自分の手料理の威力を信じないわけ?」

「威力って……。ボクのお弁当がこわいものみたいな言い方、しないでほしいな」


 すこし、むっとした様子でユウはマホを見た。マホは半目で、ソラタのつまみ食い攻撃をかわしながらユウの弁当を食べ続けるゲンキを指差す。


「実際怖いくらいの威力があるって分からない? ほら見なさいよ、アンタの弁当をくねくねしながら食べてるこの気味悪いゲンキバカを」

「マホ、ゲンキのこと、悪く言わないでよ。すごくうれしそうに食べてくれてるじゃないか」

「あれだけ口に放り込むだけだった男が、さっきよりもずっとゆっくり噛みしめながら食ってんのよ!? 異常だと思わない!?」


 オレにもひと口くわせろ、というソラタに、ゲンキが死んでもくれてやるかよ、とかわしながら、おかずを口に入れる。そして、そのたびにピンクのほわほわオーラが目に見えそうなくらいに幸せそうな顔をするのだ。


 ――うわあ。


 さすがのユウも言葉を失った――そんな姿を見て、マホが「ほら見なさい」と呆れてみせる。


「手料理なんて、オトコの胃袋ココロをつかむ最強の攻撃なんだから。それなのにアンタ、いきなりもう奥の手を使っちゃったんだよ?」

「そ、そうなの……?」

「だって、料理っていったら女子力をアピる一番の手じゃん。SNSなんかさ、女子力をお弁当でアピってるの多すぎだし。男はとりあえずハンバーグと唐揚げ食わせとけば鉄板とか?」

「そ、そうかな……? 家事なんて、男でも女でも、もう関係ない時代で……」

「甘い!」


 マホはユウの鼻先に指を突きつけた。


「この世に男と女がいる限り、女の子らしさ、男らしさってのは不滅だから! 考えてもみなよ、もし男女の『らしさ』の差がホントに関係ないって言うなら、みんな白の作業着でも着てればいいんだよ!」

「そ、それは極端すぎないかな……?」


 ちょっと引いてるユウに対して、マホが畳みかける。


「だから甘いんだって! 宇照先生ウテちゃんが言ってたじゃん、女の子らしさも男らしさも、自分で選べる時代なんだって。

 どんな『らしさ』を選ぶかは人それぞれだし、選ばない人もいるかもしれないけどさ、でも、やっぱり、なにかの『らしさ』を個性の一つとして選ぶんだよ、誰もが、きっと!」

「そ、そうなのかな……?」

「そーいうもんなの! アンタだって、その服装、話し方は、アンタらしさの記号として、アンタが自分で選んでるんでしょ?」


 ユウは、マホの言葉を聞いて目を見開いた。

 「自分らしさの記号」として、自分の服装、言葉遣いを選ぶ――

 たしかにそうかもしれない――マホの言葉が、ユウの胸に突き刺さった。


「アタシはチカン対策でしばらくズボン選んでたけど、やっぱりカワイイものが好きだから、スカートのほうがしっくりくるし」


 パンツのぞかれるのはイヤだけど、でも、ひらひらしてるスカートってやっぱりオンナのコらしさをアピるひとつだと思うし――そう言って、マホは笑ってみせる。


「だから、お弁当使って全力でアピるようなことしちゃったら、もうゲンキのことつかまえとく方法、他にあんま残ってないから。これからもう、手、抜けないよ?」

「……ゲンキも、オンナのコらしいオンナのコのほうが、好きなのかな……?」

「男なら大抵そうなんじゃない? オトコが好きなら別だけど」


 オンナのこと、いつもめんどくさいって言ってるしねー、と、マホは冗談めかして笑う。


「まあ、でもユウがこんなに料理得意だったなんてね。ママに手伝ってもらったんじゃないんでしょ?」

「うん、全部、ボクが作ったよ」


 うなずくユウに、マホが「だからヤバいんだよ!」と、マホがユウの手を取り眺めながら言う。


「マジでヤバいよねえ、プロじゃん。全部、ユウの指が作ったんだよね。ユウの指ってキレイだし、魔法の指だよね! ユウだからできること――ユウらしさのひとつだよね」


 マホに指をいじくりまわされ、くすぐったそうにしながら、ユウはうなずいた。


「……魔法の指……ボクだから……。そっか。ボク、指でゲンキを喜ばせられるから、ボクの指そのものが、ボクらしさのひとつなんだね?」

「そうだよ。それがユウらしさだよ。ユウの指が、ユウらしさをアピれる武器なんだよ。

 ――アタシのもユウの指の十分の一でいいから、料理の勘ってやつを持ってたらよかったのになあ」


 そしたらアタシも――そう言いかけてマホは、じゃれる男二人を見つめた。

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