第37話:ボク、ゲンキに食べられたいから

「だ、だったら、あの……よかったら、その……ゲンキのお弁当、ぼ、ボクが作ってあげようか?」


 ユウの言葉に、ゲンキは面食らう。

 いや、ユウの作る食事が美味いというのは、さっきの晩飯で十分に理解できた。

 もうひとつ言うならば、弁当を作って持ってきてくれるってのも、ラブコメの漫画とかだとよくありそうなシチュエーションだ。


 ――ちょっと待て。

 特に後者。

 ユウが、おれのために、弁当をつくる?

 いや、さすがにそれはどうなんだ。


 ゲンキは内心、頭を抱えてしまった。

 確かにユウの飯は美味かった。それを毎日に食わせてもらえる。確かに魅力的な提案だ。


 ――だけど、ユウは、オトコだろ!?


 女の子が、恋人のために弁当をつくる――ものすごく絵面として納得できる。

 ユウが、ゲンキのために弁当をつくる――周りはどのように受け止めるのか。


「あ……い、いや、さすがにそれは悪いよ……。毎朝手間だろうし……」

「ううん? ボク、ゲンキのためならそんなの、気にしないよ? ゲンキが喜んでくれるなら、ボクがんばるから!」

「そ、それは嬉しいけど、カネだってかかるだろうし……」

「だいじょうぶだよ、一人分のおかずを増やすくらいなら、お金だってそんなに変わらないし」


 いまさらながら、ユウの手料理を「食べたい」と言ってしまったことを、ゲンキは後悔し始める。


「ぜったい、ぜったい美味しいの、毎日作ってみせるから! ゲンキに美味しいって思ってもらえるように、毎日がんばるから。――お母さん、いいでしょ?」


 拾った猫を飼ってもいいかというような口調のユウに、ユウの母親がニコニコしながらうなずく。


「……そうね、ゲンキくんがよければ、ユウのお料理の練習の、実験台になってくださるとありがたいんだけれど」

「お母さん! 実験台って、言い方!」


 ユウは口をとがらせてみせるが、それでも親のお墨付きを得られたとばかりに、嬉しそうに「ね?」と畳みかける。

 ゲンキは今さら断ることもできず、あいまいな笑みを浮かべてうなずくしかなかった。




「はい、ゲンキ! 昨日約束した、お弁当」


 昼食の時間、ユウが、嬉しそうに弁当箱を差し出してきた。


「あ……ああ、ありがとう……」


 おもわず顔が引きつってしまったことを、ゲンキは自覚する。

 昨夜、ユウが提案してきた弁当の件。


「……手間、かけさせたな。ごめん」

「どうして? 自分のお弁当のついでだから、全然手間じゃないよ?」

「……いや、手間だろ。調理実習だってめんどくさいんだし、まして……」

「ボク、お料理を手間だなんて考えたことないよ? それに、ゲンキのためだもん」


 ユウは、ふふ、と小首をかしげるように微笑む。


「ボク、ゲンキに食べられたいから、おいしいって言ってもらいたいから、がんばったんだよ?」


 にこにこと手渡ししてくるユウに、ゲンキはためらいつつ、弁当箱を受け取った。

 なんとなく気恥ずかしくて、自分の弁当の下に置く。

 その時だった。


「……なんだゲンキ、オメー、ユウに弁当作らせてんの?」


 奮越ふるこしが、怪訝そうにゲンキたちを見ていた。

 ユウが、そっとゲンキの背後に身を寄せる。


「なんだオメーら、ひょっとしてデキてたのか?」

「は? マジ?」


 奮越ふるこしの隣にいた中出なかいでが、やたら大きな声を上げて近寄ってくる。


「ゲンキ、その弁当がユウに作らせたヤツ? マジ? オメーら、カンケーだったってこと? マジで?」


 ――よりにもよってめんどくさい奴らに絡まれた。

 ゲンキは舌打ちをする。


 すぐにクラスの男子たちが集まってきた。ゲンキたちを囲むように。


「おい、マジかよ! ゲンキとユウってデキてたのか!」

「すげえ、どっか怪しいとは思ってたけど、マジだったのか!」


 わいわいと騒ぐ男子たちにはやし立てられ、ユウはますますゲンキの背中で小さくなる。それを見て、さらに包囲陣がはやし立てる。


「『人はきっとだれかを好きになります』ってか! ウテちゃんが言った次の日にはもうデキちまうのかよ、はえぇなマジで!」

「『高校二年生ならではの素晴らしい体験』てヤツかあ? いいなあ、もう夏の予定が決まったヤツらはよぉ!」


 ギャハハハ、と下品に笑う連中に、だからゲンキは、もはや耐えられなかった。


「……違う、話を作るんじゃねえよ!」


 自分の背中の後ろで身を縮めているユウの、そのかすかな震えを感じながら、ゲンキは中出なかいでを睨みつけた。


「ユウは将来、料理人目指してんだよ、だから、この弁当こいつはその練習なんだよ!」

「あ? 練習だ? おいおい、嘘つくなって」

「マジだ。コイツが将来、料理やってくっていうから、トモダチとして実験台になってやるのもしょうがねえかなって!」

「実験台? は? わけわかんねえんだけど?」

「だったら試してみろよ! コイツの実験台になるってことをよ!」


 ゲンキはそう言い放つと、弁当を開封する。


「ゲンキ、それ――」


 ユウが言いかけるその口を後ろ手でふさぎ、自分たちを包囲する連中に見せつける。


 弁当箱の半分を占める、シソの乗ったご飯。

 そして、ごろんと転がるゆで卵、丸ごと一個。

 ずらりと並ぶ、チキンナゲット(冷凍食品)。

 そしてイカリングフライ(冷凍食品)。

 さらにはチキンカツ(冷凍食品)。

 申し訳程度の野菜を主張するように、たくあん漬けが数切れ。


「……うわあ」


 さすがの男子たちも、全員がその中身に引いていた。

 おかずが全部焦げ茶色だ、てか黒いというつぶやき。

 ゆで卵丸ごと一個ってアリなのか、というおののき。

 ウチの親でももう少し野菜入れるぞ、というため息。


 そのときだった。


「おまたせ。ゲンキ、ユウ、メシ食いに行こうぜ――って、なんでこんなに集まってんだ?」


 トイレから戻ったソラタとマホだった。

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