オトコだから、オンナだから

第35話:そうやって反省しないから

宇照先生ウテちゃんにカレシがいたなんてねえ、知らなかったなあ」

「マジでショック。オレ、ウテちゃん以下だったのかよ」

「ちょっと。言っとくけど、ソラタよりウテちゃんの方が百倍も千倍も魅力的だからね? あんなこと話してくれる担任なんて、この学校だって何人いるか」

「うるせーよ。マホだってカレシがいるんだろ、おめーもオレの敵だチクショウ」

「敵って……そんな言い方ないでしょ! カレシっていうか、……その、ボディーガードよボディーガード! 電車限定のカレシ!」

「なんだそりゃ、それカレシじゃなくてパシリじゃん。ひでえなお前、奴隷の主人でも気取ってんのか?」


 ぼぐ。


「ちょっ……おまッ……!! え……! ……!!」


 地面を転げまわって悶えるソラタのそばに、もはや見慣れて何の感慨もわかないゲンキがしゃがみこむ。


「……なんでこう、お前は素直に金玉を蹴られるんだよ」

「たの……む、このカタキ……お前に、託し……ッ!!」

「だからめんどくさいことに巻き込むなって」


 ゲンキはため息をついて立ち上がると、とりあえずソラタが復活するまでの間、休憩とばかりに花壇の縁に腰掛ける。ひきつった笑みを浮かべつつ、ユウもゲンキの左隣に座った。


「ソラタってさ、なんでこう、ひとのカンに障るようなことを言えるわけ?」


 マホが、ため息をつきながらソラタの側にしゃがみ込む。


「そんなふうにバカやってるから、カノジョができないんだぞ? ゲンキにも言ったことあるけどさあ」

「うる……せえっ!」

「そうやって反省しないから、たとえアンタに興味を持ったコが現れても、アンタは気づかないで取り逃がしちゃうんだって自覚、ある?」

「余計な……お世話だ、この、オトコオンナ……!」


 脂汗を流しながら、それでも減らず口を叩き続けるソラタに、マホは苦笑いを浮かべる。


「アンタってほんとに……筋金入りのバカね」

「うるせえっ、色気づきやがって……!」

「は? カレシのこと? 悔しかったら口説いてみなよ」

「うるせ……っ! レース付きの、赤……勝負パンツだろ、それ……!」


 途端にスカートを押さえるマホ。


「……バカ、変質者、死ね!」




 サブバッグでぶん殴られ鼻血を流しながら、それでも不敵に笑って親指を立ててサムズアップしてみせるソラタに、ゲンキは呆れるしかない。


「ほんとバカだな。言わなきゃバレなかったのに」

「一矢報いた……オレの人生はもう、満足だ……」

「バカを言い続けるなら、俺、もう帰るからな?」

「おい待てよ、トモダチを見捨てて帰るのかよ!」

「ゲンキ、ホントにトモダチは選んだ方がいいよ」

「うるせえ! もとはと言えばお前が金的を――」

「せっかくだしもっかい食らわせてあげよっか?」

「いえ結構です十分です頼むから勘弁して下さい」




 いつもの三人にマホを加えて、四人で歩く。


「でも、ボク感激しちゃったなあ……。ウテちゃん、すっごく真剣だった」

「そうだな……。俺もいろいろ、考えさせられた」

「へえ? 女子とのこと、いつもめんどくさいって言ってるゲンキがか?」

「ソラタ、ゲンキはアンタよりよっぽどマシって分かってんの?」

「うるせえ! ちょっとオッパイがでかいからってモテると思うなオトコオンナ!」


 ――またしても路上で悶絶する羽目になったソラタを引きずるようにして、ゲンキが背負う。


「マホって、いつの間にそんな強くなったの? ボク、びっくりだよ」

「強くなったわけじゃないよ、コイツが隙だらけで鈍いだけ。ユウ、アンタもこれくらいできるようにならないと、ゲンキがいない時に泣くハメになるよ?」

「ボクはいつもゲンキのそばにいるからだいじょうぶだよ」


 にこにことして答えるユウの頭を、ゲンキが小突く。


「なにが大丈夫、だ。男なら俺を当てにするんじゃなくて自衛くらいしてくれ」

「いたいなあ。……でもボク、ゲンキのトモダチだから、守ってくれるんだよね?」


 微笑むユウに、苦いものをかみつぶしたような顔で頭をかくゲンキ。


「……このおっぱい星人のクソオトコオンナといい、おまえらリア充ぶりやがって……」

「そのリア充クンに背負われてるアンタが言うわけ? いい加減、アンタがソラタからソラコになりそうなんだけど、また蹴っていいかな? かな?」

「おやめくださいマホ様、私には座面ざおもて家の後継者をつくるという重要な使命がありまして」

「弟がいるじゃん。アンタの遺伝子、いらなさそう」

「ちょっ……まっ……!?」

「またこいつが地面に転がると帰るのが遅くなるからやめてくれ」


 背中で悶えるソラタに振り回されるようにしながら、ゲンキが苦笑いする。

 ユウも苦笑いしつつ、マホに聞いた。


「ねえ、マホ。マホはどこでその、……き、きん、てき、を覚えたの?」

「兄貴」


 その瞬間に、ゲンキとソラタの脳裏に、妹から日常的に金的キックを食らう兄貴のイメージが鮮やかに浮かび上がる。そのうめき声もリアルに再生されながら。


「……お前の兄貴、すでに姉貴・・になってねえ?」

「ソラタもそうなりたい?」

「おい! 『も』ってなんだよ『も』って!!」




 駅でいつものように改札で別れようとしたゲンキたちだったが、ソラタが、妙に青ざめた顔でゲンキたちを見た。


「……なあ、ひょっとして、さ……」

「なんだ?」

「オレってひょっとして、マホと同じ路線……?」


 ソラタの隣で、同じ方向に向かおうとしたマホは、頬を膨らませた。


「なにアンタ、一年と三カ月通ってて知らなかったの?」

「ギャ――ッ!! オレはいま! 猛烈に絶望しているッ!!」

「ちょっとそれどういう意味?」


 マホの言葉などに耳を貸さず、ソラタはゲンキにつかみかかる。


「ゲンキ! バイト代払うからボディーガード頼む!」

「やだよ。俺ゲンコになんか、なりたくねえから」

「ゲンキはボクのボディーガード予約済みだから」

「この薄情者どもめ!」


 そうやって全方位にケンカを売ると誰も助けてくれなくなるぞ、とゲンキが笑い、ユウもゲンキの隣で苦笑い。


「死ぬほどイヤだけど、帰る方向は同じみたいだし、しょうがねえから同じ電車に乗ってやる」

「死ぬほどイヤだけど、アンタと同じ電車に乗るのはいつものことだから、同じ電車に乗ってあげる」


 やいのやいの言いながら二人して階段を上っていく姿を見送りながら、ユウは笑い、そしてゲンキの腕を取った。


「ゲンキ、ボクたちも行こう?」




 ユウのトイレを待ちながら、夕焼けに染まった赤い空を、ゲンキはなんとなく見上げていた。


『ボク、いつものところでいいよ。だって座っちゃったら、ゲンキが遠くなっちゃう』


 そう言ってユウは、座席に座ることを拒んだ。けれどやっぱり、今日もユウはトイレに駆け込んだ。本当のところ、一日、ずっと腹痛を抱えていたのかもしれない。

 華奢な体つきなのに、変なところでいじっぱりなんだな、とゲンキは苦笑する。

 けれども、さっきなど一瞬、女子トイレに駆け込もうととしてしまったのだから、よほど腹具合が緊急事態だったのだろう。

 もし声をかけていなかったら、一体どうなっていたことだろう。


『……めんどくさくて、ごめんね?』


 トイレに駆け込む前に、少し寂しげに笑ったのは、気になるのだが。




「本当にいいよゲンキ。 そんなお礼だなんて」

「お袋がどうしても持ってけってうるさかったんだ。 必ず直接渡せってさ」

「そんなことしたら、またゲンキが帰るの、遅くなっちゃう」

「大丈夫だって、 お礼を渡すだけだから」


 今朝、ゲンキは母親に一つの箱を渡されていた。昨夜の夕食のお礼の品だった。


「人様のお宅でご飯をご馳走になったんだから、お礼するのは当たり前ってさ。コレを渡して来ないと、俺が殺される」


 そう言ってゲンキは、自分の鞄をポンと叩いてみせる。

 玄関口で礼を言ってお礼の品を渡す、それだけでいいと母に言われたゲンキは、だから今日もユウの家を訪れた。


 それなのに。


「ユウが二日連続でおともだちを連れてくるなんて、明日は雨ね」


 やたら上機嫌のユウの母親は、「今日は食材、いっぱい買ってきてあるから。遠慮せずにたくさん食べてね」と、ゲンキを家に引っ張り込んだのだ。

 で、またしてもテーブルを前に座らされているゲンキ。


「なあ……ユウの母ちゃんて、料理好きなのか?」

「たぶん、普通だよ? お母さん、ちょっといろいろ作るみたいだから、出来上がるまでゲンキはテレビでも見ててよ」


 自分も慣れた様子で、三角巾を口にくわえてエプロンを身に着けながら言うユウに、そんなことできるかよ、と、ゲンキも箸や皿を並べることにした。

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