第28話:ゲンキはカレ…はトモダチで!
「ほんと、ユウったら毎日ゲンキくん、ゲンキくんって」
「お、お母さん! ボク、そんな毎日なんて言ってないよ!」
「なに言ってるの、昨日なんてあんなに――」
「やめてよ、昨日は昨日でしょ!? ご、ごめんゲンキ、お母さん、いつもはこんなにおしゃべりじゃないんだけど――」
「だって、ユウが高校生になってからお友達をウチに連れてくるなんて初めてじゃない? お母さん、安心したわあ」
実はゲンキがユウの家に来るのは、これが初めてではない。なんなら、先日の公開オナニー事件は、まさにこの家――ユウの部屋で行われたのだ。
ただ、ユウの親と顔を合わせたのは、たしかにこれが初めてだった。
「ね、ユウ、もしかして――」
そう言って、ユウの母親は、ユウに耳打ちをしてみせる。
ユウはそれを聞いて、目を丸く見開きたちまち耳まで真っ赤になった。
「ちが――お母さん! ゲンキはカレ……はトモダチで!」
「はいはい。そういえば高校のほうから、怪我をしたからもし気になることがあればすぐ病院にって電話があったけど、それだけ元気なら大丈夫そうね? ゲンキくん、一緒に帰ってくれたんでしょう? ユウに変わったことはなかった?」
ユウの母親に問われ、途中で腹が痛いというからトイレに行ったこと以外、特に何があったわけでもない帰りの道中を思い返し、首を振る。
「……いや、特には」
「そう? いつもユウと一緒にいてくれるゲンキくんがそう言ってくれるなら、大丈夫かな?」
「い、いつも一緒って、お母さん、そういう言い方――!」
「そうそう、ゲンキくん。今日はユウのボディーガード役、ありがとうね? どう、ごはん、一緒に食べて行かない?」
家に電話して、トモダチの家で食べてくることになった――そう伝えたゲンキは、隣に座っていたユウにも聞こえるほどの、スマホ越しの強烈な『もっと早く電話してきな!』というお叱りと共に、一応の許可を親から得たことを、ユウの母親に伝える。
母親の強烈なガミガミ声はユウの母親にも聞こえていたらしく、くすくす笑っていた。
「陸上部で短距離選手なんですって?」
「はあ……」
「腹筋も割れてるって聞いたけど」
「一応……」
「足の筋肉もすごいって」
「走るのに必要な程度には……」
「じゃあ、食べる量も多いのかしら?」
「まあ、そこそこには……」
「よかった。じゃあ、いっぱい食べて行ってちょうだいね?」
何が楽しいのか、ユウの母親は鼻歌を歌いながらキッチンに立つ。
もともと用意されていたものは、本来、ユウたちが食べる分だったはずだ。
追加分は、間違いなくゲンキのために違いない。なんだか申し訳ない気分になる。
これでユウが話し相手になっていればまだマシだったのだろうが、ユウも母親の隣でおかずの準備をしているから、実に手持ち無沙汰だった。
「いいよ、ゲンキは座ってて? 準備はボクらでするから」
男がキッチンに立つなんて、家では見られない光景だ――ゲンキは、二人を眺めながらなんとなく思った。
ゲンキの家ではキッチンは母の聖域、勝手に入るとかえって怒られる。できる手伝いと言えば、食器を並べることくらいだろうか。
ゲンキの母は、食事の準備をゲンキたち男性陣にさせたことはただの一度もない。
母に言わせれば、それが専業主婦のプライドなのだそうだ。
間もなく、醤油の焦げるいい匂いとともに、豚肉の生姜焼きがメインディシュのように運ばれてきた。
ところが、どこからどう見ても、ゲンキの皿の肉が二人の皿の肉の量と比べて三倍以上はある。ゲンキもさすがにどうかと思ったが、ユウが母親に促されてにこにこと並べていくものだから、何も言えなかった。
「ゲンキくん、ごめんなさいね? 本当はもっと大きなお肉で作ってあげたかったんだけれど、お客さんが来るなんて思っていなかったから、豚バラ肉しかなくって」
「いいえ、俺、こういうの大好きです。うちのしょうが焼きがまさにこんな感じだし」
「ふふ、そう言ってもらえると助かるわ」
他人の家のご飯というものは、えてして違和感を覚えるものだ、特に味付けに。
ゲンキも、美味しいとは思いつつ、なるほどこれがユウの家の味なのかと思いながら、しかしありがたくいただく。
昼の弁当でも、さっきのたい焼きでもわかることだが、ユウは食べるのがあまり速くない。
それに対してゲンキは食べるのが早く、あっという間にたいらげてしまったものだから、手持ち無沙汰になったところを狙い撃ちされ、ユウの母親から質問攻めに遭う羽目になってしまった。
とりあえずは無難に当たり障りのないことを返すが、何が面白いのか、ユウの母親はずっと笑ってばかりだった。
やっとユウが食べ終わり、質問攻めタイムが終わるかとゲンキはホッとする。ところがその期待もむなしく、ユウはトイレに行ってしまった。
果たして、ゲンキは困った。ユウの母親と二人きりにされてしまったのだから。
質問攻めにされた後遺症で、思いつく話題もない。ゲンキはとりあえず話題をつなげるために、「ユウ……くんは、お腹、壊しやすいんですか?」と聞いてみた。
「ユウが? お腹の調子が悪いって?」
「はい朝からずっと、お腹の調子があまり良くないみたいだったので」
「そう……。あの子がそう言ったのね?」
ユウの母親は、少し考える素振りを見せてから続けた。
「そう……そうね。あの子お腹がきっと弱いのかもしれないわね。これまでも何度かそういうことあったの?」
ゲンキはこれまでの三カ月間を思い返してみた。
確かに四月から思い返してみれば、何回か、しばらくお腹を壊している期間があったように思う。
「そう……。ありがとう、ゲンキくん。変なことを聞いて、ごめんなさいね?」
「あ、いや……。親が息子さんのこと、心配するのは当然だと思いますんで」
ゲンキはもちろん、フォローしたつもりだった。けれどユウの母親は、なんだかすこし、複雑そうに目をそらした。
「ねえ、ゲンキくん……。あの子、ちょっと変わってるって思うところ、なかったかしら?」
「え……っと、あ、いや……」
いや、変わってるっていうか、十分に変な奴です――そんなこと言えるはずもなく、ゲンキは笑ってごまかす。
「ふふ、やっぱり変わってるわよね。親の私が言うのもなんだけれど。――でも、いい子なの。だから……どうか、いいお友達でいてあげてね?」
「はい、わかってますよ。ユウ……くんは、いい奴ですから」
精一杯の笑顔でゲンキは答えた。
だが、ユウの母親は、すこし、悲しそうな顔をした。
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