第27話:お願い、においなんてかがないで
軽口を叩いたゲンキに、ユウが
「ち、ちがうよ! ゲンキ、セクハラだよ?」
「男同士だろ、それくらい――」
「ゲンキ、そういうところがよくないんだってば」
頬をふくらませるユウに、ゲンキが「ごめんごめん」と笑う。
「でも、そんなに毎日洗いたいってどこなんだ? なんでそんなに洗いたいんだ?」
「だってボク、いま……」
下腹部を撫でるようにしたユウは、ハッとしたように慌てて手を振る。
「な……何でもないよ!」
「なんだよ別にいいじゃないか教えてくれたって。男同士なんだから」
「い、いやだよ、教えられないよ!」
「なんだやっぱり足が臭かったのか」
ゲンキが笑ってみせると、ユウはひきつった顔をした。
「……あの、ゲンキ、さっきから足、足って……。ひょっとして、ボクの足、そんなにも、におうのかな……?」
うろたえるユウを見て、そういえば何も考えずにテーピングをしていたことに気づいたゲンキは、テーピングを終えてまだ靴を履いていなかったユウの左足をつかむ。固定は完璧だった。そのまま――
「え? ……ちょ、ま……待ってよ、なにするの? やだ、ゲンキ、やめ――」
「え? ……ちょ、マ……マジか? なんだこれ、全然臭わねえ!?」
白い靴下に覆われたユウの足の、指の付け根辺りのにおいを嗅いでみるゲンキ。
ユウが悲鳴を上げるが、それ以上にゲンキはその
「や、やだ、ゲンキやめて、くすぐったいよ……!」
「嘘だろ!? 何でこんなに臭いがしねえんだ!」
「やめてよ、お願い、においなんてかがないで、は、恥ずかしいよ……!」
抵抗してみせるユウの足をがっちりとつかんで離さず、ゲンキは鼻を押し付けるようにしてにおいを嗅ぐが、やはり、ゲンキ自身の足のようなにおいはない。
汗のにおいは当然としても、それにしたってゲンキの足と比べたら。
自分で言うのもなんだが、まるで生ごみをぶちまけたドブのようなゲンキの靴下に対して、天上界の花畑か何かのようなユウの足。
「……やめてゲンキ、くすぐったいよ、やめ……恥ずかし――やだ、いや……!」
「なんでだ? なんでこんなににおわないんだ? おいユウ教えろよ、お前、家で何かやってる?」
もはや抵抗する気力も失ったかのように手足から力が抜け、か細い声で、ただくなくなと首を振るユウに、においを嗅ぎながら、なぜ足が臭わないのかを真剣に問い続けるゲンキ。
「なあ、ユウ、なんで――」
やっとこさユウの足から顔を上げたゲンキが見たものは。
顔を紅潮させ、目をとろんとさせて肩で息をしているユウと、
おもいっきり引いてるバス待ちの人々と、
そしてなぜか警察に痴漢の通報を始めているオバサンの姿だった。
「死ぬかと思った……」
「……ご、ごめんね?」
「いや、あれは俺が悪かった」
もうすぐユウの家に着く――その路上で、それまでユウをおんぶして走ってきたゲンキが、電柱にもたれかかるように座り込みながら、ぜいぜいと荒い息をしていた。
「けどあのオバサン、なにがチカンだよまったく! 警察に通報するか、普通? 俺ら、男同士だってのに」
うめくゲンキに、ユウは苦笑いだ。
あのとき、ゲンキは地面の鞄を拾い上げユウの体をかっさらうように肩に担ぐと、その場から一目散に逃げだしたのだ。まるでユウを拉致するがごとく。
「だって、ひとの足のにおいを嗅いでる男子高校生だよ? 変質者さんに見えたって、しかたないんじゃないかな?」
「おいユウ、お前までそんなこと言うのか? 俺、聞いただろ? なんでそんなに足がにおわないんだって。俺は純粋に……」
「純粋に知りたくても、ひとの足の裏のにおいを嗅ぐなんて、ふつうしないよ?」
ユウが、小さく笑う。
「それも、鼻をぴったりとおしつけてまで」
たしかに変質者っぽいかもしれない――ゲンキはその時の状況を思い出し、ぐうの音も出なくなる。
だが、すぐに反撃用の爆弾を用意した。それもこれならユウも反論できないだろう、特大級のものを。
「そんなこと言ったら、男トモダチのオナニーをわざわざ見たがる奴だって普通じゃないぞ」
「あ……あれは! あれはふたりきりだったじゃない! ゲンキは、たくさんの人が見てる前だったんだよ? くすぐったくてたまらなかったし、ほんとに、ほんとに恥ずかしかったんだから! あんなところでボクの足のにおいを真剣にかぐんだから、ゲンキの方が普通じゃないよ!」
一瞬だけ、ユウも言葉に詰まったようだったが、すぐに返されてしまい、やはりゲンキの方が変質者度が高いことを証明されてしまったようで、ゲンキはもう、何も言えなくなる。
「……わかった、もういい。どーせ俺の方が変質者だよ」
ゲンキはようやく立ち上がると、尻のほこりを払って歩き出した。
ユウもその左隣を歩く。
左隣――いつのまにか、それがユウの定位置になっていた。ゲンキは、隣を歩くユウを見て思う。
いつのころからかは記憶にないが、ゴールデンウィークを過ぎたあたりにはもう、それが二人の当たり前になっていたような気がする。
「ユウの家、もうすぐだよな」
「うん。――ゲンキ、今日はありがとうね?」
街灯に照らされるたびに見えるユウの顔は、何が嬉しいのか、そのたびにニコニコしている。
「気にすんなって、俺のせいだから」
「そんなことないってば。――そうだゲンキ、うちでお茶、飲んでいってよ。ボクを担いで走ったんだし、疲れたでしょ?」
ユウの提案に、ゲンキは首を振った。
「そりゃまずいだろ。こんな時間だし、ユウの親にしてみたらこんな時間にお邪魔する奴なんて、文字通りの邪魔モノだろ」
「だいじょうぶだって。ゲンキはボクを担いできてくれたんだから。お茶くらい」
「いや、8時、とっくに過ぎてるじゃないか。さすがにまずいって」
「だいじょうぶだから。ゲンキのことはボク、お母さんにも話したことあるから」
押し切られるようにしてユウの家の玄関に立ったゲンキを迎えたのは、やけに若く見える、ユウの母親だった。
「ユウ、おかえり――って、あなたは……ひょっとして、ゲンキ、くん?」
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