第26話:こんなに硬くしちゃって……

 電車、そしてバス。ゲンキはユウの手を引っ張って、なんとか席を見つけてはユウを座らせ、ゲンキ自身はその前に立つようにして、残りの行程を消化した。

 ユウは気恥ずかしそうにしていたが、腹痛を抱えるトモダチを立たせておくわけにはいかないと、まるでセレブに仕えるガードマンかなにかのように、ゲンキはユウの前に立っていた。




「い、いいってば、ゲンキ、大丈夫だから……」

「俺があの時、無理に手を引っ張って立たせようとしたからくじいたんだ、俺の責任だから」


 ここはユウが降りるバス停で、ゲンキが降りる予定のバス停は、ずっと先である。

 しかしユウが止めるのも聞かず、ゲンキは先にバスを降りていく。


「ほら、早く来いよ」


 ゲンキは手を差し出して、ユウがバスを降りるのを待つ。


「げ、ゲンキの家まで、まだだいぶ遠いじゃないか。なのに、こんな……」

「だから、お前が途中でコケて怪我したりしたら大変だろ。その捻挫は俺のせいなんだから、今日くらいはな」


 ユウは戸惑いながら、ゲンキの手をとり、バスを降りる。

 いつも乗り降りしているはずなのに、今日は段差がやけに大きく感じる。

 ユウはなにやらひどく落ち着かない様子でうつむきながら降りてきたが、最後に地面を左足で降りてしまい、


「いっ……あっ!?」


 バランスを崩すと、ゲンキに向かって倒れ込んでしまった。

 昇降口の位置エネルギーぶんを含めた、人ひとりぶんの運動エネルギーを唐突に食らって、ゲンキもとっさには受け止めきれず、よろけて倒れてしまう。


「お客さん! どうしました? 大丈夫ですか?」


 バスの運転手が、身を乗り出すようにしてこちらに声をかけてきたのが分かる。


「だ、大丈夫です、バランス崩してコケただけですから。すんません、俺らすぐどきます!」


 バス停にいた人たちも、バスの出口付近で転んだ高校生ふたりに、はじめは声をかけようとした者もいた。

 しかし、体格の大きな方が素早く起き上がると、小柄なほうを引き起こしてすぐにベンチに座らせたのを見て、すぐに興味をなくしたようだった。




「……ごめんね?」

「気にすんな。ユウの足のけがは俺のせいだから」

「そんなこと、ないよ。ボクが……」

「いいから」


 ユウのほっそりとした足首をみる。

 小さな、ひまわりのような花の刺繍がワンポイントとして入っている、白い靴下。

 その下には、ベージュのテーピングがなされている、白い肌の足があった。


 ゲンキは思わず息を呑む。こんなに色白でほっそりとして、そして滑らかな肌の足を、ゲンキは見たことがなかった。

 運動しない奴って、男でもみんなこんなんなのかな――思わず見入ってしまう。


 けれど、その足首に巻かれた無粋なテーピングは、よく陸上部員が怪我をおして練習するときに見かける、ギプス並みの強固なものとは違っていた。

 足の甲をスタートにして、くるぶしを経由して足首の裏を通り、そしてまたくるぶしを経由して足の甲に戻ってくるだけの、本当に簡素なものだったのだ。これでは足の固定も不十分だし、歩く時にも痛むだろう。


 ゲンキは自分のサブバッグの中から、自分が怪我をしたときのために常備しているテーピングテープを取り出した。


「げ、ゲンキ、いいよそんな! それ、たしか高いんでしょ?」

「ユウの足のけがは俺のせいだから」

「いいってば、ゲンキ、ボク、そんな、悪いよ」

「いいって」


 ゲンキは、先輩から教えてもらった陸上部伝統のテーピング法を元に、ユウの足を固定していく。


「これ、俺たちが捻挫したときも走れるようにするための方法なんだ。別に我流じゃなくて、大学でやってる陸上教室で先輩が教えてもらってきた、正しいやり方なんだぜ?」


 そう言ってゲンキは、ユウの白く華奢な足に、テープを手早く巻き付けてゆく。


「いっぱい使っちゃったね、テープ。ゲンキのものなのに。こんなに硬くしちゃって……こんな足でボク、歩けるのかな?」

「むしろ楽に歩けるようになるはずだぞ? 多少の捻挫でも、ここまでやれば痛みもなく歩けるようになるし、軽くなら走ったりもできる。もうしばらく家まで歩くんだから、足の固定は大事なんだって」


 ユウの足は、足首を中心にすっかりテープで覆われてしまった。

 だが、だいぶ暗くなってきた中で、その足のつま先が、テープに覆われていない肌の白さが、やけになまめかしく目に飛び込んでくる。


 ――ああ、もう、チクショウめ!


 ゲンキは、再びムクムクと起き上がってきてしまった自分の中心部分に、どうしようもない苛立ちを感じた。


 ――男トモダチの足を見てつなんて、俺は一体どういう変態なんだよ!


 もちろん、自分がユウの足を見て欲情したのではなく、その白いすべやかな足の肌を見て、例の保健室の、あの幻のように美しい素肌を思い浮かべてしまったせいだというのは、自分でも理解している。


 だが、ユウの足を見て保健室のあのを連想するなんて――それどころか、思い浮かべるだけでこんなにもしてしまってる俺はどんだけ溜まってるんだよ――そう、自己嫌悪してしまうのだ。


「ゲンキ……? どうかした?」


 頭上から降ってきたユウの言葉に、ゲンキは自分の手が止まっていることに気がついた。


「あ……ああ、ごめん!」


 ゲンキが無理やり浮かべた笑顔に、ユウは何を感じたのか。

 ゲンキの顔を見てユウも浮かべた笑顔に、どこか無理を感じるゲンキ。


 とにかくテープの後始末をしてしまおう――ゲンキはままならぬ股間のことは開き直ることにして、後始末――ふくらはぎの下あたりをぐるりとテープで留める。


「……これでおしまいだ。今夜から明日一日は、このままでいいから。風呂はまあ、あきらめてくれ。体を拭くくらいにしとけよ」

「え、お、お風呂、入ったらだめなの?」


 ゲンキの言葉に、途端にうろたえるユウ。


「あの、ボク、いまお風呂入れないと、とっても、とっても困るんだけど……!」

「一日くらい我慢できないのか? 濡れタオルで拭けばいいだろ? なんならそこら辺のコンビニで、汗拭きシートでも買ってくか? あれ結構、スカッとしていいんだぜ?」

「む、むりだよ、いやだよ……! ど、どうしても洗いたいところがあって……!」


 食い下がるユウに、ゲンキはなんだ足でも臭いのか、と笑ってから付け加えた。


「だったら、そうだな……今日は足に袋をかぶせてガムテープで止めて、シャワーを浴びるだけくらいにしとけよ」

「足に袋を被せれば、お風呂に入ってもいいの?」

「せっかく巻いたテーピングを濡らしたくないだけだからな」


 ほっと胸をなでおろすユウ。


「じゃあ、テープをぬらさないようにするなら、お風呂に入ってもいいんだね?」

「おう、いいぞ。なんなら濡らさないように気を付ければ、足だけ出して風呂に浸かったっていいし、足の指先だって洗っていい」

「そうなんだ……よかった」

「どうしても洗いたい場所ってどこなんだ? 足か? チンコか?」

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