第22話:ボクのおまたに手を差し込んで

「そうだよ? だってボクも――」


 言いかけて、ハッと口を押えるユウに、ゲンキはいぶかしげに問う。


「ユウも、……なんだ?」

「え、あ……あ、あッ――」

「そういえば、生理のことですごく詳しかったな。実感こもってる感じですごく勉強になったけどさ、なんでそんなに詳しいんだ? どこで知ったんだ?」


 興味を持ったゲンキに対して、ユウは目をそらすと、明後日の方を見ながら妙に明るく早口でまくし立てた。


「ほ、保健だよ! 性学習の時間! や、やだなあ、お手当ての仕方って、あったでしょ!?」

「生理用品の種類はやったけど、具体的にどうだとか、腹痛がどんなものだとか、そんなこと、やってないような?」

「そ、そうだっけ……!? も、もしかして、寝てたってことは――」

「ソラタも俺も、あの時間で寝たことは多分ない」

「ひんっ……!」


 ユウは頭を抱えて、そしてなにか思いついたように顔を上げる。


「あ……あの、あの、そ、それはボクのお、お姉さんが、すごく、生理が重くって、それでいろいろ聞いていたので! そ、そうなの、お姉さんが教えてくれたので!」

「ふうん? 姉貴から聞いたってことか、そりゃ――」

「あれ? ユウ、お前に姉ちゃんなんていたっけ?」


 ようやく回復してきたらしいソラタが、椅子の背もたれから体を起こして不思議そうな顔をする。


「え? あ、……え、えっと、えっと! し、親戚! 親戚のお姉さんだよ! な、仲がいいから、色々、教えてくれて!」

「親戚?」

「そう! 親戚!」


 ゲンキの手を取りぶんぶんと首を振り回す勢いでうなずくユウに、ゲンキはあいまいな笑みを浮かべてうなずき返した。


「そ、そうか……」


 普通、そういうことって、いくら仲がいいからって、教えるものなのだろうか。

 ……いや、逆に言えば、教える代わりに、体調が悪いときにこき使われるとか?

 つまり、この「仲がいい」と本人が主張する「親戚のおねーさん」には逆らえない圧力を常に受けている、とか?


 ……郷里のねーちゃんには死んでも逆らえないとかいうキャラクターを、どっかで見たことがあるような気もしないでもないような。


 ゲンキはいろいろと考えを巡らせ、そっとしておいた方がいいと結論付けた。

 うんうんとうなずきながら、自分の手をつかんで振り回し続けるユウを見つめた。


「ちょっと、なんでそんな、かわいそうなものを見るような目なの!?」

「いや、だって……なあ?」


 ゲンキはややひきつった笑いを浮かべて、返した。


「いや、その……俺の手をつかんで振り回して……いろいろ、ガツンと言いたくても言い出せないようなものが溜まってるんだろ?」

「ふえ……? ひあぁぁああっ!?」


 ユウはつかんでいたゲンキの手を、大げさに離して飛びすさる。その拍子に隣の席の椅子に引っかかってそのまま椅子にすとんと座るようにしたまま倒れ込み――


「ユウ!」

「ひぎゃあっ!」


 ゲンキが手を伸ばしたときには、複数の机やいすを巻き込んで、盛大にひっくりかえっていた。

 さすがに皆がユウのほうに注目するが、ゲンキが立ち上がって手を伸ばしているのを見て、皆も心配そうにしつつも、席に戻る。


「おい、ユウ! 大丈夫か!」

「きゅぅぅ……」


 なにせ座った状態から後ろに倒れ込んだのだ。ゲンキはユウが頭を打っていないか心配したのだが、あけっぴろげに大きく広げられた両脚の間の根元――会陰えいん部が天井に向かってさらけ出されているのにも、呆れてしまう。


「……ほら、ユウ。手。大丈夫か、頭、打ってないか?」


 ――チンコ、じゃないよな?

 妙に平たく盛り上がっている会陰部に違和感を覚えながら、ゲンキは右手を差し出した。

 ところがユウは目を開いたとたん、甲高い悲鳴を上げて両手で股間を押さえ、空中で膝を閉じたものだから、思い切りユウの太ももで右腕をはさまれる。


「……おい」


 痛みはなかったが、妙にふかふかで柔らかい太ももに腕を挟まれて、ゲンキは身動きが取れなくなってしまった。

 自分の鍛えられた太ももとは大違いの感触に、運動してないとこうなるのか、とへんな感慨を抱きながら、無理矢理腕を引っこ抜く。


「ひゃあん!?」


 さらにユウの悲鳴が上がる。ユウはひっくり返ったまま、股間を両手で必死に隠しながら、脚をバタバタさせた。


「……女みたいな声、出すなよ。それよりさっさと起き上がったらどうなんだ」

「げ、ゲンキが悪いんだよ!? ぼ、ボクのおまたに手を差し込んで動かすだなんて……!」

「ばっかやろ……お前が勝手に俺の腕を挟み込んだんだろ?」

「げ、ゲンキはボクになにするつもりだったの!」

「ひっくり返ったから起こそうとしただけだ! おかしな誤解を招くような言い方するなって」


 ゲンキの怒ったような声に、ユウはやっと現状を把握したらしい。股間は両手で隠したままだが、脚の動きを止める。天井を見上げるような恰好のまま、ややうつむき加減にゲンキに尋ねた。


「……見た?」

「なにをだ、それより頭打ってないかおまえ。さっきから反応がおかしいぞ。ほら、つかまれよ」


 ゲンキが伸ばした手をつかもうとして、それまで自分の手がどこを押さえていたのかに考えが巡ったのか、手のひらを瞬時見つめて急に手を引っ込めてしまった。


「気にしてねえよ、男同士だろうが」


 ゲンキは身を乗り出すと、ユウがひっこめたその手を強引につかんで引っ張る。

 ユウはよろけながらも立ち上がるが、その際に椅子の脚を不自然な形で踏んでしまったらしい。がくんとバランスを崩し、ゲンキに向かって倒れ込んでしまった。


「おっ……と。おい、脚に力、入らないのか?」

「だ、だい、じょう、ぶ……」

「やっぱりアタマ打ったんじゃないのか? 立てないんだったら、保健室に行くぞ?」

「い、いい。いいよ、背中、と足首、いたいだけ、だから……」


 自分にもたれかかるユウの言葉に、ゲンキも納得する。あれだけ椅子や机を巻き込んで倒れたのだ、背中くらいは打っているんだろう。


「なんだ、やっぱり痛むんじゃないか。保健室に行こうぜ、肩くらい貸してやるよ」

「だ、大丈夫だって。歩けるし……っ!?」


 鳴り始めた予鈴に合わせて歩き出そうとして、そのままユウは、左足首を抱えるようにしゃがみこんでしまった。


「どうしたユウ、お前、足首ひねったんじゃね?」


 ソラタが椅子から、心配そうに体を伸ばしてのぞき込む。


「だ、だい、じょうぶだよ。ちょっと、いま、ひねっただけで……」

「やっぱ俺、ユウを保健室に連れてく。背中も足も心配だけど、頭だって本人が気づいてないだけで打ってるかもしれない。次は世界史だったな。ソラタ、青衣アオイ先生ちゃんにそう言っといてくれ」

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