第20話:生理がただの腹痛なわけないでしょ

「……生理、かな?」

「生理?」


 ソラタが、顔をしかめる。


「なんで? 女子なんか生理を理由にして体育とか部活とか、ていうか普通の授業だってサボれるじゃねえか。オレら男にしてみたら、めっちゃうらやましいだろ?」


 その時、委員会の仕事内容について先輩から呼び出しを受けていたゲンキが、教室に戻ってきた。


「なに話してるんだ?」

「ああゲンキ、女子の何がめんどくさいって話してたんだけどさ。ユウが、女子の生理がめんどくさいって」

「……生理?」

「ちょ、ちょっと! ソラタ、声が大きいよ!」


 ユウが顔を赤くしてきょろきょろしながら人差し指を口に当てる。昼休みということもあって教室にはそれほど多くの生徒は残っていなかったが、男子も女子も、半分近くは、それぞれが思い思いの場所で、それぞれにくつろいでいる。


「生理なんか、女子がサボるちょうどいい言い訳になってるから、オレらはうらやましいくらいだよなって話、してたんだ」

「ぼ、ボクはうらやましいなんて言ってないよ!」

「生理か……。確かに生理中のオンナってめんどくさいよな。体育はサボるし、ずっと機嫌悪そうな顔してたりするし、なんか急に怒り出したりもするしさ」


 ゲンキの言葉に、ユウはハッとしたような顔をする。


「げ、ゲンキ、この話題はやめよう? その、周りで聞こえてる女の子が気を悪くしそうだし……」

「そんなの知るかよ、生理を理由に体育サボるヤツが悪いんだから。一カ月のうち、何回生理来てんだって奴もいるし」

「せ、生理の話なんて、ゲンキにしてほしくないもん!」


 ユウがわたわたと慌てるが、時すでに遅し。


「なに、生理中の女子は面倒だって言いたいわけ?」

「いえマホ様! 私は彼女を紹介していただけるマホ様の忠実な犬、間違っても女性が面倒だなんて思っていません!」

「言っとくけどソラタ、あたし別にあんたにカノジョ紹介するつもりなんてこれっぽっちもないから」


 ソラタが白目をむいてくずおれるのを無視して、マホが続ける。


「それよりゲンキ、サボるってどういう意味? 女子はみんな、生理でごまかして、なんでもかんでも都合よくサボってるって意味?」


 挑発的なマホに、ゲンキは面白くもなさそうに答える。


「……そこまでは言わねえけどさ、でも――」

「実際そうだろ! 授業はサボる、部活もサボる! 日焼けが嫌なのか着替えるのがめんどくさいからか知らねえけどさ、特にプールの日なんか生理の奴が急に増えるよな! 先週のプールの時なんか、女子の八割は見学だったしな!」


 ものすごい勢いで立ち上がったソラタが、マホに向かって一気にまくしたてる。


「で、そのことでオトコが文句を言うと、今度は今のお前みたいに噛みついてくる奴がいる! 一緒に海に行ったカレシには水着姿、見せるのによお! ああもう女子ってやつはめんどくせえぇぇぇええっ!」

「それあんたが女子の水着を見たかっただけでしょ」

「うるせえよモテねえ男がロマンを感じる一番の時間を休みやがって! お前らにはサービス精神ってもんがねえのかよ!」

「あんたみたいなケダモノがいるから、水着になりたくないっつーのに」


 血涙でも流しそうな鬼気迫る表情で訴えるソラタを見て、ゲンキはじつにすまなそうにマホに頭を下げた。


「ゴメン今だけはこいつと俺を同じ扱いにしないでくれ」

「うんそれは分かってるから別に気にしてないけどね?」

「おまえらに情けはねえのかよっ!」


 ソラタの絶叫に、三人は顔を見合わせる。


「悪いソラタ擁護できない」

「今のあんたはマヂでムリ」

「ボクもちょっと無理かな」

「おまえらそこになおれ!」




「ま、こういうデリカシーのないことを平気で言うような男のことを好きになる女子なんて、フツーいないと思うけどね」


 マホの言葉に、ソラタが反発する。


「そういう言い方も卑怯だよな。そんなの、好きになった奴は別に決まってるだろ。だからオンナはめんどくさいって言うんだ」

「あんたがめんどくさいって言う生理と、女子の大半は毎月付き合って生きてんの。それを分かろうとしない男子に腹立つのは、女子全員の意見だと思うけど?」

「ただのハラいた、それも死ぬような痛みってわけでもねえんだろ? 俺だってたまにハラいたになるけど、学校休んだりはしねえよ」

「ただの腹痛――ふうん、そう思ってるんだ」


 ふんぞり返るソラタの股間を、マホが無造作に蹴り上げた。


「ふぉぶっ!?」

「ま、マホ、それはボク、やりすぎな気が――」

「ユウ。アホは死すべし、慈悲はない」

「だからっておちん――お、おまたを蹴るなんて、それは、ちょっと……!」

「たかがハラいたなんだから、耐えれるでしょ?」


 床で転げまわるように悶絶しているソラタを心底汚いものでも見るような目で見下げているマホに、ユウが何度もゲンキとソラタを見比べながら訴える。どうも、ゲンキがユウの鞄で股間を打ち、しばらく脂汗を流していたアレを思い出したらしい。


「生理がただの腹痛なわけないでしょ」


 マホは、冷厳とした口調で続けた。


「いい? あんたら男子は金的を食らったあと、お腹を抱えてうめき続けるよね? あんな感じで、お腹の奥にずん、ずんってくる痛みが、繰り返し続くの。そうね、三日から一週間くらい」


 下腹を抱えて「ふぉぉおおおぉぉおおぉ……」とうめき続けるソラタと、顔を引きつらせるゲンキを交互に見下ろしながら、マホは淡々と続けた。


「お腹だけじゃないわ。腰が痛くなることもあるし、頭痛なんかもある。たしかに命に係わるほどの痛みじゃないけどね? その鈍痛が組み合わさって、それが延々と、一週間くらい続くんだよ。いまのソラタは腹痛だけで悶絶してるけど、お腹だけじゃないんだからね。

 ――それに加えて体のだるさもあるし、中には熱が出る子だっている。繰り返すけど、それが一週間くらい」


 聞きながらこくこくとうなずくユウ、顔がひきつったままあいまいな笑みを浮かべるゲンキ、変わらず悶え続けるソラタ。


「毎月毎月、少なくとも三日はキツい状態で、それを含めて一週間くらい、体調不良が続くわけ。症状はいずれ収まるといっても、一カ月の四分の一が、そういう不快な状態なの。わかる?」


 大きくうなずくユウ、釣られるように小さくうなずくゲンキ、相も変わらず床でうめき続けるソラタ。


「――そんな状態だから気分も最悪だしイライラしたりもするし。好きな相手にしたくもないケンカまでしちゃったりするし! まさしく今のわたし! 全部生理のせいよ、悪かったわね女子で、生理で!」


 脂汗を垂らしながら、ソラタが恨めし気にマホを見上げる。


「お、おまえ、自分の……八つ当たりだったのかよ?」

「そうよ自分の生理痛の八つ当たりよ何か文句ある?」


 そう言ってマホは鼻息荒く身をひるがえして自分の席に戻ると、机の中からポーチを取り出して教室を出て行った。


「……あいつ、生理だったのか。これだから女子は……」


 生理コワイ生理コワイ生理コワイ、とうめき続けるソラタを呆れたように見下ろしながら言いかけたゲンキに、ユウが少し、悲しそうな顔をした。


「ゲンキ、生理は女の子の大事な日なんだよ? 『これだから』なんて言い方、しないでほしいかな……」

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