メンスとダメンズ

第18話:一生、特別な『トモダチ』

 ――女ってホントにめんどくせえなあ。


 廊下でさめざめと泣いている女子と、それを囲む幾人もの女子の人だかりに、ゲンキは耳をほじくりながら思った。


 どうも真ん中で泣いてる女が、カレシに振られたらしい。で、それを慰めるために、周りに女子が集まって、女子トイレの入り口から広がる形で、廊下を占拠しているという状態らしかった。


「これだから女ってめんどくさくて嫌なんだ」


 朝、登校して教室に向かっていたらこれだ。中学まではたまに見られた景色だが、高校でも見るはめになるなんて、と、ゲンキはうんざりした様子でつぶやいた。


「女子って奴は、すぐ泣けばいいと思ってる奴がいて、周りで同情すれば解決すると思ってやがる奴らがいてさ。そいつらが集まると、大抵ろくでもないことになる」

「……ゲンキ、あんまりそういうこと、思っても言わない方がいいよ?」

「そうだけどさ、めんどくさいのは事実だしな」


 ユウにたしなめられても、ゲンキは面倒くさそうな様子を隠そうともしない。


「ねえ、ゲンキ。ボク、ゲンキの正直で飾らない所が好きだけどさ、でも、それは違うと思うよ? 誰かが悲しんでるのを、面倒くさいっていうのは」

「……お、おう」


 いつになく真剣なユウの表情に気圧されるように、ゲンキは小さく、何度もうなずいた。


「おう、ゲンキ! ォはよ!」


 教室に入ると、めずらしくソラタがいた。


「珍しいな、お前が俺らより先に来るなんて」

「今日からしばらく親が早番でさ、早く家を追い出されたんだよ」


 ソラタが大げさに嘆いてみせる。


「学校に早く着いたって、なんにもいいことねえからな。せめてカノジョでもいればさ、この無意味な待ち時間もシアワセタイムになるのによお。どっかに俺のカノジョになってくれる可愛いコ、空から降ってきたり落ちてたりしねえかな」

「たとえそーいうのがいてもお前のカノジョにはならねえよ絶対」

「うるせえ」


 ソラタと互いに小突き合いながら、ゲンキは席に鞄を放る。いつものようにユウの席に向かおうとすると、ユウがちょうど席を立ったところだった。


「ん? どこ行くんだ?」

「え、あ……」


 ユウは手に持ったものを後ろ手にすると、すこしひきつった笑顔で「お、お手洗い、行ってくるから」と、小走りに廊下に出て行った。


 いつも、どちらかというとおっとりとした動作のユウが小走りとは珍しい――そう思って、ゲンキが廊下を見る。相変わらず、女子トイレの前は例の女子の塊があって、他の登校してきた生徒たちも迷惑そうな顔をして避けていた。


 ユウは戸惑うようにトイレの前でキョロキョロすると、男子トイレと女子トイレの間――バリアフリートイレに入ってゆく。

 男子トイレも埋まっていたのだろう。そんなに我慢していたのだろうか――ゲンキは登校中の様子を思い浮かべるが、ああ、と思い出す。


 ――そう言えば、電車ではときどき腹を押さえていた気がする。朝っぱらから、腹を壊していたのかもしれない。




「ゲンキって、マジでカノジョ、欲しくねえの?」


 ゲンキの後ろに座ったソラタの、いったい何度聞かれたのか、おそらく両手の指では数えきれないほど繰り返された質問に、ゲンキも飽きずに答える。


「だからさ、前から言ってるだろ。俺だってソラタが言ってるみたいに、カノジョがいたらいいなあって思う時もあるけどさ、そんな欲しいとも思えないんだって」

「なんでだよ。カノジョ、いいじゃん。可愛くてさ、きらきらしててさ、そんでもって『ソラタくん、お弁当、作ってきました。食べてもらえますか?』とか何とか言ってきたりしてさ! あーっ、カノジョ欲しーいッ!!」


 わざわざ声色を変えてまで願望を口にするソラタに、ゲンキは苦笑いする。


「だってさ……。さっきもほら、廊下でグズグズ泣いてる奴いただろ? ああいうの見るとめんどくさいって思うんだよな」

「バッカおめー、そんなこと言ってるからカノジョできねえんだよ」

「だから別にそこまで欲しいってわけじゃねえって」


 ゲンキのいつもの言葉に、ソラタも大げさに頭を抱えてみせる。


「かーっ! これだから脳みそまで筋肉なヤツは!」

「じゃあそのピンク色の脳みそをフル活用してさっさとカノジョ作ればいいだろ」

「バカやろ、オレには出会いがないの。お前はフラグがあってもへし折ってんの」

「フラグってなんだ、審判員やったこともあるけど手旗なんか折ったことねえぞ」


 不思議そうな顔をするゲンキに、ソラタがこれまた大げさに嘆いてみせる。


「バッ――お前な、どんだけ脳みそが陸上で埋まってんだよ。フラグってのはな、攻略手順のこと!」


 ソラタがヒロイン攻略の手掛かりから死亡フラグまで解説をしていたとき、予鈴が鳴り、ユウも戻ってきた。


「なに、ソラタ。天井を仰いで、なにをうめいてるの?」

「ゲンキがカノジョなんて欲しくないっていうから世の不条理をはかなんでいた」

「あ、あはは……」


 ユウがひきつった笑いを浮かべる。


「それは、ゲンキの、いつものことじゃないかな?」


 いっつも女の子のこと、面倒くさいって言ってるし――そう言って、ゲンキの顔を伺うようにするユウ。


「実際、めんどくさいだろ。カレシだカノジョだもそうだけど、オンナ同士のマウントの取り合いも、見てて見苦しいしめんどくさい」

「バッカおめー、そんなの些細なことじゃねえか。カノジョになったらそんなことしてられないだろうしな!」

「なんでそう思えるんだ?」

「そりゃ、オンナ同士でいがみ合ってる暇なんか、カノジョになったオンナノコにあるわけないからだろ。カレシといちゃつくので手一杯になるに決まってる」

「お前の頭の中はピンクのうえにスカスカってのがよく分かった」

「お前の、筋肉しか詰まってない脳みそよりはよっぽどマシだろ」


 二人でじゃれ合うゲンキに、ユウがそっと横から口をはさむ。


「……ゲンキは、そんなに、カノジョがいらないの?」

「いらないってか、今はそんなに欲しいとは思ってないって言ってるだろ?」

「どうして?」

「だって、付き合うってなったらめんどくさいだろ。プレゼントとかデートとか、服だって色々言われるかもしれないしな。今の友達だけで、俺は十分だ」


 ゲンキの言葉に、ユウはすこし、嬉しそうにした。


「……そっか、ゲンキが付き合うのは『トモダチ』だけなんだ……そっか」

「ほら、宇照先生も言ってたじゃん。高校時代のトモダチってのは――」


 ソラタの言葉に、ゲンキが続ける。


「――特別で、生涯のトモダチになる、ってな。俺たちは一生、特別な『トモダチ』だ」

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