第17話:好き合ってるどうし……?
「……昨日は、ごめん」
「ごめん? なにが」
「……その、へ、へんなおねがい、しちゃってさ……」
ああ、アレか。ゲンキは苦笑いする。例のアレの話かと。
「俺が、TE〇GAの話なんかしちまったから悪いんだよ。俺こそへんなこと教えて悪かった。アレはちゃんと捨てておいたから、また今度買って返す」
「や、やっぱり捨てちゃったんだ……。じゃ、じゃあもう、いい! いらないよ!」
妙にがっかりして見せるユウが気の毒に見えて、ゲンキは力強く返事をした。
「いや、そりゃだめだ。1000円近くするモノだからさ、さすがに俺が使ってそのまま捨てて終わりってのは良くない。俺、ちゃんと買って返すから」
しかしユウはユウで、頑固に拒否をする。
ゲンキにしてみれば、「使い捨て」の消耗品ではあっても繰り返し洗って使いたくなるほど、
「ほんとにいらないから! ゲンキがそんなお金、使う必要なんてないから!」
「そういうわけにはいかないだろ。じゃあ現金で……っと、いまちょっと財布ん中にカネ、あんまりないから、また今度払う。それでいいよな?」
「ち、ちがうって! ホントにもういらないの! ゲンキが使ったのでなきゃ――」
「いや、だめだ。今度払う。カネの問題は俺、きっちり
ゲンキもまた、頑固だった。貸し借りを作りたくない、というのが彼の主張であり、ユウがいくらいらないと言っても、何かしらの形で返すと言って聞かない。
「ほんとにいいんだってば! ボクが勝手にお願いしたことだし、それに、ゲンキに嫌な思い、させちゃったし……」
「俺が払うって言ってんだぞ? 何がだめなんだ、めんどくさい奴だな」
ゲンキが何気なく言った瞬間だった。
ユウはびくりと体を震わせた。
「め、めんどくさかったかな、ボク……」
「借りっぱなしじゃ俺の気が済まないからって言ってるんだから払わせろって、……こっちは……その、言ってるのに、お前、頑固だからさあ……」
うつむいてしまったユウの声が震えていることにさすがに気づいたか、ゲンキのトーンも徐々にさがってゆく。
「……いや、その……。俺のプライドの問題でさ、その……」
気まずそうに尻切れトンボになってしまったゲンキ。
ユウのほうは、しばらくうつむいたまま、すこし、肩を震わせていた。
「……じゃあ、いいよもう。ユウの言う通りで。これ以上、めんどくさいからな」
また、ユウの肩が震える。
「悪かった。変な時間まで付き合わせちまったし。もうこの話はおしまいだ、帰ろうぜ」
立ち上がったゲンキに、弾かれるようにユウも立った。
「ま、まってよ!」
ユウも立ち上がると、ゲンキの手をつかんだ。しかし振り返られて、なにかに気づいたように手を離す。
すがるような目で見上げられ、ゲンキはどこかいたたまれない気持ちになった。
自分が悪いとは思えなかったが、そんな目で見られると、どうにもやりにくい。
「ゲンキ、あのね? お、おかねのことだけど、あの……」
「だからもういいって、その話は。今、終わりにしただろ。さっさと帰ろうぜ」
蒸し返されたと感じたゲンキは、うんざりした様子で返す。
「ち、違うよゲンキ、あの、あのね……!」
ユウは再び視線を落とすと、少しためらってみせたあと、かすれる声で、続けた。
「……800円ぶんでいいから、その……今度の土曜か日曜、一緒に、デ……っ……」
言いよどんだユウの顔を、ゲンキが怪訝そうに覗き込む。
「で?」
「……ぇっと! あ、あの! ででできれば、あ、遊びに行かない?」
「遊びに?」
顔をのぞき込まれたためか、ひどく驚き奇妙なパントマイムを見せるユウに、ゲンキは苦笑いを浮かべる。
「どこに?」
「え、えっと! ほら、この前リニューアルした、『
そういえば、ひと月くらい改装工事をしてたっけ、とゲンキは思い出す。テレビでもCM、やっていたっけかな。別に買いたいものなんてないけど、様子を見るくらいなら。
「……まあ、ユウがそれでいいなら、別にいいけど」
「ほ、ほんとに? ゲンキ、ほんとにボクと――」
それまでのしおれっぷりから、まるで生き返ったかのようだと、ゲンキは吹き出しそうになる。
「ソラタもだよな?」
だから、何気なく言ったこの言葉に対して、ユウがひどくがっかりしてみせたことに、怪訝そうな顔をした。
「どうした?」
「……げ、ゲンキ、あのね? ボク、ゲンキを誘ったんだよ……?」
無邪気に喜んでみせたその口で、今度は妙に恨みがましい目とともに訴える。
「なのに、どうして、ソラタなの?」
「だってトモダチだろ? 誘わないとあいつ、『なんでオレを混ぜねえんだ』って、絶対にひがむぞ?」
ゲンキにしてみれば、ユウも大切なトモダチだがソラタも大切なトモダチだ。この三カ月、なにかしらあれば、いつも一緒に行動していたのだ。一緒に遊びに行くのに何の問題があるのだろう。
「……ゲンキって、ひょっとして、ボクのこと、きらい……?」
「だからトモダチとして好きだって言ったじゃんさっき」
「……トモダチ……そ、そうだよね、ボクたち、『トモダチ』、なんだよね……」
うつむき加減に、小さな声でつぶやくユウ。さっきからアゲたりサゲたり入れ替わりが激しいユウの態度に、ゲンキは「忙しいヤツだな」とため息をつくと、その背中をぽんと叩いた。
「ひゃんっ」
「俺たち、トモダチだろ? トモダチじゃなかったら、じゃあ何なんだ?」
「……トモダチじゃなかったら?」
「ああ」
ユウはしばらく迷っていた様子だったが、どこか恥ずかし気な、けれどどこか期待の色を込めたような、そんな上目遣いで、口元を指で押さえるようにして、ためらいがちに言った。
「――す、好き合ってるどうし……?」
ユウの言葉に、ゲンキは一瞬、答えに詰まった。
ユウは、ためらいがちではあるけれど、まっすぐ、ゲンキを見ている。
――ユウはトモダチだ。
すんでのところで、ゲンキは踏みとどまる。
トモダチ、なんだ。
付き合いはまだ浅いけど、悪い奴じゃない。
俺とはちょっと、価値観が違うだけで。
正直に言うと、ユウの言葉にはドキッとした。
けれど、自分が答えに詰まったその一瞬。
その一瞬に見せた悲しげな目。
暗いなかでもはっきりわかったその目。
暗がりの中だから、だろうか。
悲しげな目、だからこそ儚げで、壊してはならないものに感じられて。
星が映り込んでいるかのように、その瞳がとてもきれいに感じられて。
小柄で華奢なユウが、自分をまっすぐ見上げてくる姿が、なぜだか妙に胸をざわつかせるように感じられて。
――オトコトモダチ、だ。
慌てて首を振ったゲンキは、ユウの頭に手を乗せた。
「……バカなこと言ってねえで――、それで、ソラタは呼びたくないんだな?」
言いながら、ぐしゃぐしゃとその頭をかき回す。
どこか思い詰めたような目を見せていたユウは、その手に驚き、小さな悲鳴を上げた。けれど、抵抗してみせるようなこともなかった。
むしろ、髪が乱されるというのに、くすぐったそうに、それでいてどこか嬉しそうに、されるがままになっていた。
「……ボクはゲンキと、二人で行きたいんだよ?」
「分かったって。とにかくそれでTE〇GAの分をチャラにするって話だな?」
「う、うん……」
「じゃあ決まりだ。今週末は俺、土日、両方とも強化練習会があるからさ。来週でいいか?」
「うん――うん、いいよ! ゲンキは部活、頑張ってるもんね。じゃあ、来週の週末ね! 約束、だよ!」
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