プライベート・ゾーン
第10話:ねえ、ユウもスカート履いたら?
「あれ? マホ、髪切ったんだね?」
ゲンキと一緒に教室に入ったユウは、席に着こうとして、金曜までの隣人との違いに気づく。
「そうそう! 暑くなってきたし、二センチばかり切っちゃった」
「うん、なんか軽くなった感じだね」
「でしょ?」
ゲンキはそのやりとりを聞いて戦慄する。
「……ユウ、なんで分かったんだ?」
「え? 見ればわかるでしょ?」
「わからねえよ! っていうか、女ってめんどくさいんだよな、男みたいにバッサリ変えりゃ別だけど、毛先だけ切って髪切ったとか髪型変えたとか。分かるもんか」
「え? そ、そう、かな……?」
「そうだよ!」
「なにそれ、わたしに対する当て付け?」
「お前がそー思うんならそうなんだろ」
ゲンキは頭をかきながら、鞄を放り投げた。彼の机の上に見事飛び乗った鞄は、そのまま滑って椅子の上に落ち、持ち主に代わって席に着く。
「中学んときも、気づかないのはデリカシーがないからとか散々言われてきたからな。女子は集団になるのもめんどくさい」
「……ボクは、そんなこと、しないよ?」
「当たり前だろ、ユウがそんな女みたいなめんどくさいこと言い出したら、俺、トモダチ付き合いを考え直す」
ゲンキは笑って答えつつ、話題ができたことに内心ホッとしながら、まだ本来の席の主が登校していない、ユウの隣の席に座る。
笑顔ではあるけれどなぜか今日はほとんど話しかけてこない、そんなユウと話すきっかけに困っていたゲンキは、とりあえず女子の悪口で間を持たせようと考えた。
「……なあ、ユウ――」
「あれ? マホ、今日からスカートにしたんだ」
「うん、だってもう、ズボンだと暑くて」
教室の中だとエアコン効いてるからいいんだけどね、とマホが笑う。
笑顔でマホと話すユウに、なんとなく話しかけづらくなったゲンキは、頬杖を突きながら、黙って二人を見つめていた。
「マホはチカンが怖くてスカートをやめたって言ってたのに。もうだいじょうぶになったの?」
「へっへー、カレシが守ってくれることになったから! それにもともと、スカートは嫌いじゃないしね。夏は涼しいし」
「……そう、だね……」
「ユウもスカートにしたら? 涼しいよー?」
「……やめとくよ」
それまでにこやかだったユウが表情を硬くしたことに気づいてか、すこし気まずそうな顔をしたマホは、笑顔をつくって隣で手持ち無沙汰にしていたゲンキにも同じことを言った。
ゲンキはあからさまに顔をしかめた。
「お前なあ……なんでオトコがスカート履かなきゃならねえんだよ」
「何言ってんの。オトコだからとかオンナだからとか、性別とか見た目で周りが決めつける時代じゃないんですよーだ。今は自分の「心の性」で選ぶ時代なんだから! 制服のスカートもズボンも選択制だし、だから男子だってスカート履いていいし、女子だってズボン履いていいし!」
「……スコットランドの民族衣装は、男の人がスカートを履くんだよね」
「ユウいいこと言うじゃん! ほらゲンキ、オトコがスカート履いたっていいんですよーだ!」
ユウの合いの手に気をよくしたのか、マホは再びユウに向き直る。
「ねえ、ユウもスカート履いたら? ユウなら絶対スカート似合うと思うんだけどな!」
「い、いや、あの、ボクは――」
「髪色も明るめだし、もっと伸ばしてさ! せっかくまつ毛も長くてきれいなんだし、せめてナチュラル系でシャドー入れて、眉ももうちょっと整えて――」
一人盛り上がるマホに、タジタジのユウ。
救いを求めるように向けられた視線に、ゲンキは苦笑いをすると手を差し伸べる。
「そこらへんにしとけよ、ユウをオモチャにすんな。第一、性別とか見た目で周りが決めつけるんじゃなくて、自分で選ぶ時代なんだろ?」
「だったらやっぱりゲンキには関係ないじゃん。ユウ、かわいいし! ゲンキに髪伸ばせとか言ってるわけじゃないんだから、別にいいでしょ」
「うるさいな。だいたい男が髪を伸ばすのってヘンじゃね? 髪伸ばすのは女だけでいいんだよ」
「あっきれた! だったら
「そんなこと言ってないだろ。これだから女はめんどくさいって言うんだ」
ゲンキとマホに挟まれるようにして、困ったような笑顔でユウが割って入った。
「あ、あの……ふたりとも、もう、ショートホームルームの時間だよ……?」
「ユウのためなんだからだまってて!」
「ユウのためなんだからだまってろ!」
「ユウってさ、好きな人いるよね? 聞いたことない?」
休み時間に、マホはゲンキに聞いた。
「……マジか? そんなこと、一度も聞いたことないぞ」
「そうかな? 絶対いるよ。じゃあ、ゲンキには言ったことないんだ」
ゲンキには言ったことないんだ――その言葉に、ゲンキはなんだか、自分とユウとの間の友情を否定されたような思いになる。
「絶対? 何でそんな事言えるんだよ」
「なんでって……」
マホが、呆れたように言った。
「ゲンキ……そんなこと、聞かなきゃわかんないの?」
「逆に聞かなくても分かる方がおかしいと思うけどね」
重ねて否定されて、ゲンキはますますムキになる。
「あっきれた!」
真帆は腰に手をやって背筋を伸ばすと、ゲンキの鼻先に人差し指を突きつけた。
「そんなことを言って、ソラタなんかと一緒にいるからモテないんだよ」
「うるさいな、ソラタいい奴じゃねえか、ほっとけ」
「見ればわかるじゃん」
「分からねえよ」
「分かろうとしてないからだよ! 例えばさ、好きな人とは触れ合いたいとかさ、そんなの、見てれば何考えてるか、わかるじゃん!」
「分かるわけねえだろ!」
その時、次の教科の担当が教室に入って行ったので、マホもゲンキも教室に戻る。
「あれ? 今、マホって、ゲンキと一緒に教室に入ってきたよね。何か、二人で話してたの?」
ユウの言葉に、マホは別に何も話してないよ、と答えた。
「……そ、そう? ならいいんだけど……」
そんなやりとりが聞こえてきて、ゲンキはユウの方を見る。するとユウがこちらの方を向いたので、ゲンキは慌てて目を逸らした。
『ユウってさ、好きな人いるよね?』
――余計なこと言いやがって。
マホの言葉が気になって、ゲンキはなんだかユウの方をまともに見ることができなかった。
そんなゲンキを見て、ユウはマホの方を見る。
マホはじっと、ゲンキの方を見ている。
もう一度、ユウはゲンキの方を見た。ゲンキは確かにユウの方を向いていたが、ユウと目を合わせるのを避けるように、再び目をそらす。
「なんだ、今日は落ち着かない奴らが多いな。月曜日だからって気を抜くなよ? それでは、前回の続きから――」
教科担当の言葉に、ゲンキは慌てて教科書を開いた。
けれど、今日はなんだか英単語がただの線の羅列にしか見えない。
『好きな人とは触れ合いたいとかさ、そんなの、見れば何考えてるか、わかるじゃん!』
マホの言葉が頭の中をぐるぐるする。
『ボク、ゲンキが使ったソレでシたい』
突然再生されたユウの言葉に、ゲンキは思わず声が出そうになり、すんでのところでそれを呑み込むと、ユウの方をうかがった。
けれど、ユウはマホの方を見ている。
『ユウってさ、好きな人いるよね?』
マホの言葉が、再びぐるぐると頭を巡り始めたゲンキだった。
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