第11話:今度、チン長計らせてくれよ

「なあ、ゲンキ。ションベン行こうぜ」


 ソラタに誘われ、何の疑いもなく一緒にトイレに連れ立って行き、ソラタと並んで用を足していた時のことだった。ゲンキは、はたと気づいた。


 そう言えばこの三カ月――ユウと連れ立ってトイレに行ったことがあっただろうか。


「ゲンキってさあ」


 隣に立ったソラタがゲンキの方を覗き込みながら言った。


「前から思ってたけどさー、お前、何気に結構よな」

「お前な、人のもの覗くなよ。『プライベートゾーン』だぞ?」


 ゲンキが呆れてみせる。だからと言ってことさら隠すわけでもないのだが。


「いやこの前一緒にオナニーしてみてわかったんだけどさ」

「いやだからお前、いくら今ここに俺たち二人しかいないからって、とんでもないこと口走るなよ」


 ゲンキの抗議など聞こえていないかのように、ソラタは自分のものとゲンキのものを見比べながら言った。


「ネットで調べたんだけどさ、日本人の平均的なった時のサイズって、13センチぐらいらしいんだよ」


 13センチメートル。

 なんとなく、ゲンキは頭の中でサイズ感を思い浮かべる。自分のモノは、それだけの大きさがあるのだろうか。だが、具体的にその13センチメートルとやらの物体を意識して手にした記憶がないため、具体的な13センチメートルのイメージがわいてこない。


「……それで?」

「俺、14.3センチあった」

「……だから?」

「お前の、なんかデカそうに見えるからさ」

「だからなんだよ?」


 嫌な予感がしたがそれでも気になって聞いてみたゲンキに、ソラタは予想通りの返事をした。


「今度、チンちょう計らせてくれよ」

「いやだからなんでそうなるんだよ」

「いいじゃん、筋肉つけるとデカくなるとしたら俺も筋トレするからさ」

「筋トレなら勝手にすればいいだろ」

「違うって、チンコがデカくなるなら筋トレするって言ってんだよ」

「チンコに関係なく筋トレしろよ長距離選手」

「嫌だよめんどくせえ。短距離選手のお前とは必要な筋肉が違うんだよ」


 ソラタは顔をしかめると、背筋を震わせるようにした。


 ソラタはこのあと、手を洗ったあと、間違いなく手を勢いよく降って、手についている水を洗面台に振り落とそうとするだろう――ほら、やっぱり。

 そして、シャツで手を拭く――ああ、これも思った通り。


 予想通りの行動をしてみせたソラタの背中を見ながら、ゲンキはユウのことを思い浮かべた。

 考えてみれば、ユウとトイレに入ったことなど、ただの一度もないはずだ。


 自分自身はズボンすら脱がず、ゲンキとソラタの股間の逸物を見比べて目を丸くしていたユウ。ゲンキもソラタも、ユウはきっとコンプレックスに感じているほど、自信のないブツなんだろうなあ、と、二人で同情していた。


 もしかしたら、とゲンキは考える。

 ――俺よりも背が低くて華奢なユウは俺に対して何か憧れみたいなものを持っているんじゃないだろうか。

 別に俺がいわゆる男らしさを感じさせるようなムキムキマッチョっていう訳じゃないけれど。これでも一応、短距離選手だし。腹筋はシックスパックに割れてるし、太もも太いし。これは自慢だけど。


 そうやって自分を納得させようとするゲンキだが、しかしそれが一体何になるというのだろう。


 ――ユウって、俺の何かに憧れていたりする?


 などと聞けるわけでもない。

 結局モヤモヤが晴れないまま、ゲンキはソラタと一緒にトイレを出た。




 最初に見つけたのは、ソラタだった。


「あれ? あそこにいるの、ユウじゃねえ? 珍しい。何してんだろ」


 校門で一人、ぽつんと佇んでいるユウだった。

 部活動を終えて一緒に帰るところだったゲンキとソラタは、その姿を見つけて声をかけた。


「あ、ゲンキ! 部活は終わったの?」

「部活は終わったけどお前、なんでこんな所にいるんだ?」


 うれしそうに大きく手を振って駆け寄ってくるユウに、ゲンキは不思議そうに声をかける。


 ユウは部活に入っていない。だからいつもユウだけ先に帰っていた。

 ユウは塾にも入っておらず、自分で勉強をして今の学力を保っている。部活動に入っていないのも、家で勉強をするためだ。


 ゲンキもソラタもそのことを知っている。だから、帰り道にユウがいないことは当たり前だった。それだけに、下校時の校門の前でユウを見かけるのは、ゲンキにもソラタにも珍しく感じられたのだ。


「うん、ちょっと、……っと、――と、話がしたくって」


 一瞬言いかけたことを打ち消すように、「ふたり」を強調するユウ。


「話なんていつもしてるじゃねえか。昼飯の時だって話、しただろ」

「う、うん、そういえば話、したね。確かにそうだね」


 ソラタに答えるユウの笑顔が、ゲンキにはなんだかとってつけたような感じを受けた。だが、我が意得たりとばかりにソラタが今期の神アニメとやらについて熱く語り始めたものだから、それ以上、何かを聞くようなことはできなくなった。




 駅の近くの公園ではすでに照明が灯っていて、公園の一部を明るく照らしている。

 今年も、ゲンキもソラタも高校総体インターハイ全国大会への出場はできなかったが、秋への体づくりはすでに始まっている。だからもう時刻は七時を回っていた。

 とはいっても七月の七時は、まだまだそれなりに明るい。照明の周りの木では、蝉が昼間と変わらずやかましく鳴いている。


「で、話って、なんだ?」

「話?」


 公園の遊具にぶら下がるようにしながら、ソラタが聞いた。


「オレらに話があるから、待ってたって言ってたじゃねえか」

「あ……、えっと、うん、そうだね……」


 ユウは、公園のトイレの方を見る。

 さきほどゲンキがトイレに駆け込んで、それで、二人して待っているのだ。


「……ゲンキが来たら話すよ」

「なんだ、ゲンキに話があったのか? にしてもアイツ、遅いな。かな」


 ソラタが笑った。ユウもあいまいに笑う。


「……なあ、ユウ。お前、このまえオレたちのアレ、見たよな? どっちがでかかった?」

「アレ? アレって?」

「チンコに決まってんじゃん」

「え? ちん……えええ!?」


 唐突なソラタの言葉に、ユウは悲鳴を上げた。

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