第9話:ボク、ゲンキが使ったソレでシたい

「さっき見た通り、中はかなり複雑な形をしてるから、使ったあと、再利用しようと思ったら洗うのがけっこう大変なんだよ。洗い残しがあると、スルメみたいな臭いがしてくる。わかるだろ? アレのにおい」


 ゲンキの言葉に、いまいちわかったような分からないような表情を見せるユウ。


「……えっと、残ったセーエキが腐ってバイキンがわくから、おちんちんのビョーキになるかもしれないってことだね?」


 ユウの言葉に、ゲンキははっとしたような顔をした。


「……そ、そっか、言われてみたら確かにそうかも……しれない……?」

「え、違うの?」

「あ、いや、違わねえけど……」


 ゲンキは、思わず股間を押さえる。再利用のために時間をかけて洗って使っていても、そのうちニオイがきつくなってくるため、そうなったら惜しみつつ捨てていたゲンキ。臭いの元が細菌ということに気づき、昨夜も使ったばかりの股間の無事が気になってくる。


「じゃあ、もし再利用するなら、きちんと洗わなきゃだめだね?」

「……使い捨てなんだし、やっぱりちゃんと、捨てるべきだな」

「でも1,000円近くするんだし、使い捨てにするのはちょっと高いよ」

「いいから捨てとけ。今回の分は、ちゃんと買って返すからさ」

「いいよ、ボクも使ってみるから」

「だから! 俺が使ったあとのモノなんか使おうと思うなよ、きたねえだろ!」

「そうかな? 洗えば綺麗になるよ、きっと」


 ニコニコしながら、ほおずりしそうな勢いでゲンキが使ったソレを眺めまわすユウに、ゲンキはだんだん背筋が寒くなってくるような思いがしてきた。


「いや、俺がイヤだからやめてくれ、頼むから捨ててくれ、捨てる気がねえなら俺、持ち帰る」

「そんなに嫌かな……? 洗えば綺麗になるし、ボク、ゲンキが使ったソレでシたい」

「頼むマジでやめてくれ、お前――」


 言いかけて、ゲンキは言い淀む。


『お前、男が好きなのか?』


 それを、感じ取ったのだろうか。

 ユウははっとしたような顔をして、そして、取り繕うように笑うと、手に持っていたソレをゴミ箱に放り投げた。


「じょ、冗談だよ。やだな、真面目にとらないでほしいな」

「……俺、そいつ、持って帰るよ」

「い、いいよ、こっちで捨てておくから」

「いい。俺が使ったものだから、俺が処分しとかないとな」

「いいってば、ゴミなんて持って帰らなくても――」


 止めるユウを、ゲンキは押しのけてゴミ箱から拾い上げる。

 ユウはソレに手を伸ばしてゲンキから奪い取ろうとしたが、ゲンキはソレを高々と掲げた。

 もう、ユウの手には、届かない。


「こういうものの処分を、友達に押し付けたらいじめみたいだろ。ちゃんと俺は自分で処分する」

「……そ、そんなこと、おもわないよ……?」

「たとえユウがそう思わなくたって、俺の後味が悪い」

「ゲンキ……」


 ひどく、悲しそうな顔を、ユウは一瞬だけ見せた。

 だが、ゲンキとて、ユウがもしかしたら――と考えたとき、とても自分の使ったモノを残してなど帰れない。


 これがソラタだったら、むしろ処分を押し付けただろう。彼となら、冗談で済ませることができる。


 でも、今日のユウはなにかおかしかった。

 いつもバカやっている俺とソラタを、にこにこ見守っているいつものユウとは、何かが違う。


 ――ユウは、やっぱりオトコが好きなんじゃないだろうか。

 今まで隠していたかもしれないそれを、今回、俺たちは――いや、俺は、引っ張り出すような真似をしてしまったんじゃないだろうか。


 ゲンキは自転車をこぎながら、何か、友達の、見てはいけない一面を見てしまったような気がして、月曜日からどんな顔をして会えばいいか、どうにも分からなくなってしまった。




「おはよう!」


 いつも通りのバスを降りた先で、――そう、いつも通りの声にゲンキは驚いた。

 いつも通りの駅前のバス停――いつも通りの、ユウがゲンキを待っている場所。

 いつも通りのブレザーで、いつも通りの鞄を持って、いつも通りのユウがいた。


 昨夜、SNSの返事もなかったため、今日ばかりは、居ないだろう――そう思っていただけに。


「……おはよう」


 どうにも調子が狂う。いつも通りの笑顔なのだ、ユウは。

 いつも通り並んで駅に向かい、いつも通りの電車に乗り、いつも通りのドアの前、いつも通りの混雑の中。

 いつも通りにドアを背にしたユウと、いつも通り、ユウを満員電車の圧迫から守るようにユウの前に立つゲンキ。


 ここまでいつも通りなのに、けれど、話す話題が見つからない。

 いつも通りであれば、昨夜や今朝見たテレビ、宿題や予復習の内容、今日の授業の予想される課題など、話すネタはいくらでもあるのに。

 今日は、話すことが喉から出てこないのだ。ただただ、二人並んでいるだけで。


『ボク、ゲンキが使ったソレでシたい』


 昨日のあの言葉がゲンキの頭の中を駆け巡り、どうにも胸が搔き乱されるのだ。

 制汗スプレーを変えたのか、ユウの首筋からほんのり甘い香りが漂うのが、また具合が悪い。


 真正面には、ユウの顔。目が合えば、いつものようににこりとしてくるそいつに、しかしいつものような話題を振れず、なんとも手持ち無沙汰で、しかたなくゲンキはスマホを取り出すと、なんとなくSNSのつぶやきを見始めた。


「……あ」


 たまたまフォロワーの「いいね」がついた、画像付きのつぶやきを、ユウがのぞき込む。


『週明けのたわわ』


 その筋では人気のコンテンツらしいのだが、ゲンキは自分がそういう性癖があることをリアルやフォロワーに知られたくなくて、フォローしていない。こうして、たまにタイムラインに流れてくるのを、貴重な資源としてありがたく見るだけだ。


「……ゲンキって、そういえばおっきい方が好きだったんだっけ、おっぱい」


 そっと聞いてくるユウに、慌てて左右に視線を走らせたゲンキは、人差し指を口に当てた。その慌てるさまが面白かったのか、ユウはしばらく、くっくっと、肩を震わせていた。

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