第8話:うわあ、ツンってにおいがする

 一回だけ、さきっちょだけ――

 そう言ってTE〇GAを押し付けてくるユウに、ゲンキは苦笑いする。


「……それ、女にセックスさせてくれって頼む男の、定番のセリフじゃねえか」

「え、そ、そうなの?」


 きょとんとするユウ。ゲンキはなんだかそれを妙に可愛いと思ってしまい、次の瞬間、頭をぶんぶんと振り回す。

 ――だめだ、俺の方がナニ考えてんだよ!


「ね、一回だけでいいからさ。一回見れば、ボクだって使い方も分かるし……あ、そうだ! えっと、その……、もし再利用するなら、あ、洗い方も勉強しとかなきゃいけないでしょ!」

「……だから、再利用するなって」

「わかったよ、なるべくしない。でも、見せてほしいんだ、お願い!」

「……あのな。人にチンコ見せるのって、別に楽しくもなんともねえんだぞ」

「で、でも温泉とかスーパー銭湯とか、入ったときは見えちゃうでしょ? だ、だから同じだよ!」

「オナニーを見せるのはさすがにちがうだろ!」

「ソラタ、見せてくれたじゃん」

「アイツが特別に頭おかしいだけ!」

「でも――」


 このままじゃ、またユウの前でチンコをおっ立てる羽目になってしまう。しかも今度は冗談抜きの、マジのオナニー器具に突っ込むのだ。

 ――そんな恥ずかしい真似、できるわけないだろ!

 おもわずゲンキは、大声をあげてしまった。


「だったらお前がまず見せてみろよ! この前だって、お前だけ最後まで、ずっと隠してただろ!」


 言ってしまったゲンキの言葉に、ユウは目を見開き、そして、視線を落とし、肩を落とし、うなだれてゆく。


「……そ、そう、だ、ね……」


 ひどく、暗く、か細い声で、絞り出すように言ったユウに、俺は悪くないぞ、とゲンキは心の中で繰り返し自分に言い聞かせるようにしながら、「帰る」とだけ言って、逃げるように廊下に出ると、階段を降りて行った。




 ゲンキのいなくなった部屋で、そっと、床に落ちてたその赤い物体を拾う。

 ――ゲンキ、ボクのこと、嫌いになったかな……。

 ぞわりと背筋に冷たいものが走った気がして、ユウは自分の体を抱えるようにしてしゃがみこんだ。

 ゲンキのあんな顔、見たことがなかった。

 いつも冗談めかして、ソラタと笑い合っている顔。それがいつものゲンキだ。

 あんな、嫌なものを見るような目で見られたことなんて、ユウはなかった。

 どうしよう――明日から、どうしたらいいんだろう。


 ひどく胸の奥が痛んで、苦しくて、目頭が熱くなって、けれどどうしようもなくて、ユウは床に突っ伏した。




 あんな顔、見たことがなかった。

 四月に顔を合わせて、なんとなく教室で三人でつるむようになって、自分とソラタがバカやっているところの近くでいつもニコニコしていて。

 いつのまにか、家の場所を知って、覚えて、たまに遊びに行って。

 いい奴、なんだよな。

 ……うん、いい奴なんだよ。

 ちょっとずれてるだけで。


 玄関を出ようとしたところで、「ああ、もう、しょうがねえなあ!」とひとり吐き捨てるように言うと、ゲンキはくるりとドアに背を向けた。




 だんだんだんだんだんだん!


 階段を駆け上ってくる音がして、ユウがびくりとそちらを向くと――


「……忘れ物した」


 ゲンキが部屋に飛び込んできた。


「……なんだ、オナニー始めてたのか?」


 股間に両手を挟み込むようにして床に突っ伏していたユウを見て、ゲンキがデリカシーもへったくれもないことを言い放つ。


「ちっ……ちがうよっ!」


 慌てて顔をぬぐったユウのほうなど見向きもせずに、ゲンキが、ユウの手に握られていたものをひったくる。


「……一回だけだからな!」




「い、痛くなかった? あんなつぶつぶのイボイボだったのに?」

「……それがいいんだよ」

「……いつも、あんな感じでスマホで動画を見ながら? おっぱいおっきい外人が好きなの?」

「おっぱいはでかい方がいいに決まってるだろ。迫力が違う」


 ソラタはあんまりデカイのはニセモノみたいで好きじゃないみたいだけどな、とゲンキは小さく笑う。

 あんなに死にそうに暗い顔をしていたユウが矢継ぎ早に質問をしてきたのが、ゲンキには嬉しかったのだ。


「そっか、ゲンキはおっきい方がいいんだ、そうなんだ……」

「でもって、さっきソラタが散々部屋中ひっかきまわしてなんにも出てこなかったけど、お前だって本当はなにか見てるんだろ?」

「ボク、いつも想像だけだから」

「想像だけ……? じゃあマガ〇ンのグラドルは?」

「あ……あ、ああ、そうだね、そうそう、そうだった、そういうときもある!」


 慌てたように笑うユウ。つられてゲンキも笑った。


「なんだよ、そうすると大抵は想像だけでイケるのか。お前エコなやつだな、俺なんか抜くと決めたあと、今日は何にしようって、選ぶだけで時間がかかるのに」


 そう言って引き抜くと、床に置いておいたふたを拾って、TE〇GAの底にかぶせる。


「これで使い終わりだ。あとは捨てるだけ」

「あ、……え、えっと! したんだよね、しゃ、しゃせい……」

「最後まで見てたくせに、わかってんだろ?」


 ゲンキはさすがに顔をしかめる。


「とにかくこれでおしまい、あとはココを綺麗にするだけだ。ウエットティッシュがあると便利だけど、高いから。中のローションと自分のヤツでベタベタになるから、風呂の前にヤッてから風呂に入ると効率がいい、かもしれない」

「……そ、そうなんだ」


 そう言って、ユウはゲンキが床に置いたソレを手に取って蓋を取る。


「お、おいなにを……」

「……うわあ、ツンってにおいがする……くりの花のにおいみたいな、なんだか青臭い感じ……!」


 これがゲンキのにおいなんだ、と妙に感慨深げに言うユウに、ゲンキは慌ててひったくる。


「当たり前だろ、出したばっかなんだから! お前だって同じだろ!」

「……あ、あ、ああ、うん、そうだね、おんなじ、おんなじ……だよね!」

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