第14話:ユウのこと好きだぞ、俺も

「は? え? なに、ゲンキはユウが好きなのか?」


 ソラタの声に、弾かれるように顔を上げるユウ。

 渋面になるゲンキ。


「お前――」


 いいかげんにしろ、そう続けようとしたとき、ユウがおそるおそるといった様子で口を開いた。やや、体を引くように。


「あ、あの、……ゲンキ、それ――」


 きゅっと握られた右手を胸元において、左手は膝の上、やはりきゅっと握って。

 ややうつむき加減に、だが上目遣いでゲンキの様子をさぐるようにして。

 ユウは、真剣な面持ちで、ゲンキに問うていた。


「……ほんとう?」


 そのあまりにまっすぐなまなざしに、ゲンキは一瞬、答えに詰まる。

 どう答えよう――迷ったその時だった。


「なに、ゲンキ、お前、『G』だったの?」


 G――LGBTQのうちの「G」。その言葉の意味が一瞬で浸透した時、ゲンキは慌てて首を振った。


「バカ、お前なあ!」

「え、だっていつもお前、女のことめんどくさいって」


 ゲンキはソラタにつかみかかると、オーバーアクションでソラタの体を揺さぶった。


「俺は! 女のことめんどくさいとは言ってるけど! だからって男が対象だなんて一言だって言ったことないだろっ!」

「え、じゃあ、女がめんどくさいっていうのは?」

「めんどくさい女は論外だけど、俺は、『付き合うなら女』だ!」


 ゆっさゆっさ揺さぶられながら、ソラタはゲラゲラ笑う。


「分かってるって、巨乳好きだもんなお前!」

「分かってるなら冗談でもバカなこと言うなって! 見ろよユウなんか真に受けそうになっちまってるだろうが!」


 そう言って、ユウのほうをちらりと見る。

 それまで真剣そうだったのに、急にふざけ合い始めたゲンキとソラタ。そのノリに、いまいちついてこれていないユウ。


「アハハハ、ゲンキがG! 巨乳好きのG!! ゲンキが好きなのはッパイってか!!」

「笑い事じゃないだろ! お前ふざけんな、そーいう微妙なネタは笑えねえんだって!」


 じゃれあう二人に、ユウが戸惑いながら聞いた。


「え、えっと……? じゃ、じゃあ、さっきの……ゲンキが、ボクを、すきっていうのは……?」

「ユウのこと好きだぜオレも! トモダチじゃん!」


 ユウの言葉に、真っ先に反応するソラタ。


「え、あ……えっと、うん、あ、ありがとう……」


 ソラタの言葉に、ユウは何とも微妙な微笑みを返す。


「俺も好きだぞ」

「あ……うん……って、ええっ!?」


 ゲンキの返事に、一瞬、ソラタと同じ反応を示したユウだが、言葉の意味をどう呑み込んだのか、劇的な反応を示した。


「え、あ、あの! げ、げ、げ、ゲンキ、あの、ぼ、ボク――」

「鬼太郎かよ俺は。ユウのこと好きだぞ、俺も」


 そう言って、ゲンキは白い歯を見せた。


「――『男友達』として」


 ゲンキが続けた言葉に、ユウが固まる。ゲンキは、ソラタとユウを交互に見やりながら続けた。


「俺、あんまり友達増やそうと思わない性質たちだから。トモダチは、お前らがいればそれでいい」

「おう、ココロのトモよ!」


 肩を組んでわっはっはと笑い合うゲンキとソラタ。

 ユウは、胸元の開きかけた手をふたたびきゅっと握ると、笑顔を作った。


「そ、そうだよね! 『オトコトモダチ』だよね、ボクたち……」

「おう、そうだぜユウ! 前に宇照先生ウテルちゃんが言ってたじゃねえか! 高校時代のトモダチは一生ものだってな! オレたち、一生トモダチだぜ!」

「そ、そう、だね……あ、あはは、ははは……!」


 ゲンキとソラタの笑い声につられたか、やけくそ気味に笑い声をあげたユウ。笑い過ぎたのか、目元をぬぐったその時だった。


「あぶねえっ!!」


 くらりと揺れたユウの体はバランスを崩し、そのまま落下しそうになり――


 気がついたら、ユウは、ゲンキの膝の上にいた。


「あぶねえなあ、ユウ。おい、大丈夫か? しっかりしろよ、落ちてたら間違いなく怪我してたぞ」


 ゲンキがため息をつき、ソラタが浮かせた腰を落ち着けて「ああ、びっくりした」と胸をなでおろす。

 ゲンキが右手を緩めたことを、背中のシャツ越しに感じたユウは、胸の高鳴りを自覚した。


 落ちかけたのだ、遊具から。


 それを、ゲンキがとっさにユウの背中のシャツをつかむ形で引き戻してくれたのだ。今ゲンキの膝の上にいるのは、引っ張られ勢い余って飛び込んだ、その結果だ。


 今さらにあの一瞬の浮遊感がぞわぞわと感じられてきて、ユウはさらに胸の鼓動が高まるのを自覚する。


 でも、本当の原因、それは、

 ゲンキのプライベートゾーンが、いま、まさに、目の前にある、ということ。


「……おい、大丈夫か? 実は体調が悪かったりとか、そういうことなのか?」


 ユウの顔を太ももの上――無防備に彼のプライベートゾーンの真正面に乗せながら、明後日のほうに心配を向けるゲンキの、けれどその優しさに、さらに心臓が跳ね上がる。


「だ、だだだいじょうぶだから! ちょ、ちょっとバランス崩しただけだから!」


 慌てて跳び上がり、その手をゲンキの太ももの上についてしまってまたバランスを崩し、ゲンキに腕を引っ張られて今度はゲンキの胸に飛び込む形になってしまったユウ。


「なにを焦ってんのか知らないけどな、ちょっと落ち着けよ」


 ゲンキの大きな手で背中をぽんぽんと叩かれ、ユウは顔が熱くなる。


「……熱いな、ユウ。お前、ひょっとして熱があるんじゃねえか? やっぱり体調、悪いんだろ?」


 答えられずにいたユウに、ゲンキはすまなそうに言った。


「やっぱり二時間も待たせたせいだよな。熱中症かな? なあソラタ、水筒にお茶、残ってねえ?」

「オレが下校の時に水分、残しとくわけねえだろ」

「じゃあ俺、スポドリかなにか、買ってくるよ。ソラタ、ユウのこと頼む」


 そう言って動き出そうとしたゲンキに、ユウは慌てて身を起こし、自分が元気だということを訴え、ゲンキを安心させねばならなくなった。

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