第13話:ゲンキはユウが好きなのか?

 ゲラゲラと笑うソラタに、ユウはふくれっ面をしてみせる。


「だって、急に声かけられて、ほんとにびっくりしたんだよ」

「にしたって、驚きすぎだろ。俺が不審者みたいだったじゃないか」


 とはいえ、別に大して気にもしていない様子で、ゲンキはソラタの隣に上った。


「ずいぶん長かったな、か?」

「マジで聞いてくれ、三日分の硬さってのはケツが裂けそうだった」


 ゲラゲラと笑い合うゲンキとソラタ。

 その二人――ゲンキのさらに隣になるように、おっかなびっくり、ユウも遊具に上ってくる。


「そういえば、ユウは話があったんだっけ? ゴメン、トイレ長くなって悪かった」

「い、いいよ、べつに……」

「で、何の話だ?」

「話……あ、ああ、話、ね、話……」


 ゲンキに問われ、ユウは取り繕うように笑う。


「え、ええと……ちょっと今、ど忘れ中で……。思い出したら、また言うよ」

「は? じゃあ、何のために二時間も俺らを待ってたんだ?」

「だいじょうぶだよ、うん……たいしたこと、ないから」

「大丈夫じゃねえよ。二時間あったらお前、結構勉強できただろ?」

「いいんだよ。別に待つの、嫌いじゃないし。今に始まったことじゃないし――」

「いや、だめだろ。ゴメン、俺が待たせすぎたからだな」


 悪かったと頭を下げるゲンキに、ユウは慌てて首を振った。


「ち、ちがうよ! ……ええと、その……そ、ソラタが悪いんだよ! 変なことを言うから!」

「オレ? なんでだよ」

「あ……えっと……」


 言い淀むユウに代わって、ソラタがユウと二人で話していたことをかいつまんで説明する。慌てるユウだが、ソラタは全く意に介さず続けた。


「ユウっておもしろいよな。一応、ゲンキのやつのほうがすごかったって教えてくれたんだけどさ、なんでチンコのデカさくらいでそんなに恥ずかしがるんだ? 男同士なのにセクハラとかさ」

「ソラタやめてよ!」

「なんで? そう言ったのユウじゃん」

「だからやめてってば……!」

「……そのへんにしといてやれよ」


 ゲンキはソラタの『男同士』という言葉に、妙な引っ掛かりを感じてソラタをいさめた。


 男同士、だからプライベートゾーンのことをお互いに笑い飛ばしていい――それは確かに、ネタとして共有できる価値観の持ち主同士でなら、それでいいのかもしれない。

 ――けれど。


『ボク、ゲンキが使ったソレでシたい』


 ユウはいつも自分たちと一緒にいるけれど、じつは自分たちとは違う価値観に生きているのではないだろうか――ゲンキは昨日から、ユウとの距離を測りかねていた。


 進級してから三カ月、もう少しで夏休み。

 一年生の時から同じ陸上部、同じ学級の友人同士だったゲンキとソラタの間に入ってきたのが、進級してすぐに加わった、ユウだった。四月以来、この三人でずっとつるんできた。


 だから、ゲンキはソラタのことなら大抵知っている。好きな食べ物、嫌いな食べ物。好きな教科、嫌いな教科。好きなマンガ、アニメ、ゲーム、キャラクタ。好みのタイプ。

 そこまではいかないが、しかしユウのことも、この三カ月の間に少しは理解できてきた。


 ――そう思っていたけれど、ソラタの家でのコンニャクオナニー騒動以来、ゲンキのトモダチ理解への自信はあっけなく砕かれた。

 自分は、ユウのことを、本当は何もわかっていないんじゃないだろうか。四月以来、ずっと三人でつるんできたトモダチなのに。


「……まあ、べつにいいんだけどさ」


 ソラタが、ばつの悪そうな顔をする。


「いや、だってさ……。ユウのやつ、このまえ、自分は見せずにオレらのアレを見ておきながら、どっちのほうがデカかったか、その感想ひとつだって、『セクハラ』で言えないなんて言うからさ」

「バカヤロ、お前が――というか、俺も同罪だけど、勝手に盛り上がって見せ合っちまっただけだろ。ユウは見せたくなかった、だから見せなかった。言いたくもない、不快だ、だからセクハラだという。ちゃんと一貫してる。悪いのはソラタのほうだ」


 ゲンキの言葉に、ユウが息を呑む。

 ソラタは口を尖らせた。


「おいおい、ゲンキお前、トモダチだろ?」

「トモダチだから言うんだろ? トモダチじゃなかったら黙って切り捨ててる」

「ひでえな、それが入学以来のトモダチに対する態度かよ」


 ソラタが笑いながらヘッドロックをかける。ゲンキはソラタのするがままになりながら、「相手が嫌がってたらちゃんと引き際を見極めるのもトモダチだろ?」と答えた。


「……悪かった、ユウ。無理に聞いて」


 ソラタが、ゲンキへのヘッドロックを解きながら、頭をかきつつ、ユウに向き直って言った。ユウはうつむくと、小さくうなずいた。


 そのまま三人、遊具に並んだまま、暗さを増していく空をしばらくの間、眺めていた。見えていた当たり前の世界が闇に沈んでいき、かわりに見えていなかった星が輝きだす。


「……なあ、ゲンキ」


 ややあってから、ソラタが声をかける。


「……なんだ?」

「ゲンキってさ、好きな奴、いるのか?」


 ソラタの出し抜けの質問に、ゲンキもユウも目を丸くする。


「いや、だって今日、マホとゲンキ、廊下で話、してただろ? ひょっとして、マホのことかなって思ってさ。なんか今日、妙に突っかかってるような感じだったし」


 おそろしいほどの節穴っぷりを見せたソラタの鑑定眼に、ゲンキは苦笑を禁じ得ない。


「……なんでそう思ったんだ?」

「なんだかんだ言ってもさ、ゲンキって、マホとよくしゃべってるじゃん」

「そりゃ席が近いからな」


 席が近いから顔を合わせる機会も増えるし、会話する機会も増える。

 けれどそれだけで、別にマホと特別に仲がいいつもりは、ゲンキにはない。


「そうか? でもほかの女子よりは仲、いいだろ? 話、すること多いだろ?」

「そりゃ――」


 ゲンキは、ソラタの謎推理の見当違いっぷりに呆れるしかない。

 第一、マホにはたしか、チカンをブロックしてくれることになった彼氏がいたはずだ。断じて自分ではない。


「分かった分かった、ソラタは俺をそーいうことにしたいんだな?」

「今日の授業中だってよくマホの方、見てたじゃん」

「それは――」


 ちがう。マホの手前の、ユウを見ていたんだ。

 そう言おうとしたゲンキの脳裏に、ユウの言葉が湧き上がってくる。


『これがゲンキのにおいなんだ』


 あのときのユウの表情を思い出すと、とてもユウの方を見ていた、なんて言えなくなってしまったゲンキは、それ以上、口にできなくなってしまった。

 

「……ゲンキって、マホのことが好きだったんだ?」


 ユウがうつむいたまま、ぽつりと聞く。表情は見えないが、さすがに二人してあらぬ誤解をされるのは困ると、即座に否定するゲンキ。


「だから違うって」

「……でも、今日はずっとマホの方を見てたって、ソラタが今――」

「ずっとじゃないし、俺が見てたのはマホじゃなくてユウだから!」


 思わずムキになって、ゲンキはユウの方を見て大きな声を出してしまう。

 それを聞いたソラタが、また大きな声を上げた。


「は? え? なに、ゲンキはユウが好きなのか?」

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