典雅な自家発電

第6話:アレの使い方、教えてくれないかな

「……あのさ、アレが、この前、ゲンキが言ってたやつ……だよね?」


 ドラッグストアへおつかいに来ていたゲンキが、たまたまおなじくおつかいに来ていたユウに問われた先にあったもの、それは。


「ああ、そうだよ。TE〇GA」


 赤い、波打つボディに銀のストライプがイカすそいつ。

 世のおかーさま方は、その魅惑的なボディラインが鎮座するさまを見つけた幼児たちに、「ママー、あれなぁに?」と、何度問われたことだろうか。


「あんな、その……マトリョーシカ人形みたいなアレを、どうやって使うのかな?」

「どうやってって……そりゃ、つっこむんだよ」

「つっこむ……って、どうやって?」

「どうやってって……お前それくらい自分で想像しろよ」

「できないよ、あんなの入らないよ絶対!」

「どこ見て言ってんだよ、あれ、下に穴が開いてて、そこにぶっ立てたヤツを突っ込むんだって」

「立てた、やつ……?」


 ユウはしばらく首を傾げていたが、顔を赤くして首を大きく何度も縦に振った。


「あ、ああ……ああ、そう、そうだね、そういうことだよね! あは、あはは、やっと意味がわかったよ!」

「やっとかよ。じゃ、俺、先に行くぞ。お袋にぶん殴られる」

「あ……ま、待ってよ。ボクももう出るからさ、途中まで一緒に行かない?」




「ねえ、ゲンキ」


 並んで自転車をこぎながら、ユウが口を開いた。


「ゲンキってさ、その……さっきのアレを使って、その……ま、ま……す……」

「ママ? お袋になんか見せれるわけねえだろ! 紙袋に包んでバレないようにゴミに出してるぞ?」


 ゲンキの返事に、ユウはひきつった顔を浮かべる。


「じゃ、じゃあ、やっぱり使ったこと、あるんだ……」

「ほんとは使い捨てなんだけど、高いからさ。洗って何度か使ってる」

「な、何度か……」

「だって、この前ソラタが言ってたけどさ、1個1000円近くするんだぜ? だから、綺麗に洗って再利用してんだよ」


 しばらく、ユウは無言だったが、なにやら思い詰めたような顔で言った。


「ねえ、それってさ……みんな、使ってるのかな」

「さあ? 高いし、自分の手で十分って思ってる奴がほとんどだと思うぜ? 使ったことなきゃ、そのよさなんて分かんねえしな」

「……なんで、ゲンキは、買おうって思ったの?」

「卒業した部活の先輩が一個くれてさ。マジ最悪だよ、手よりずっといいモノ知っちゃったからさあ」


 そう言って、ゲンキが笑う。


「人間、知らなきゃそれですんじまうのに、知っちゃうともう、戻れねえんだよな」


 またしばらく、無言で自転車をこぐ二人。


「……えっと、ゲンキ……」

「じゃあ、俺、こっちだから。また明日な?」

「あ……。うん、また、明日……」


 ユウは名残惜しそうに手を振ると、ゲンキの姿が見えなくなってから自転車をもと来た道に向け直して、そして、ペダルに足をかけた。




「……で、エログッズはどこだ?」


 ベッドの下、本棚、机の中、引き出しを引き抜いた奥、クローゼット、果ては吊り下げられていたブレザーのポケットの中まで調べ尽くしたソラタ。


「おかしいだろ、高校生がエロ本の一つも持ってないって」

「相変わらず最低だねソラタは」


 部屋中をあさり回してから真剣な顔で問うてきたソラタに、ユウは冷たい目で答えた。


「お前、健全な高校生だろ?」

「健全な高校生だよ?」

「だったら……」


 言いかけたソラタは、電源を入れてあったタブレット端末に飛びついた。


「そうか! 動画か!」


 そう言って履歴をチェック。


「あのさ、だからそうやって人が隠しているエロを引っ張り出そうとするソラタって、最低だって言ってるのが分からないかな?」

「くっそーっ! 履歴全部、クソ真面目な予備校の授業ばっかじゃねえか!」

「だから、いい加減に諦めてよ。ボクはソラタと違うんだって」


 呆れるユウを見ながら、ゲンキは違和感を覚えていた。


「……なあ、ユウってさ、マガ〇ン読んでるんじゃなかったっけ?」

「え? なんで?」

「だって、この部屋、マガ〇ン一冊もないからさ」

「だって読んでないから」


 ユウの言葉に、ゲンキは自身の違和感の正体に気づいた。

 そうだ、前にソラタの家に言ったとき、ユウは言ったのだ。

 何でヌいているか――


『マ、マガ〇ンの水着アイドル、かな……?』


「ユウってさ、マガ〇ンのグラビアアイドルでヌいてんだろ?」

「……え?」

「なのに一冊もないなんてって思ってさ。読んでもいないって、どういうことだ?」


 しばらくユウは固まっていたが、ややあってから手をぽんと叩いて頭をかきながら、早口で言った。


「い、いやあ、ま、マガ〇ンね? うん、そうそう、読んでる。読んでるよ! でもホラ、親が勉強しろ、勉強しろってうるさくってさ。見つかる前にすぐ売っちゃうんだ、BOOK〇FFに!」

「売るくらいならオレにくれよ! 俺が売ってきてやる」

「いやだよ、ソラタにやるくらいなら川に投げ捨てる」

「ひでぇ!」

「じゃあ、俺が読むからくれよ」

「……ゲンキが読むの? ……じゃあ、今度から、買ったらあげるよ」

「なんでゲンキならいいんだよ!」




「……で? 今日呼んだのはなんだよ」

「ボク、ソラタじゃなくてゲンキを呼んだつもりだったんだけどな」

「ごめん、途中でたまたま会ったから、一緒に誘っちまった」


 笑いながら頭を下げたゲンキに、ユウは小さくため息をつく。


「まあ、別にいいんだけどさ」




 塾がある、と言ってソラタが先に帰ったあと、漫画があるわけでも、ゲーム機があるわけでもないユウの部屋で、ゲンキもユウも、会話が続かなくなっていた。


「……それでユウ、結局何の用だったんだ?」

「べ……べつに、たまにはこんな、しゃべって過ごす日があったっていい……んじゃないかな?」

「わざわざ家に呼んどいてか?」

「……えっと、うん……」


 ゲンキは、ユウをまじまじと見つめた。


 何か部活をやってるわけでもなく、成績は上の中、髪は長くもなければ短くもなく、背は三人の中で一番低く、声変わりもしていないかのように妙に甲高い声が子供っぽいやつだ。

 ブレザーも、大きめを買ったのか袖も裾もやや余り気味。入学してから一年と三カ月がたったのにそれ。やつの成長期は、すでに終わったらしい。気の毒なことだと、ゲンキはなんとなく考えていた。


 そう、今年になって同じクラスになり、なんとなくつるみ始めてはや三カ月。


 ――そういえば、コイツが俺たち以外と遊んでたりするの、見たことねえな。


 いや、自分もユウやソラタ以外とつるんで遊ぶかと言われると、あまりそういうこともないけれどと、思い直す。人間関係なんて、そんなものかもしれない。居心地のいい、気の置けない連中と過ごしていれば。


「……あのさ!」


 唐突に、ユウが沈黙を破るように口を開いた。


「え、えっと……この前言ってたやつ!」

「この前?」

「えっと……その、……あの、赤い奴! アレの使い方、教えてくれないかな!?」

「アレの使い方って……まさか、TE〇GA?」

「うん、そう!」

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