第2話:あんたらには香り付きもドット付きも早い

「なあ、今日の性学習のアレ。うちに来て、実際に着けてみねえ?」


 ソラタが下校途中に言ってきたことに、二人は驚いた。


「ソラタ、お前それどうしたの?」


 ユウもゲンキも、ソラタの手にある未開封のコンドームを凝視する。


「へへ、破れたって言ってもらった、予備のやつ」

「マジかよ、お前ほんとアホだな」


 呆れて見せるゲンキに、ソラタは得意満面だ。


「オレんち、親が帰ってくるまであと一時間以上あるからさ、うちで実際に着けてみねえ?」

「はぁ!?」


 さらにすっとんきょうな声を上げるユウとゲンキ。


「一枚しかないじゃないか、ボクたちはソラタが着ける所を見てろっていうの?」

「オレがつけたあとで外せば、お前らも練習できるじゃん」


 ゲンキが顔に手を当ててうめく。


「ふざけんなそんなきたねえ真似できるかよ……!」

「ビョーキのことなら心配すんな、オレ童貞だから」

「なんでソラタが着けたヤツを、俺たちでさらに着けなきゃならないんだよ!」

「ボクだっていやだよ、ソラタに見られるなんて」


 ソラタの提案に、ゲンキもユウも呆れた声を上げる。当然だろう、性感染性対策以前の問題だ。


「でもさ、着けてみたくね?」

「着け回しなんてキモくてできるか。俺はパス」


 ゲンキが言えば、「ボクもいやだよ」とユウも続く。


「新品ならともかく、使い回しなんてやれるか。なあユウ」

「だよね。新品なら――それでも見られながらなんていやだけど」


 うなずき合う二人に、ソラタは少し考える仕草をして、言った。


「分かった、新品ならいいんだな?」




 なんでこんなことになってるの。ユウは客が他に入ってこないか、ヒヤヒヤしながら二人を見ていた。

 コンビニの店員の目も、すごく気になっていたのである。


「ローションたっぷりって、え、ローションって、ヌルヌルのアレだよな……?」

「……ねえ、この『ドット入り』って、なんなの? 滑りにくくするため?」

「知るかよ。だったらこのイチゴの香り付きとかのほうがもっとイミフだ」


 そして、三人の制服男子が、一角で商品を指さしあいながらこそこそとなにかやっているのを、バイト君は胡散臭そうに監視していた。


「……あいつら、万引きでもする気ですかね?」


 バイト君の疑問に、店長はあっけらかんという。


「どうせ性教育の授業でもあったんでしょ? おぼこいわよねえ」

「……え? あいつら、まさか買うんですかね?」

「さあね? 一応注意して見といてよ。ああいう連中はたいてい大丈夫ってのは、もう分かってるとは思うけどね」




 かごの中は、菓子パンやスナック菓子、ペットボトルドリンクなどが山をなしている。

 四十八の買い物技の一つ、「たくさんのものを買って本命をごまかす」である。

 そして、そのかごを埋める最後の「本命のひと箱」を何で埋めるかで、少年たちのひそひそ会議は紛糾していた。


「……ねえ、ホントでどれにするの?」

「もうコレ、ビッグサイズってあるじゃん、これでよくね?」

「いやだよ、なんかそれデカチンってアピってるみたいじゃん。見ろよ、レジの一人はおばちゃんだぜ?」

「だったらこれ、どうかな? お徳用10個入りなんだって」

「そんなにたくさんいらねえよ!」

「じゃあもうこの香り付きでいいじゃねえか」

「だから、どうしてコンドームで香り付きなんかいるの?」

「じゃあすべり止め付きでよくね?」

「つぶつぶ付きってつけにくそうだからやめようぜ」

「じゃあもうこれにしようよ、うすうすとかいうの!」

「簡単に破れそうじゃねえか」

「あんたたち、ゴムを買う気なのかい?」

「うわあっ!?」


 彼らの背後に立っていたのは、店長だった。


「どうせ、学校で性教育かなにか、やったんでしょ」

「え、い、いや、べつにその……」

「男三人でってことは、カノジョ相手に使うわけでもないんだろ? だったらあんたらには香り付きもドット付きも早い。これにしときな」


 店長はそう言って、レギュラーサイズの、ごく無難なものを手に取った。


「ポリウレタンのほうが薄くて丈夫っていわれてるけど、高いからね。ちょうど三個入りだし、あんたらの練習には安物で十分」


 ぽんとかごの中に入れると、「まいどあり」と、店長はレジカウンターに戻っていく。


 何かものすごい敗北感を覚えつつ、三人はすごすごと、レジカウンターにかごをもっていった。


 ちなみに四十八の必殺技のひとつ「たくさんのものを買って本命をごまかす」は、わざわざ並べた商品の一番上にポンと置かれた箱を、ちょうど店内に入ってきた大学生らしき女性たちにまじまじと見られることで、完膚なきまでに破られた。




 ソラタの家、彼の部屋にやってきた三人は、何やらいつもと違って落ち着かぬ様子で、それぞれ床に座った。レジ袋の中の、大量の菓子やらなにやらの上に鎮座していたコンドームの箱を手に取るユウ。


「ね、ねえ……これ、ボクもやらなくちゃだめ、なのかな?」


 頬を赤らめてもじもじするユウに、ソラタがニカッと笑ってみせる。


「当然じゃねえか。ユウもゲンキも、一緒にオトナになろうぜ!」

「コンドーム着けたくらいで、大人になるって、そんな……」


 ゲンキも、いつもと違ってそわそわしている。


「……なあ、マジでやんのか? 今ここで、互いにチンコ立てて見せ合うのか?」

「いいじゃん、どうせ修学旅行のときには見せ合うんだろうし」

「しねえよ! そもそも立てたチンコ見せ合ったりしねえよ! てかお前、他人が立てたチンコ、見たいのか?」


 ゲンキのげんなりした様子に、さすがにソラタも思うところがあったようだった。

 少し考えて、答える。


「そりゃ、進んで見たくはねえけど――」

「……ゲンキのなら、ボクは見たいよ?」

「はあっ!?」


 ためらいながらも言い切ったユウに、ゲンキとソラタの声が重なった。

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