【end】α → ?
リットはどこだかわからない場所にいた。
見たこともない大きな建物があり、タイル張りの道、綺麗な噴水、形を整えられた植木や切り揃えられた芝生──見慣れない景色をぼんやりと眺めながらあてもなく歩いた。
心の中は空洞だった。
知らない街に来て、何日かが経った。ライズは目を覚まさなかった。今も死んだように病院のベッドで眠っている。
リアの村が無くなったことを知らされた。
村の惨事は記憶に残っていた。
倒壊した家屋、村のみんなの死体、赤い世界、生暖かい血の臭い、それらはすべて現実だったのだ。
これからどうなるのだろう。
ライズが目を覚まさなかったら、そう思うとリットは不安に押し潰されそうだった。哀しくて、寂しくて、どうしようもなく心細かった。
「あのー」
背が高く髪の長いローブを着た女の子が立っていた。分厚い本を大事そうに持って、やや困ったような顔をしている。
「隣……座ってもいいですか」
リットはそう言われて自分が細長いベンチの真ん中に座っていることに気づく。下を向いたまま、うんと返事をしてベンチの端にずれる。
「ありがとうございます」
柔らかく笑い、女の子は座って本を広げる。リットは下を向いて胸の奥から沸き起こる哀しみを堪えていた。
本のページをめくる音が規則的に耳に入る。
「どうしたの」
いつやってきたのか、ぶかぶかのローブを着た小さな女の子がリットの顔を下から覗き込んでいた。
「かちゅあのともだち?」
「いえ、私もいまさっき会ったばかりです」
二人の明るい声は、リットの心の琴線に触れる。
瞳から雫が落ちる。静かにしてとリットは言った。美しい澄んだ白色の瞳から止め処なく涙が溢れて、リットの太腿を濡らした。
「どこか痛い?」
大きく首を振って否定する。
「う……えぐっ………」
二人が温かい声をかければかけるほど、哀しみは増していった。
リットは母親が怪我をして何日も目を覚まさないと言った。最初のうちはうまく言葉にならなかったが、一言ずつ話をしていくうちに落ち着きを取り戻していった。二人はリットの話を自分に起こった出来事のように真剣に聞いてくれた。
そのうちにリットは泣き止み、二人に礼を言って自分の名前を告げた。
そして母親のいる病院へと戻っていった。
病院の中に入るなり看護師が慌てた様子でやってくる。
ライズが目覚めたことを伝えられ、リットは病室に急いだ。途中、廊下を走ろうとして目の前にいた看護師に怒られてしまい、我慢して歩く。
病室のドアを開ける。
そこには半身を起こして窓の外を眺めているライズの姿があった。
涙で滲んでリットには母の顔がよく見えなかった。駆け寄って差し出された右手を握りしめ、ライズの存在を確かめる。
「ごめんなさい、リット。私のせいで怖い思いをさせてしまって」
力のない声で言う。
リットには話したいことがたくさんあった。
しかし。
どれも喉元で詰まって出てこない。
その代わりに言葉はリットの涙となって流れた。
ライズはリットを片手で抱き寄せ、額にキスをする。リットはライズの胸に顔を押し付けて泣き、やがて眠りについた。
次に目を覚ましたとき、リットの悲しみは残らず消え去っていた。
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