8-2
村人を殺し尽くした男たちは、村の中心にある井戸の周りに集まっていた。人数は九人。彼らの仲間は、ライズによって三人が殺された。
「言いたいことはあるか」
ライズは男たちに向かって言った。
怒りや悲しみはその声からは感じ取れない。
「バズ様はどうした?」
「言いたいことはそれだけか」
「俺たちは全員、先の戦争で貴様の魔法によって家族を殺された。少しはあの時の我々の気分を味わったか」
顔を紅潮させた一人の男が答えた。
「満足したか?」
地面に倒れている子どもの死体を見ながら言う。ライズは続けて、
──子どもを殺して満足したか?
──女を殺して満足したか?
──老人を殺して満足したか?
──戦う術を知らぬ男を殺して満足したか?
──無力な村人たちを皆殺しにして満足したか?」
蔑むような哀れむような目つきで、ライズは問いかけた。誰も答えなかった。満足した顔をしている男などいなかった。
「私は七年前の戦争で夫を失った。お前たちが殺したのだ。アラキアがゼノンに何をした? お前たちが勝手な言い分で攻めて来たのだ。私はゼノンを憎んだ。望んで最前線で戦い、多くのゼノン国民を殺した。戦争は終わった。気がつけば、数多くのものを失っていた。夫は戻ってこなかった」
ライズは男たちの方に歩き出す。
モジュレータから回転音が響き渡り、鈍い銀色の光を放つ。
「愚かだなお前たちは。愚かだな我々は。機会をやろう。国へ帰るか、ここで死ぬか選ぶがいい」
男の一人が剣を構える。
「……他の者は?」
「皆、国から追われる身だ。帰る場所などないさ。それでも我々は祖国を愛している。他国に逃げる気もない」
「そうか」
ライズは男たちの姿を見た。抜き身の刀身は蒼く、古ぼけた不揃いの鎧を着ていた。少し前に戦ったバズやその部下と同じ対魔法用の装備だった。
「これで終わりにしたいものだな」
このライズの言葉が戦闘の口火となった。
武装した男たちは矢継ぎ早にライズに斬りかかった。ライズはそれを巧みに避け、短剣で急所だけを狙った。魔法は身体能力の増強に充てた。これなら相手の装備は関係ない。
人間離れした速度でライズは間合いを詰め、距離を取り、舞うように残像を残しながら男たちを倒していった。
幾たびもライズ目掛けて剣が振り下ろされた。
ライズも無傷ではなかった。致命傷となる大きな傷はなかったが、無数の切り傷を負い、血が流れた。
ひとりまたひとりと男たちは倒れていった。人数が半数になってからは、後はあっけないくらい短時間で決着がついた。
ライズは大量の血を浴び、顔も髪も服も深紅に染まっていた。
無数の死体が地面を覆い隠していた。ライズだけがその場所に立っていた。荒い息を吐きながら、誰も起き上がってこないことを確認した。
そしてリットのことを思った。
生きている。
リットは生きている。魔法で何度も確かめた。それから周りを見渡した。地獄のような光景だった。
これを見せるわけにはいかない。リットに嫌われてもいい、一生恨まれてもいい、だがこの惨状だけは見られてはいけない、そう思った。
ライズは両膝をつく。
眠りたかった。疲れていた。うまく考えが纏まらなかった。ひとまずジードに向けてメッセージを送った。村には絶対に戻ってこないように、と。リットとも話をした。ジードの言うことを聞くように、と。そして、愛している、と。
それを終えると、さらに疲れがどっと押し寄せた。
空を眺めた。太陽が輝いていた。森のどこかで飛ぶ鳥の鳴き声が聞こえた。熱を持った体に風が心地よかった。
緊張が解け、涙が出た。
両手には、ぼろぼろにされたスミの感触が残っている。リットの親友の女の子だ。村人たちの顔が次々と浮かんだ。皆、良い人たちばかりだった。
平和な日々。
魔女と恐れられることもなかった。ここでは人間として対等に扱ってもらえた。ゼノンとの戦争で街や村を魔法によって壊滅させ、大量の人間を憎しみながら殺した。村での暮らしは、その罪の意識と胸の痛みを和らげてくれた。
しかしそれは逃げでしかない。
わかっていた。
命を狙われる可能性について当然熟知していたが、関係のない村人が狙われるとは思いもしなかった。浅はかだった。
今さら何を思っても手遅れなのに、考えてしまう。
ライズは涙を拭った。
モジュレータ『ルイン』は、今にも消えそうな弱々しい回転音を発していた。その音をかき消すように大きな足音が聞こえた。
バズはその大柄な体格からは想像できないほど高く大きく跳び、全体重をかけてライズに剣を振り下ろす。ライズはそれを左手のモジュレータで受け止める。
その衝撃で地面が円形状に大きく窪み、数え切れないほどの石片が宙に浮いた。
「まだ充分にやれそうだな」
ライズは口元を伝う血を舐め、おそらく最後になるであろう戦いのために、モジュレータを操った。
*****
村で何かが起こっている、リットはそう言うなり走り出した。
ジードが止めても無駄だった。
「焚き火であんな黒い煙はでないもん!」
さらに走る速度を上げる。リアの村までは、まだ遠い。しかしこのペースならすぐに着いてしまう。状況が不明な以上、リットを連れて戻るわけにはいかなかった。
『ジード……』
声が聞こえた。
「お母さんっ!?」
リットは辺りを見回す。誰もいない。ジードはすぐにライズが魔法で声を送っているのだとわかった。
『ジード、絶対に村には戻ってこないで』
「お母さん、何があったの?」
『娘を王都クライトに連れていって欲しいの。お願いできるかしら』
その口調は静かで落ち着いていたが、疲労が見え隠れしていた。そして有無を言わさない迫力があった。
「わかりました」
「私、行かないよ! どこにも行かない! 急にそんなこと言われてもわからないよっ!」
『ごめんなさい、リット』
ライズは本当に済まなさそうに娘をなだめる。
「お母さん、村にいるんだよね。私、すぐに帰るから」
『ダメよ。お願いだからお母さんの言うことを聞いて。あなたはそのままジードと一緒に王都に行くの。そこにはお母さんのお姉さんがいるから、その人に会いなさい』
「嫌……だよ」
『お願い、言うことを聞いて頂戴』
「私、絶対に行かないから!!」
リットは叫んだ。
想像を越えることが村で起こっている。そんな気がした。そうでなければ、いきなり村を出ろなんて言われないはずだ。村のみんなは大丈夫なのだろうか。とても心配だった。
『愛してるわ、リット』
「お母さんっ!!」
いくら叫んでもライズからの返答はなかった。村へ行こうとするリットをジードは力ずくで止めた。
暴れるリットを魔法で眠らせ、木の下に寝かせた。抱き上げたとき、リットの目尻から涙が一滴こぼれた。
その寝顔は不安に満ちていた。
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