第8章 破滅の魔女
8-1
それは一方的な虐殺だった。
始まって終わるまで三十分と経っていない。そのわずかな時間で、村人は一人残らず殺された。
百年以上前、どこからか何組かの家族がやってきて、木々を切り倒し、家を作り、土地を耕してこの地に住み着いた。その後様々な理由で人が集まり、新たな命を育みながらゆっくりと年月を費やしリアという村になった。
それが、なくなった。
一〇〇を超える人間が命を失った。この村には先ほどまで、失ったのと同じ数の意思があり、人生があった。しかしそれらは残らず消えてしまった。
男も女も老人も子どもも区別なく殺された。村人には平等に死が与えられた。別け隔てなく。
村で起こったことそのものは単純なことだ。一文で書き表せる。十人弱の武装兵が村を襲い村人を惨殺した、それだけだ。多くの血が流れ、多くの命が失われた。
まず最初に子どもが殺された。
ひとりで洗濯物を取り込んでいた女の子がいきなり首を跳ね飛ばされた。真っ白いシーツやタオルが飛び散った血で濡れた。首を失った身体は数秒立っていたが、やがてふらふらと地面に倒れた。次に家から出てきた少女の母親が殺された。開けたドアが閉まる前に胸を剣で貫かれた。母親は娘の死を知ることなく息絶えた。家の中にいた老人は背後から斧で頭を叩き割られて絶命した。
村で悲鳴が上がったのは一度か二度くらいだった。
静かな午後──
空はいつものように青く、時折真っ白い細長い雲が上空を流れていった。少し風が強いことを除けば、ここ数日と似た良い日和だった。
武装した男たちはそれぞれ単独で行動し、目についた村人を見境なく殺していった。しばらくして誰かが火を放ち、何本もの煙が空に向かって伸びていった。
近くの森で狩りをしていた男たちが村から立ち上る煙に気づいて戻ってきたが、すでにほとんどの村人は殺されていた。
狩りから戻って来た男たちも殺された。狩り用の武器や道具では武装した兵士に抵抗できるはずもなく、ある者は剣で斬られ、ある者は手甲で殴られ、身体を貫かれて死んだ。
一人が十人ほど殺した。そして村は空っぽになった。
村のどこを歩いても死体が目に入る。あらゆる種類の死がそこにはあった。生暖かい血の臭いが充満していた。何軒もの家が燃え、火の粉が風に舞った。
*****
非現実的──
ライズの瞳に映りこんだその光景は、人間が直視できるものではなかった。血や脳漿や臓器や目玉などが倒れている人々の身体から地面にこぼれていた。
誰もがライズにとって家族のような人たちだった。
ライズがバズとの戦いを中断して村に戻ってきたとき、何人かの村人はまだ生きていた。村の中心にある井戸の周りには、たくさんの子どもたちが倒れ、全員死んでいた。
村を駆け回り、ライズは出会った武装兵と戦い、三人を殺した。
だが虐殺は止まらなかった。武装兵は、ライズを見かけても見向きもせず、生き残っている村人を探しては殺していった。
いくら叫んでも、誰もライズに向かって来ようとはしなかった。
有効な手立てを見つけられないまま、時間だけが過ぎていった。ばらばらに散って村人を殺し続ける武装兵を一人ずつ探し出して、倒していくしか手段がなかった。
誤算。確かにそうなのだが、そんな言葉で片づけられる出来事ではない。悪夢のような現実だった。
最後に殺された村人も子どもだった。少女はベッドの下に隠れていた。スミという名前の女の子──スミはリットと仲が良く、月に一回、順番でお互いの家に泊まるのが通例となっていた。大人しい子でリットと正反対の性格だったが、不思議と二人は気があった。
鎧で身を固めた背の高い男が部屋に入ってきた。スミは息を潜めて男が去っていくのを待っていた。泣き出したくなる気持ちを必死で抑えながら。
しかし、願いは叶わなかった。
スミはベッドの下から乱暴に引きずり出された。助けてとスミは言った。恐怖のせいでうまく言葉にならなかった。
薄ら笑いを浮かべ、男はスミの腹を思い切り蹴り上げる。倒れたスミを無理矢理起こし、殴る。そして再び蹴り飛ばした。スミの体は、軽々と宙に浮き、壁に叩きつけられた。大きな音が外まで響いた。
「た、助け……て……くださ……い」
消え入りそうな声で、スミは救いの言葉を紡ごうとする。
男は倒れているスミの左腕に剣先を突き立てた。スミは悲鳴を上げた。血が肌を伝って床を流れた。男は剣をスミの腕から引き抜いて今度は右腕を刺した。
ライズが部屋に到着したとき、スミの全身は赤く染まっていた。赤いペンキを何度も頭から浴びせられたような姿だった。体の様々な場所を斬られ、突かれ、裂けたそれぞれの肉の隙間から真っ赤な血が流れ、スミの服と体を赤く塗り上げていた。
ライズが少女のことを抱き上げると、ぽたぽたと血が床に点を打った。スミの両手は力無くだらりとしていた。呼吸も止まっていた。スミは死んでいた。
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