第16話 刺客

 どれくらい眠っていたのかわからない。

 目を覚ますと、俺は知らない倉庫にいた。木製の椅子に座らされていて、後ろで手を組まされた上に、手錠で両手両足を拘束されている。


「古瀬君、おはよう」


 一瞬、どこから声がしたのかわからなくて、顔をきょろきょろと動かした。声の主は、天井の鉄骨の上に座っていた。砂川学園の制服を着て、足をぶらぶらとさせている。

 どうやってあそこまで上ったのかわからないけど、それよりあと少しでパンツが見えそう……。というか、あれ転校生じゃ……。遠目からでもわかる紅い瞳は、見間違えるはずがない。

 なんてことを考えていると、女の子はそこから飛び降りて、華麗に着地した。


「初めまして、私は宮本彩花みやもとさいか、よろしくね」


 黒髪ショートヘアで、清楚っぽい感じの女の子──宮本彩花は、にっこりと首を傾げて手を差し伸べてきた。


「よろしくと言われても……それより手錠外してくれないかな」

「それはだ~め、大事な人質なんだからね」

「人質って、意味ないだろ」


 色々と訊きたいことがある中で、さらに訊きたいことを増やしてくる。


「というか、転校生だよな」

「あ、覚えててくれたのっ、嬉しぃ」


 宮本はなぜか手で顔を覆うと、その場にしゃがみ込んでしまった。


「だって見つめ合ったもんね、覚えててくれたなんて当然だよね! でもでも、これってもう友達、だよね」


 何か一人でブツブツと言ってる。

 それから気が済んだのか、宮本は立ち上がると、スカートのポケットから俺のスマホを取り出した。


「あ、おいっ、返せよ!」

「あれ~いないな~」

「無視すんなっ、ってか何してんだ!」

「古瀬君は、恋人、いないの?」


 さんざん無視された挙句、宮本はそんなことを訊いてきた。

 恋人なんているわけない。いたらどれほど楽しいことか……。


「いない、ってかスマホ返せって」

「欲しい?」

「そ、それは、欲しいけど……」


 俺は何でこんな状況で恋人が欲しいかどうかを訊かれているんだろう。人質の意味もよくわからないし、早く解放してほしい。

 宮本は怪しげに微笑んだ。


「じゃあ、私に協力してくれたらぁ、私が古瀬君の恋人になってあげる」

「は? どういうこと……? 協力って……」


 こんな可愛い子が恋人になってくれるなんて夢のようだけど、その前に協力って何だ? そこがまず怖いんだけど。でも、俺は不死宮さんのことが……。


「協力っていうのは、簡単なこと、この子をここに連れてきてほしいの」


 と、宮本はもう一方のスカートのポケットからスマホを取り出して、一枚の写真を見せてきた。


「これ……不死宮さん……と俺じゃん」


 そこには、少し腰をかがめて、俺に向かって微笑んだ不死宮さんが映っていた。それは、病院を抜け出して学校に行った時で、アングル的には上空からだった。ドローンでも使って撮ったのか、というかあそこに宮本がいたのか……一体どこにいたんだ。

 この子を連れてきてほしい、というのは、不死宮さんのことだろう。

 どうしてなのか、俺は宮本に訊いた。

 宮本はおかしそうに口元を押さえて笑った後、嫌な笑みをして口を開いた。


「私のお仕事だから……吸血鬼を殺すお仕事」

「殺す……」


 不死宮さんが言っていた吸血鬼を討伐する組織のことだろうか。確か、き、なんとかの。


「キュルテン。吸血鬼を一掃する組織、私はナンバー4」

「キュルテンだよ、そうだよ……」


 あれ嘘じゃなかったんだ。

 まぁ、吸血鬼が実在してるんだから不思議じゃないよな。

 だったらなおさら、ここに不死宮さんは呼べない。殺そうとしている人の前にわざわざ呼んでやる義理もないし、俺はキュルテンなんかより、不死宮さん側だ。なぜなら、専属の餌だからな。ドやることじゃないけど……。


「ごめんけど、それはできない」

「何で?」


 宮本は目元に影を落とした怖い顔で、人形のようにぎこちなく首を傾げた。


「それはだって、殺すとか言う人に不死宮さんを会わせることなんてできないでしょ」


 そう俺がはっきりと断った時だ。聞き覚えのある声が倉庫の奥、暗闇の中から聞えた。


「いいじゃねぇか」


 暗闇から顔を見せたのは、あの夜、病院から帰っていた俺に声をかけてきた笹倉だった。


「おまっ、何でここにいるんだよ!」

「俺がどこにいたっていいだろ……」


 と、そこまで言った笹倉は、なぜか固まってしまって、俺の顔を一点に見つめながら何も言わなくなった。

 そんな笹倉の隣に宮本は近づいて、彼の肩にもたれかかった。


血流芸術けつりゅうげいじゅつ──血人ちじんでつくった偽物。本物そっくりでびっくりしたぁ?」

「そっくりっていうか、声もそうだし、見た目とかそのまんまじゃん」

「そんなに褒めなくても、照れるよぉ」

「いや、褒めてないし……」


 血流芸術って何? 吸血鬼にも特殊能力みたいなのはあったけど、それと似たようなものなのだろうか。ということは、宮本も吸血鬼……?

 見たところ吸血鬼のような鋭い牙は見当たらないし、不死宮さんみたいに人間離れしているような雰囲気も感じない。


「協力してくれないくても~、私が古瀬君をつくっちゃえばいいよね。あの吸血鬼は心底君を信頼しているみたいだし~」


 宮本は不敵な笑みを浮かべたまま手に注射器を持って近づいてくる。


「私は、血液に含まれた遺伝子情報を読み取ることで、その人を再現することができるの。すぐに、簡単に。だからぁ、古瀬君の血、私に頂戴ねっ。すこ~しチクッとするけど我慢だよ」


 俺はどうしてこうも血を採られることが多いんだ。

 手錠で縛られているから、抵抗もできない。このまま血を採られて、笹倉みたいに俺の偽物をつくられたら厄介だ。何より、不死宮さんを危険にさらしてしまう。

 少しずつ迫ってくる注射器の先端。制服の裾を突き抜けて腕の関節部分にチクッとした痛みと共に針が刺さった。血の流れが注射器に向かっている感覚がよくわかる。

 宮本は注射器いっぱいに俺の血を採り、その中に入った血をコンクリートの床にぶちまける。すると、まるで意思を宿しているかのようにスライム状にドロッとし始め、次第に形を成していく。そしてついに、俺の血は、俺自身へと変貌を遂げた。


 自分が二人いるというのは鏡とかで見るのとは違う、不思議な感覚だった。ましてや宮本は俺の偽物に抱き着いて、頬に軽くキスをした。偽物の俺は人形のように動かないけど、それを見ていた俺は頬が熱くなっていくのを感じた。


「お友達として、古瀬君にまとわりつく邪悪な吸血鬼をやっつけないとね」

「不死宮さんは邪悪なんかじゃないぞ」

「邪悪だよ、吸血鬼はみんな……」


 宮本の瞳は暗く闇を孕んでいた。


「私に全部任せて、古瀬君にかかった呪いを払いに行ってくる」

「おい待てよ!」


 そう叫んだが、宮本は既に暗闇の中へ姿を消していた。

 何でこんなことに……。

 不死宮さんが危ない。早くここから脱出しないといけないのに、手錠が邪魔すぎる!   


「誰か! 助けてくれませんか!」


 ここがどこなのかわからないし、近くに人がいるのかも怪しいけど、誰かいてくれたらもしかしたら届くかもしれない。

 そう願って必死に叫び続ける。


「あの、ちょっと静かにしてください」

「え……どこから……」


 そろそろ喉が痛くなってきた時だ。宮本とは違うひっそりとした女の人の声がどこからか聞えてきた。

 と思ったら、倉庫の扉が開くような音がぎぎぎっと響く。


「誰も、いませんよね」

「誰?」


 暗闇から薄っすらと見える人影が徐々に姿を現していく。


「た、助けに来ました」


 ナース服を着た女の子が周りをきょろきょろ見渡しながら近づいて来る。人離れした容姿、口元には少しはみ出した牙が見え、吸血鬼だということはすぐにわかった。


「もしかして、吸血鬼……」

「そうですよ、シイナ先輩に頼まれて尾行してたんです」

「あの人か……って、何でもっと早く助けにきてくれなかったんですか」

「だってだって、私一人じゃ勝てませんもん!」


 凄い弱腰な看護師だ。

 入院していた時は見かけなかった。


「とにかく、これ外してください。不死宮さんが危ないんです」

「わ、わかりました!」


 不死宮さんがあの偽物と会う前に早くしなければ。スマホは没収されたままだし、一刻も早く。

 

 

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血を吸われるだけと言っても、顔を顰めて不味いと言われるのは少し傷つきます 私犀ペナ @Nagatoppp

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