第14話 学校

 受付カウンターの下に潜り込んで、少し覗いてみると、そこに人は見当たらなかった。今がチャンスだと、俺は不死宮さんと共に病院の出入り口から外へと出た。

 敷地から出るまで、ひたすら走った。


 真夜中の商店街は、どこかしこもシャッターが下りていて不気味な雰囲気を纏っていた。酔っ払いだろうか、スーツ姿の男の人が首をがくりと曲げて壁に横たわり、ぐうすかと大きなイビキを立てて眠っている。


「あの人はなにしてるの?」


 不死宮さんの指差す方には、数人で輪になって煙草を吸っているヤンチャそうな人たちがいた。

 俺に聞かないでくれ、と思いながらも「遊んでるだけだよ」と答えておいた。


「学校はどこにあるの?」

「ここを抜けてから、しばらく歩いて、ちょっと坂を上ったところにあるよ。20分くらいかな」

「外ってこんなに広いのね。月がとっても遠いわ」


 商店街を薄っすらと照らす月は、半分欠けていた。不死宮さんはそんな月に向かって手を伸ばす。

 学校終わりに小腹を満たすため、しょっちゅうここに通ってる俺としては見慣れた光景だが、不死宮さんの目はキラキラと輝いていた。

 天真爛漫というか。お化けでも出そうな薄暗い商店街に、美しい可憐な花が咲いた。


 俺の通う学校は、中高一貫校の砂川学園。中等部、高等部と分かれていて、それぞれに体育館があったり、グラウンドがあったりと校舎はそれに比例して大きい。

 当然のこと門は閉まっていたが、俺は門の上に上って座り、下で待つ不死宮さんの手を取って一緒に超えた。


「わぁ~、ここに光里は毎日通ってるのね」

「まぁ、ね」


 入院してからは一度も登校してないから、恐らく同級生には存在すら忘れられてそう。

 本当なら不死宮さんも通ってくれたらいいんだけど。ってか、不死宮さんが学校に来たら目立つだろうな。ただでさえ吸血鬼で、人間離れした美しさがあるんだから。

 ひょっとしたらファンクラブとかできちゃったりして。


 不死宮さんは校舎を見上げていた。


「学校に行ってみたいわ」


 不死宮さんの行きたいは、通いたいということなんだろう。俺としても、不死宮さんが学校に来てくれた方が楽しみが増すし、遅刻しない自信がある。


「何で、不死宮さんは学校に行けないの?」


 あまり気にしていなかったことが、今さら気になった。歩けないにしても、車椅子を使えば登校できるはずだし、絶対にダメってことはないと思う。

 校舎を見上げていた不死宮さんは、顔を戻すと、なぜか俺に向かって笑った。


「命を狙われてしまうからよ」

「え……」


 考えもしなかった、予想外の返答に、俺は言葉を失ってしまった。命を狙われる……言っている意味がよくわからない。

 踏み込んでいいものかどうか迷っていると、不死宮さんから言ってきた。


「吸血鬼を退治する組織キュルテンっていうのがあって、私たちはそれから隠れているの」

「キュルテン……」

「特に私みたいな戦闘能力の低い吸血鬼は狙われやすいわ」


 架空のお話しを聞いているみたいに、現実味が帯びてこない。そもそも吸血鬼だっていうことさえ、今もやっぱり頭のどこかで嘘なんじゃないかと思ってしまってる。そんな状態で、吸血鬼を退治する組織を聞かされても、すんなりとは頭に入ってこなかった。

 そんな俺を見透かしてか、不死宮さんが顔を覗き込んできた。


「信じてない?」

「だ、だって、命狙われてるとか……病院は大丈夫なの」

「さすがに、吸血鬼がかたまってるところに乗り込んでくるなんてことはしないわ」

「そう、それならいいんだけど」


 何がいいのかわからないけど、俺は何となく頷いていた。


 夜の校舎はしっかりと戸締りされていて、中に入ることはできなかった。人通り回った後、不死宮さんの足が動かなくなった。


「効果時間があるみたい。ずっと足を動かしていたいのに……」


 不死宮さんは気分をちょっぴり落としていた。そんな彼女の口元に、俺は気がつけば腕を差し出していた。


「また吸えば歩けるようになるんじゃない」

「……うん」


 俺の膝の上で横になったまま、不死宮さんは腕にかぶりついた。

 ズキッ、とした痛みが一瞬走る。だけど、何度かこう血を吸われているからか、この感覚も少し慣れてきた気がする。

 そして、血を飲んだ後、不死宮さんは眉を潜めた。


「不味いわ」

「俺の血ってそんなに不味いの?」

「ニンニクの腐った味がするわ」


 腐ったニンニクとは何だろう。もしかして不死宮さんは食べたことあるのか?

 俺の血を吸った不死宮さんは、再び立てるようになった。


「特殊ね、光里の血って」

「そうかな……?」

「私にとっては、光里の血は希望よ」


 犬歯を見せながら笑う不死宮さん。

 希望なんて、俺はただ血を吸われているだけだ。

 

 ★


「見つけちゃった」


 校舎の屋上で私は、吸血鬼と変なニオイのする人間を見つけた。

 あの吸血鬼、人間といちゃいちゃして……。

 羨ましい……羨ましい……。

 絶対に、私がこの手で殺してあげないと……。


 でも、邪魔者がいる。

 今すぐあのリア充吸血鬼をぶっ殺したいのに……。


 私は校舎の影に隠れて、沸き上がる憤怒を抑えながら、一旦は身を潜めることにした。

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