第11話 準備

 お嬢様を元気にして来なさい。

 

 それは、看護師シイナに言い渡された初仕事。俺としては、不死宮さんに会える口実ができて嬉しいのだが。


 昼食を食べ終えた俺は、今夜ある計画を実行するために病院内を徘徊している。

 前に不死宮さんが脱走しようとして捕まった非常口扉の前までやって来た。

 ガチャガチャと開けようとしてみるが、もちろんのこと鍵がかかって開けることができなかった。

 こっからはダメだな。鍵はあの看護師が持ってるだろうし。

 

 それから俺は、病院の出入り口に向かった。

 ここは24時間365日体制で、出入り口の自動ドアは常に作動している。

 出るならここからなんだけど、夜中でも蛍光灯が点いていて、見回りに見つかりやすい。


 ちなみに、あの看護師にお嬢様が脱走しようとすれば止めなさいって念を押されてるから、俺が今夜やろうとしていることが見つかれば、今度こそただでは済まされないかも。

 でも、不死宮さんの元気を取り戻すには、これしか思いつかなかった。

 だからこうして経路を確認しているわけだが。


 やっぱり受付を通るしかないみたいだな。

 と、遠目から受付カウンターを睨んでいる時だった。

 

「おや、こんなとこで何してるんだい?」


 突然、背後から男の声がして慌てて振り返ると、不思議そうに首を傾げた妹尾さんが立っていた。


「あえ、妹尾さん……いや、ちょっと」


 いつから居たのか。大きな体をしている割には、気配もなくやって来る。

 妹尾さんは不敵な笑みを浮かべて、顎に手を当てた。


「なんか怪しいなぁ」

「いやいや、何を言ってるんですか、俺は別に散歩してただけですよ」

「そうなの? 良からぬことを考えてるようにしか見えなかったけど」

「あはは、ただの散歩ですよ」


 何かいろいろ見通されてる気がする。

 妹尾さんはあの看護師みたいに厳しい感じはしないし、もしかして非常口の鍵とか借りられないかな。


「妹尾さんって、非常口の鍵とか持ってないです?」

「え、鍵? 僕は持ってないよ。あれはシイナ先輩が管理してるから。それがどうかしたの? まさか、また脱走とか考えてるわけじゃないよね?」

「そんなこと考えてるわけないじゃないですか」


 やばい、墓穴を掘った。

 というか図星なんだけど。

 あの看護師だけじゃなく、妹尾さんまで敵に回すと厄介だ。と思っていたら、妹尾さんは口元に人差し指を立てて、こっそりと俺の耳元で囁く。


「12時30分以降がいいかもね」

「え、それってどういう……」


 俺は首を傾げた。

 妹尾さんは、目元に皺を作って笑う。


「シイナ先輩、夜勤の始まる12時から30分おきにお嬢様の様子を見に行ってる」

「妹尾さん……?」


 そんなこと聞いたら、あの看護師が徘徊してない時間帯を狙うことになるけど。まさか、狙い目の時間帯に誘導して捕まえる、なんて罠じゃないよな。

 と、疑っていると、妹尾さんは俺の肩をポンッと叩いた。


「怪我だけはさせないようにね。必ず、責任持って君が守るんだよ」


 そう言うと妹尾さんはにっこり笑って、受付の方へと歩いて行った。

 俺は、妹尾さんの大きな後ろ姿をただただ眺めることしかできなかった。


 怪我だけはさせないようにって、俺がしようとしてること、妹尾さんはわかってるよな。


 30分おき……夜勤が始まってからだから、12時30分以降ってことだな。でも、もし不死宮さんと病室を抜け出したとして、すぐにそのことがバレてしまうな。

 見つかっても、見つからなくても、結局は殺されそうだ。

 元気にして来いって言ったのはあの看護師だし。まぁ、脱走しそうになったら止めろとは言われてるけどさ、不死宮さんは学校に行きたがってたから。


 そして、とうとう夜がやって来た。

 俺はこっそりと自分の病室を抜けた。

 抜き足差し足と、忍びになった気分で階段を上っていく。


 不死宮さんの病室は6階の角にある。

 当たり前だけど、夜の病院内はとても静かだ。足音を立てないように、病室にスリッパを置いて来たから、足の裏がひんやりと冷たい。


 4階、5階、6階と、不死宮さんの病室が近づくにつれて、心臓がバクバク鳴ってるのが聞こえてくる。


 まだ拗ねてるのかな。

 ご飯というか、血を飲んでないらしいし、ずっと布団の中に籠ってるって、妹尾さんも心配そうに言ってた。


「ふぅ」


 病室の扉横には『不死宮琴乃』と書かれた札がぶら下がっている。

 あの看護師に出くわすことなくここまで来れた。と言っても階段を上って来ただけだけど。


 寝てるかな。

 でも、俺だって不死宮さんに起こされたんだ。それも首を噛みちぎられて。


「よし」


 寝てても起こしてやるからな不死宮さん。


 俺は、静かにそっと、病室の扉を引いた。

 

 

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